ピピのシネマな日々:吟遊旅人のつれづれ

歌って踊れる図書館司書の映画三昧の日々を綴ります。たまに読書日記も。2007年3月以前の映画日記はHPに掲載。

ブラックブック

2007年04月24日 | 映画レビュー
 ハリウッドにやって来てやたら娯楽作ばかり作っていると思ったヴァーホーヴェンだけれど、オランダではこういう硬派のドラマも作ります。

 映画はとてもよくできていて、二時間半をまったく飽きさせなかった。ただし、「犯人当て」の謎に力を入れすぎて、ナチやレジスタンスの政治構造についてはほとんど触れずじまいだし、人物像についても掘り下げ方がやや物足りなかったため、後から考えるとどこかに物足りなさも残るのだろう。肝心の「ブラックブック」が最後になってやっと登場するというのが意外だったし、この謎解きの説明が慌ただしくて心残りだ。

 ヴァーホーヴェン監督、さすがにエンタメ的な作りはうまい。この映画もナチスとレジスタンスとの闘いを描きつつ、レジスタンスの裏切り者は誰かという犯人探しのミステリーで観客を引っ張ることを忘れない。オランダのユダヤ人といえば誰もが思い出すのがアンネ・フランクだろう。アンネと同じく、この映画でもヒロインが隠れ家に住んでいる場面から始まるのだ。やがて家族全員を殺された彼女は髪を染め名前を変えてユダヤ人であることを隠してエリス・デ・フリースというオランダ人として生きるようになる。レジスタンス組織に命を助けられたエリスは組織のために働くようになり、美貌を生かしてナチの情報将校ムンツェを篭絡するスパイ活動に手をつけるが、ムンツェの優しさに惹かれて彼を本気で愛するようになる……

 物語の時代は1944年。既にドイツの敗色濃厚なとき、ユダヤ人の命と引き替えの不正蓄財に励む豚のような軍人の強欲な姿が戯画的なまでに醜く描かれる。ムンツェにしたところで自軍の敗北を予想しているし、オランダのドイツ兵の士気はかなり低そうだ。オランダ人女性の中にはドイツ兵に媚びてその愛人となる者もいるし、エリスも表面上はその一人なのだ。彼女達は戦後、オランダ人たちから裏切り者のレッテルを貼られて衆人環視の中で辱めを受けるだろう。ヴァーホーヴェンの描写はいつもかなりえぐくて、本作でもその面目躍如たる場面がいくつも登場する。下司兵士の全裸シーン(ぼかしが入っているけど、これがまたいやらしい)や戦後のエリスが汚辱にまみれる場面など、思わず身を引いてしまう。

 また、レジスタンスの中にはリベラル派、愛国派、共産主義者、といろいろ混在していると思われるのだが、その描写はさらりと流され、彼らの苦悩や主義主張に深入りすることはない。ブラックブックというのは裏切り者の正体がわかる手帳なのだが、これが登場するのがかなり後になってからで、ブラックブックをめぐる手に汗握る場面が最後にどたばたと展開したのはちょっと減点。この部分は無理のある設定や展開だったような気がする。

 ラストシーンにヴァーホーヴェンの視点の確かさを感じた。最後は平和な1956年のイスラエルのキブツを描写してお終い…と思わせて、カメラがパンするとそこにはイスラエル兵の緊迫した様子が写っている。そう、1956年は第二次中東戦争の時なのだ。虐殺を生き残ったユダヤの人々の戦後が決して平和なうちにはないことを示して映画は終わる。(PG-12)
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ZWARTBOEK 上映時間144分(オランダ/ドイツ/イギリス/ベルギー、2006年)
監督:ポール・ヴァーホーヴェン、脚本:ジェラルド・ソエトマン、ポール・ヴァーホーヴェン、音楽:アン・ダッドリー
出演: カリス・ファン・ハウテン、トム・ホフマン、セバスチャン・コッホ、デレク・デ・リント、ハリナ・ライン、ワルデマー・コブス

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