ピピのシネマな日々:吟遊旅人のつれづれ

歌って踊れる図書館司書の映画三昧の日々を綴ります。たまに読書日記も。2007年3月以前の映画日記はHPに掲載。

未来を写した子どもたち

2009年01月08日 | 映画レビュー
 インドの売春窟に住む子どもたちにカメラを持たせて写真を撮影させ、彼らに生きる喜びを与えて売春窟から抜け出させようと奮闘した女性写真家と子どもたちのドキュメンタリー。いい作品だけれど、地味。 

 このドキュメンタリーの面白いところは、もともとが女性写真家が監督となって子ども達を写していたフィルムに、後から監督自身が被写体となって写される立場に立ったということ。売春窟の女性達の写真を撮るためにインドに渡ったイギリス人写真家ザナ・ブリスキが売春窟に生きる子どもたちに魅せられ、彼らの姿を写真だけではなくフィルムに収めるようになり、友人のロス・カウフマンがさらに撮影に加わるようになって、子ども達のために奔走するザナ・ブリスキ自身がドキュメンタリーの対象となっていく。

 ザナは、自分の持つカメラの周りに群がる子どもたちが飽くなき好奇心をむき出しにすることに興味をそそられ、インスタントカメラを彼らに与えてみた。すると子どもたちは驚異的な才能を発揮して写真を撮り始めたのだ。中にはプロ顔負けの才能を発揮する少年まで現れた。ザナは、子ども達に写真撮影を通して歓びを与え、さらには学校に通わせ、売春窟から彼らを救い出そうとする。

 この映画はドキュメンタリーではあるけれど、監督たる写真家が被写体に働きかけ現状を変えようと奮闘することによって彼女自身が状況に参加する者として被写体になっていく過程を追った、一つの物語として描かれる。まさにサルトルが言うところの「アンガージュマン」を生きる女性である。「飢えて死ぬ子の前で哲学は意味があるのか」とかつてサルトルは問うたが、ザナは一枚の写真が世界を変えるという信念を貫く前に行動を起こした。実はこの映画を撮影していた2年間、ザナは写真家としての仕事を一切していない。彼女は写真家という実存を犠牲にしても子ども達を救うことに奔走したのだった。子ども達を寄宿舎のある学校へ入れるためにさまざまな煩雑な手続きをいとわず、一日18時間活動したという。

 ザナの努力は果たして実ったのか? 映画が撮影されていたのは今からもう10年近くも前のことだ。その後、子ども達の中には才能を買われてアメリカに渡って大学に通う子もいれば、行方不明になった少女もいる。結婚した子もいる。

 売春窟に住み着いて自らを犠牲にし、写真家としての本来の仕事も放擲して子ども達を救うことに全身全霊を傾けた女性の努力を、わたしたちはどのように賞賛してもし足りない。しかし、彼女の努力はそれを記録していた同僚がいたからこそ世界に知られることができたわけであり、世の中には似たようなことにいくら力を注いでも人知れず効果を生むこともなく埋もれていく人々もいることだろう。ザナの献身と子ども達の未来には大いなる拍手を送りたいが、一方で光を見ることもなかったどれほど膨大な人々の営みがあるのだろうと思いを馳せるとき、わたしは思わず天を仰いでしまう。

 たいそう地味でとてもヒットするとは思えない作品ですが、ぜひご覧あれ。(PG-12)

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未来を写した子どもたち
BORN INTO BROTHELS: CALCUTTA'S RED LIGHT KIDS
アメリカ、2004年、上映時間 85分
製作・監督・撮影: ロス・カウフマン、ザナ・ブリスキ、製作総指揮: ジェラリン・ホワイト・ドレイファウス、音楽: ジョン・マクダウェル

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