フィクション『同族会社を辞め、一から出直しオババが生き延びる方法』

同族会社の情けから脱出し、我が信ずる道を歩む決心をしたオババ。情報の洪水をうまく泳ぎ抜く方法を雑多な人々から教えを乞う。

休みたいなぁ~

2018-11-16 19:22:37 | 美しく生きるという事

…ふるさとはとおくにありておもうもの…

おやすみはてにはいらないからこいしいもの…

 

今よりも時間があるときは『私はこんなレベルで終わる人間ではないはず!』

と思い込んで転職を決めたオババ。

なのに、やっぱり想像以上に大変な職場。

オババが能力に欠けるのか、周りの人が出来すぎるのか、

それはちょっと分からないけれど、

とにかく考えたことを形にして成果を出さなきゃいけない仕事なのだった。

そしてオババはかつてそういう類の仕事をしてこなかったことを思い出したのだ。

あてがわれて仕上げておしまい、的なあまり考える必要のない事ばかりしてきたような気がする。

単なるオペレーターだったんだな。

そう考えると、『もう、面倒だからやめたい。働きたくない』という気持ちになってきた。

だけど、うちの亭主は安月給男だから彼の働きだけでは私は食えない。

ああ、じゃあ、生きるのをやめようか?

とも考えてみた。

生きていくのもいいけど、毎日三食食わなきゃいけないのがいやだね。

働かざる者食うべからず。

『私は子どものためにいつもそばにいてあげたいから働かない事を選択しました!』

と胸を張って言える人は、きっと高給取りの旦那様と結婚出来た幸せ者です。

だって食わせてもらえるんでしょう?

ね?いい旦那を見つけられた勝ち組よ。と言われているような気がします、オババは負け組なの?

あーあ。結婚しても子どもが生まれても、孫が出来ても、働かなきゃいけないのは負け組なのかな。

孫にあげる小づかいまで稼いでくれる亭主を持ちたかったな。

いいなあ。働かなくてもいいお洋服着られるんだもの。

わたしゃ、年中着たきりすずめ。

相当亭主、稼いでいるよね。

なーんて、超くだらない愚痴を言ってしまいました。

ま、たまにはいいじゃん。

あ、朝のお散歩で、厭世気味だったオババがなんとなく口ずさんだ、中島みゆきの『時代』。

ワルツかと思ったら4拍子だった。

今日は別れた恋人たちも生まれ変わってめぐり合うんだって。

良い歌詞だね。改めてジーンときました。

市井の人間だから、名もないし、功成らないし、何の記録にも残らない。

だけど、誰かと出会い、誰かと時間を過ごし、さよならをし、また会う。

中島みゆきが世界歌謡祭でこの曲でグランプリを取った年に生まれた人とオババは仕事をしているのです。

あの時髪の毛をひっつめにした25歳の彼女は、14歳のオババから見たらおばさんに見えました。

いまや還暦をとっくに超えた彼女の方がオババよりずっとずっとおきれいです。

あれから40余年。いまだにオババは彼女の歌に励まされているのでした。

1975年、彼女のこの曲に励まされた50代の女性、は、いたのだろうか?

ふとそんなことを考えました。

 

 

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逃げたくなる日

2018-11-13 22:06:50 | 美しく生きるという事

毎日頑張って通勤しているオババですが、

若い人たちの頭の回転について行かれなくて、

取り残された感で満ち満ちて、

たまらず逃げ去りたくなります。

もっと楽な仕事はないかしら?

毎日決まった事をこなせばよくて、

適当に充実感もあり、

給料も良い……という仕事。

考えたらオババは若い頃から、

考えながら周りを見て動く、というような仕事をしてこなかった!

だから今頃苦労しているんだね。

フレフレオババ!

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悪口の顛末

2018-11-10 16:43:34 | 美しく生きるという事

悪口はおよそ美しい生き方にふさわしいものではありません。

しかし、誰がそんなことを決めたのでしょうか?

