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ピピのシネマな日々:吟遊旅人のつれづれ

歌って踊れる図書館司書の映画三昧の日々を綴ります。たまに読書日記も。2007年3月以前の映画日記はHPに掲載。

クリクリのいた夏

2008年12月29日 | 映画レビュー
 「やかまし村の子どもたち」のような風景が続くほのぼのした物語であるけれど、何も事件が起こらない平和なやかまし村に比べて、このクリクリの住む村には戦争の傷を負った人が住み、やがて次の戦争でまた人々が死ぬというその暗い谷間の物語がほのかに戦争の時代を感じさせ、平和というのは実は「戦争と戦争の間」のほんのわずかな時間を切り取った時のことを指すのだと、と改めて知らしめる一作。

 クリクリとは5歳の少女の名前。これは、大人になったクリクリが5歳の頃を懐かしんで回想する物語。かといって、少女目線の話かといえばそうではなく、大人の視点で語られる、大人たちの物語である。クリクリは語り手ではあるけれど、クリクリという少女が主人公ではなく、クリクリの父親やその友人たちが主人公の、大人の物語である。

 戦地から引き揚げて来た孤独な青年だったガリスは、沼地の畔の小さな小屋に住み着く。隣人はリトンという愚鈍な男。ガリスはいつのまにか12年もその沼地に住み、隣人リトン一家とはすっかり家族のようななじみになっている。リトンは今はもう新しい妻との間に3人の子どももいるというのに、未だに自分を棄てたパメラという元妻のことが忘れられず、酒を飲んでは「パメラ、パメラ」と嘆いている。今日も又、町の酒場でしこたま酔って、パメラと別の女性を間違え、ボクサーといざこざを起こしてしまう。

 この沼地では、歳も境遇も離れた人々が不思議な友情で結びつく。かつて沼地に住んでいて、今や一代で財をなした老人ペペが往時を懐かしんでやって来る。町に住む中年伊達男アメデも彼らの友人だ。アメデは高等遊民のような生活を営み、なぜかガリスたちと一緒にエスカルゴ(カタツムリ)狩りに同行するけれど、一切何も仕事はせず、ただ詩を朗読している。とにかくけったいな人々を招き寄せるのがこの沼地という一種神聖な場所なのだ。しかし、この沼地は町の人にとっては忌むべき場所であるらしい。今や成功した資産家であるペペの娘は、かつて自分たちが沼地に住んでいたことを忌み嫌い、自分の息子にはその出自を秘密にしている。

 町の人々から忌み嫌われる沼地は、実は自由の土地である。ここに住むガリスは流れ者であるにもかかわらず、この地を離れることができず、リトン一家と12年以上に亘る友情を築いてきている。彼らは日雇いの仕事を繰り返し、沼や川で魚を捕ったり、山でスズランを摘んだり、町でバラ園を耕したり、様々な仕事に就く。怠惰で下品で愚かなリトンの世話を焼き続けてきた品の良いガリスは、いい加減リトンに愛想を尽かしていて、いつか彼を見捨ててこの沼地を出て行こうと決心する。

 「確かにいるよなぁ、こういう世話の焼けるどうしようもない奴って」と思いながら映画を見ていたわたしは、ガリスがよくリトンの世話を焼いていることに感心していたが、彼がリトンを見捨てる決心をする場面で、ちょっと心配になった。でもやっぱり、それはそうよね、結局ガリスはリトンを見捨てられない。これ共依存かも。貧しいながらも誇りを失わない自由人ガリスの生き方には崇高なものさえ感じる。

 この映画を見ている観客は、自分がガリスなのかリトンなのかによって、見方が異なるだろう。誰しも自分は情けないリトンではなく凜としたガリスだと思いたい。しかし、本当にそうだろうか? 自分の中にリトンのようなだらしなく欲深いところはないのか? まったく異なるこの二人が厚い友情を築いているところが、人間の二面性を表していて興味深い。

 衣食足りて礼節を知る、という。わたしたち現代の都会人は、衣食足りて自由を失った。だからといって、衣食の足りない自由な世界へはもう戻れない。既に都会ではあのような狩猟採集生活は不可能なのだ。ペペ老人はかつて蛙採りの名人だった。今も、蛙を釣ると聞いたら目の色が変わって、矢も立てもたまらない。そして驚くべきかな、120匹の蛙を見事に針もつけずに釣り上げてしまう。そんな老人も、沼地を離れて数十年、既に都会の人間となってしまっている。だからペペ老人は都会でも死ねず、沼地に戻って安らかに死ぬこともできない。

 この物語には二つの恋が語られる。一つはガリスと町のメイド、マリーのうぶな愛。もう一つは、5歳のクリクリの初恋。この初恋が余りにも可愛らしく微笑ましく、恋するクリクリがガリスに「恋しているでしょう?」と尋ねる場面などはもう思わず破顔してしまう。

 クリクリの父リトンを仇と狙うボクサーの恐ろしさもこの映画にサスペンスフルな味付けを加味し、なかなか飽きさせません。

 豊かさとは何か、自由とは、平和とは、と知らず知らずのうちに問いかける本作は、まさに心洗われる至極の時を観客に約束してくれる。

 クリクリがあまりにも愛らしいので評価がぐーんとアップ。あんな少女が孫だったらわたしは一日中片時も側から離しません。(レンタルDVD)

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クリクリのいた夏
LES ENFANS DU MARAIS
フランス、1999年、上映時間 115分
監督: ジャン・ベッケル、製作: クリスチャン・フェシュネール、製作総指揮: エルヴェ・トリュフォー、原作: ジョルジュ・モンフレ、脚本: セバスチャン・ジャプリゾ、音楽: ピエール・バシュレ
出演: ジャック・ガンブラン、ジャック・ヴィルレ、マルレーヌ・バフィエ、イザベル・カレ、アンドレ・デュソリエ、ミシェル・セロー、エリック・カントナ、シュザンヌ・フロン

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