診療所だより

開業医gobokuの日記

こんなこと考えながら、
こんな生活しています。

閑中忙あり

2016年08月13日 | 診療
うだるような暑さの中、
外来は暇で、がらんとしています。
だからでしょうか、
診療所の中のエアコンはかえって、よく効いています。

何人もの患者さんが
「ここは涼しくて いいですね。」と
声をかけてくるのですが、

暇で、くさっている僕は、
そう言われると
「医者は涼しいところで仕事ができていいですね。」
とか
「人がいないから冷房がよく効いていますね。」とか
皮肉を言われているようで

なんて答えていいか、
返事に困ってしまいます。

そんなある日のお昼前、
誰もいない外来に、
一人でふらっと入って来たのは矢田部さんです。
いつも陽気で、冗談を言って受付のスタッフを笑わせるのですが、

「今日は調子悪くて、冗談もいえねえよ」と入って来たそうです。
来たそうですというのは、後からスタッフに聞いた話だからです。

僕はそのころのんびりと部屋で本を読んでいましたが、
スタッフが、「先生、谷田部さんが気分が悪くて、横になっています。」と
呼びにやってきました。

まあこの時期気分が悪いのは
熱中症かなんかかなぁ、と思いながら、
診察室に行くと
そこに谷田部さんの姿はなく、
心電図の場所に横になっていました。

看護婦さんに「どうしたの?」と僕。
「いやー、谷田部さん、息苦しくて、胸のあたりも痛いというもんですから・・」
看護婦さんが、気を利かせて先に心電図をと教えてくれたようです。

今度は横になっている谷田部さんに
「どうしたの?」
谷田部さんは大汗をかいています。

「いやー、今さっきうどんをぶっていたんだけんど、
30分ぐらい前から急に、胸のあたりがくるしくなってよー。
汗が噴き出てきたんだよ-。
胸のあたりが痛いんだよ。」

熱中症かと思っていた僕に
「もしかして、
ひょっとすると。」
という疑念がわいてきて、
さっそく心電図を見てみると、

あまり大きな変化はないようにみえます。
でも、その心電図に書いてあるコメントは、

「下壁梗塞の疑い」

そこであらためて心電図を見ると、
確かに、わずかに変化があるようです。
違うかもしれませんが、疑いがあります。
看護婦さんの判断は間違っていませんでした。

「こりゃいかん。」心筋梗塞の疑いがあるので
大学病院に行ってもらわなければなりません
今度はこちらが大汗をかく番です。

谷田部さんにはアスピリンを何錠か噛んでもらって、
「もしかすると心筋梗塞かもしれないので、
これから大学に救急車で行ってもらうから。」と
説明して、

「奥さんでも、だれでもすぐに家族に連絡を撮って下さい。」

本人は鳩が豆鉄砲を食らったみたいな顔をして、
「はあ、電話ね、」と
身体を起こそうとするので、
「起きちゃダメ、動かないで、寝てて下さい。」と
本人と看護婦さんに強く指示して
今度はすぐさま大学に電話。

幸い、電話に出たのが僕の知っている人だったので、
話が早く、医師に繋げてくれて、
「違うかもしれませんが、心筋梗塞の疑いの68歳、男性です。
これから救急車で送りますから、お願いします。」

今度は消防署に連絡。
救急車を依頼して、

救急車が来るまでに、
大学当ての紹介状、と救急車用の搬送以来の書類書き。
急いで、あわてて、紹介状を書く手が震えて
文字がミミズのようになってしまいました。

しばらくすると、ピーポーの音、
院内はストレッチャーが通れるように、
かたづけてあります。

やがて谷田部さんを乗せた救急車は駐車場をでていきました。
ヤレヤレでした。

この間役50分。
患者さんは 僕がてんてこ舞いだということを知っていたかのように、
どなたさまも、遠慮してお見えになりませんでした。


「心臓の血管が狭くなっていたので、カテーテルを入れました。」
そんな電話があったのが、
その日の診療もあとわずかになった夕方、奥さんからでした。