ピピのシネマな日々:吟遊旅人のつれづれ

歌って踊れる図書館司書の映画三昧の日々を綴ります。たまに読書日記も。2007年3月以前の映画日記はHPに掲載。

ユゴ 大統領有故

2008年01月19日 | 映画レビュー
 緊迫した政治劇を期待したのが間違いで、実はもっとゆるゆるしたコメディタッチもまぶした映画だったのだ。しかし、コメディというにはあまり可笑しくもないし、シリアスな劇なんだけどそれにしては緊張感に欠けるし、どうにも中途半端な一作。韓国では朴正煕(パク・チョンヒ)大統領の遺族が公開禁止の仮処分を訴えたといういわくつきの作品だが、日本ではノーカット完全版で上映。

 とにかく期待値が高すぎたのがいけなかったのかもしれないが、結局なぜ大統領が暗殺されたのかちっとも真相が見えてこないことに不満がくすぶる。ひょっとしたらそんな「真相」なんてなかったのかもしれない。なにしろあまりにもずさんな暗殺事件だから、犯人のKCIA部長の思いつきだという噂もあるし(映画でもそんなふうに描かれていた)、私怨だという話もあるし。

 パク大統領暗殺事件は1979年10月26日に起こった。あの日の衝撃は記憶にあるのだが、詳細はすっかり忘れている。それより、わたしの記憶に大きな間違いがあって、暗殺当日に犯人のKCIA部長金戴圭(キム・ジェギュ)は射殺されたと思いこんでいたが、実際には裁判にかけられて絞首刑になっていたのだ。当時から裏にはアメリカがついていたとか噂があったが、その噂を裏付けるようなセリフが映画にも登場する。なにしろ当時のアメリカ合衆国大統領は人権外交をモットーとするジミー・カーターだったから、独裁者朴正煕は邪魔者だったのだろう。しかしそれにしては実際の暗殺後、アメリカは動かなかったし、これまた謎のままだ。

 思えば、この暗殺事件のあと、急遽大統領に就任した後釜が優柔不断な男で、結局チョン・ドファンのクーデータをまねくことになり、翌年5月には光州事件が起きる。10.26暗殺事件は激動の韓国現代史の不吉な発火点だったのだ。だが、そういうことは映画には描かれないので、この映画は韓国現代史に興味のある人しか見ても面白くないし、韓国現代史に興味のある人間にとってはむしろ不満が残る。

 映画の最後に当時の国葬のドキュメントフィルムが使われる。ここに映っているのは若かりし頃のパク・クネだ。彼女は今、韓国最大野党ハンナラ党の元党首であり、李明博に破れたとはいえ、いずれ大統領にになるかもしれない。暗殺事件以後の韓国の政治が走馬燈のように頭をめぐるけれど、結局この映画では何が描きたかったのか、いまいち伝わってこない。

 「朴正煕政権を、日本の極右国粋主義が朝鮮に生み出し、歪曲され、生き残ったその劣化バージョンとみるなら、日本の市民たちにも、この映画が興味深くみられるのではないだろうか」とイム・サンス監督が語っているが(劇場用パンフレットより)、パク・チョンヒ政権への辛辣な批判がだからといって何に向いているのか、それもよく伝わらない。つまり、これは受け手たるわたしの問題かもしれないが、朴正煕政権が暴力支配の独裁政権であったということはあまりにも明らかで、そんなことは今更別に知りたいと思うようなことではない。しかも朴政権が人民から恨まれていただけなら、巻末の国葬場面で多くの韓国民が慟哭しているのは全部「嘘」なのかといえばそうとも言えないだろうし、朴正煕の悪辣さを描くにしては描写が表層的で物足りない。

 もちろん、それなりに面白い描写はあったし、映像の凝り方もなかなかスタイリッシュでよかったのだが、ちょっと期待しすぎたかも。

 あ、そうそう、おじさんたちがみんな情けないのに、この映画では女子学生二人がとっても勇敢で彼女たちがいちばんはつらつとしていた。これも時代の生める描写かな。(PG-12)

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韓国、2005年、上映時間 104分
監督・脚本: イム・サンス、音楽: キム・ホンジプ
出演: ハン・ソッキュ、ペク・ユンシク、キム・ユナ、チョ・ウンジ、ソン・ジェホ、キム・ウンス

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