ピピのシネマな日々:吟遊旅人のつれづれ

歌って踊れる図書館司書の映画三昧の日々を綴ります。たまに読書日記も。2007年3月以前の映画日記はHPに掲載。

アメリカン・ギャングスター

2008年02月09日 | 映画レビュー
 1970年代、麻薬密売で闇の世界をのし上がった黒人ヤクザとニューヨーク市警の麻薬捜査官の汚職、そして彼らを追う正義の捜査官、という三つどもえを描いた、実話に基づくサスペンス。リドリー・スコットの演出はさすがの手練れ。 

 導入部で若干話が見えづらい部分があって、映画を見慣れていない人はここで脱落しそう。しかし、その後はどんどん面白くなる一方であり、終わってみればなんと、2時間半を超えていたことなど忘れてしまう面白さ。満足度十分のエンタメ作品でした。麻薬密売で巨利を得る黒人マフィアのドンと彼を追う捜査官の物語という、善悪のはっきりしたわかりやすいストーリーだけれど、リドリー・スコットは省略法を多用してかつスピーディな編集によって大人の鑑賞に耐える重厚な雰囲気のある作品に仕上げた。

 ヤクザの親分=デンゼル・ワシントン、警官=ラッセル・クロウという二大スターの激突が見せ場だが、実はこの二人の物語は交錯することがなく並行して語られていく。スター達が火花を散らすシーンは物語の終わりになってやっと実現するのだ。

 さて、上で「善悪のはっきりしたわかりやすいストーリー」と書いたが、実は個々人のキャラクターを見れば、それほど善悪は判然としていない。麻薬を売る悪人デンゼル・ワシントン=フランク・ルーカスは、貧しい生まれ育ちで、6歳から貧困の辛酸をなめている。麻薬で成功した後には貧民街ハーレムの住民たちに施しをする「善い人」なのだ。彼はこのやりかたを尊敬する親分から学んだ。決して派手な生活を好まず、目立たないように端正な服装でいつも上品なたたずまいを崩さない。しかし、やるときはやる、冷酷な殺人者だ。

 一方、正義の味方、賄賂が通じない警官ラッセル・クロウ=リッチー・ロバーツは、仕事一筋で家庭の重荷を妻一人に背負わせ、おまけに女関係が乱れて離婚訴訟を起こされている、という輩。スターが演じているというだけではなく、この主役二人のキャラクターが際立っていて、映画の大いなる牽引力になる。

そもそもフランクが捜査線上に上らなかった理由は、彼が目立つことを恐れて質素に暮らしていたからなのだ。とはいえ、じつは豪邸に暮らして田舎から母親ほか一族を呼び寄せてはいたのだが。フランクは、仲買人を通さずに産地直送でヘロインを輸入し、高品質な商品を市価の半額で売るというディスカウントショップばりの商売で成り上がってきた。彼は麻薬密売でなくても商才ある実業家となるべき人物だったのだ。その「産地直送」についても東南アジアの危険な麻薬栽培地域に自ら赴くだけの度胸ある人物だったし、遠縁に米軍関係者がいたという幸運もあって、ベトナム戦争中の米軍機を麻薬密売輸送機にしたてていたのだ。

 このように見てくると、既にマフィアの麻薬密売ルートができあがっているところに新規参入する知恵と勇気のある黒人がフランクであり、彼はその意味では新しい時代のヒーローだ。しかし、そのやりかたが相変わらずの親類縁者を使う同族経営であったところがまた商売の綻びの原因でもあった。要するに、麻薬密売の世界も近代化の道へと歩まざるをえないということである。しかも、彼はベトナム戦争という奇貨を得て商売を伸ばした人間であり、その意味でも死の商人であった。

 折しも今、アメリカ大統領選挙が行われていて、民主党の黒人候補がものすごい人気を得ていることを思えば、この映画で描かれた被差別エスニック(黒人、ユダヤ人、イタリア系)がアメリカの表舞台を牛耳る時そう遠くはないと思われる。もはや70年代ではないのだ。もう、黒人であるというだけでは弱者でもマイナーエスニックでもない時代が目前にきている。


 で、何よりも最後が面白い。この映画は実在の人物たちをモデルに、当のモデルの承諾を得て作られた作品だ。そういう意味では、ラストに流れるテロップは最高の皮肉とジョークかもしれない。いや、和解と協力か。あるいは改悛と庇護か。


 ヘロインで儲けた悪い男なのにデンゼル・ワシントンがかっこよくて魅力的で困ってしまう映画だった。(R-15)

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AMERICAN GANGSTER
アメリカ、2007年、上映時間 157分
監督: リドリー・スコット
製作: ブライアン・グレイザー、リドリー・スコット、製作総指揮: スティーヴン・ザイリアンほか、脚本: スティーヴン・ザイリアン、音楽: マルク・ストライテンフェルト
出演: デンゼル・ワシントン、ラッセル・クロウ、キウェテル・イジョフォー、キューバ・グッディング・Jr、ジョシュ・ブローリン、テッド・レヴィン、アーマンド・アサンテ

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