仕事が休みの土曜日、よく晴れた朝9時、
アキコは家族の洗濯物をベランダで干していた。
男物の肌着をハンガーにかける。
『これは夫の…』
それはアキコの夫のものだ。アキコはそれを見て、このあいだ逢ったばかりのタケルのことを思い出した。
彼も同じようなのを着ていたっけ。
タケルの妻も私と同じように「夫」の肌着を干すのかしら?
アキコはぼんやりと、肌着を見ながら考えた。
私が夫の物を洗濯して干すように、
タケルの妻も彼の物を洗濯して干すに違いない。
だって「夫」の物だもの。
そう思いながら、アキコは、ふと自分がどんな存在なのか分からなくなっているのに気付いた。
私はタケルの何なんだろう。
私はタケルの肌着を「夫の物」として干すことが出来ない。
夫の肌着もタケルの肌着も同じ男物でよく似ているのに。
どうして私はタケルの「妻」でないのだろう。
タケルの肌着を「妻」としてベランダに干すことの出来る女を、
アキコは少しだけ羨んだ。
夫の肌着を見るたびにきっと、
タケルとその妻のこと、
彼らの日常のしぐさまで目に浮かんできそうである。
「夫」と言うのは家みたいなものだ。
雨宿りが出来るように夫を手に入れたのだ。
ならばタケルは家ではない。
ペンションか?ホテルか?
たまに行くところ。
いつもいるところ。
世の中、誰が決めたわけでもなく、
なぜか私が生まれたときからそうなっている、とアキコは感じた。
生まれてくることも、父と母がいることも、
アキコと名付けられたことも。