女は悪口陰口をたたくことにより周囲の同類たちとなじむものである、

と言うのは事実です。そして悪口陰口をたたくほどお顔がみっともなくなるのも事実であります。

それゆえ美しくはない、と気付いた女が言い始めたことでしょう(なんのこっちゃ)。

 

オババ、一時職場のパートさんの悪口を書きまくりました。

だってこれまでそんな人見たことなかったから。

どんなに悪口おばさんだとしても、一応仕事は出来たし手は動いていたからね。

でも、その人の駄目っぷりは誰の目にも余るものでした。

だから、とうとう、その人には本当の雑用しか与えられませんでした。

戦力外通告です。

上司はそれを言いませんでしたが、当人はそれを察したかどうかは知らないけれど、

退職を申し出たそうで、先日やめました。

仕事の出来ない人と働くことがこんなにストレスのたまるものだとは思わなかった。

力のある人がいつかないのも困るけど、力のない人がいつくのも駄目なのね。

そしてオババは雑用がこちらに回ってきてぶーぶー言いながらも、

すっきりした面持ちで仕事に向かうことが出来ます(ホントか?)。

さてさて、オババは隠していた第二の力を発揮せざるを得なくなってしまいそうでちょっぴり怖いです。

出来る人間になってしまったらそれを維持するのがどんなに大変か、ちょっと知っているからです。

駄目な私…を装っていた方が楽なんですよね。

あーあ、どうしよう。どんな私でこの先生きたいのか、決めなくちゃならない。

どれにしようかな、神様のいうとおりなのなのな…

 

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あまのじゃくなオババ

2018-11-07 23:20:35 | 美しく生きるという事

オババはスーパーが好きです。

きれいだし、売り場が工夫されているから。

でもね、時々、はすに構えちゃうのよ。

売り場のコンセプトに従いたくない……。

ターゲットを絞り、行動を分析し、

というどっかの誰かが考えた、

消費者に買わせるための企画。

そんな誰だか知らない奴の考えた

レールになんか乗りたくない‼

もっとごつごつした愛想のない、 

誰も手を出さないような良い物が欲しい。

それから、世間的に美味しいと言われるお店はゴマンとあるが、でも、それより美味しいのは自分で作って家で食べる食事なんだな。

暖かいお鍋からよそうご飯やおかず。

なんでだろうね、

多少味付けが薄くても美味しいんだよね。

そこには作る人食べる人の気持ちのやり取りがあるからだと思うよ、オババは。

 

 

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お迎えかな…?

2018-11-05 22:26:44 | 美しく生きるという事

2003年に死んだ小桜インコのピーとピヨ。

今朝、明け方いきなり脳裏に現れて(もしかしたら夢?)、

その時とっさに考えたのは、彼らをどこに葬ったか、と言うことだった。

あれは、前の家だ。そして、その時一緒にお葬式をした三男は幾つだったっけ?

実は昨日三男に会っていて、その彼と、2003年、小桜インコの葬式を一緒にやった三男とイメージが合わないのだった。

あの時の男の子(三男)は小学生だったよ。

とすると、ピーピヨが死んだのはそんなに前のことなの?

いやいや、ピーピヨの事はいまだに覚えている。ついこの間のように。

その場面に存在した子どもの様子が、

実際の時間を物語ってくれる。

 

ピーピヨは死んじゃったから永遠に歳をとらない。

ピーピヨが死んで泣きじゃくっていた三男は、

すっかりおとなになった。

私はそれをとても悲しく思った。

ピーピヨだけが取り残されている。

死んだものは、取り残される。

いつまでも一緒にいられるものでもない。

そしてだんだん、距離を感じるようになる。

そしていつしか、考えなくなる。

私はいまだにピヨに手を伸ばして、手のひらに乗せてツンツンつついてみようとさえ考えるのだ。

それだけ身近なのだ。だが、彼らはもうとっくの昔に死んで、いないのだ。

ああ、と私はうめいて、彼らを失ったことをとても悲しく思う。

小さい命が失われるのは、とても悲しい。

私は生きていたころの彼らの姿があまりにもかわいらしすぎるので、

死んだことも忘れて、また一緒に過ごせることを喜んだりしてしまいそうになる。

 

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