ピピのシネマな日々:吟遊旅人のつれづれ

歌って踊れる図書館司書の映画三昧の日々を綴ります。たまに読書日記も。2007年3月以前の映画日記はHPに掲載。

不完全なふたり

2008年03月23日 | 映画レビュー
 離婚を決意した結婚15年目の夫婦が、友人の結婚式のために訪れたパリで時を過ごすうちに微妙な心の変化をきたす、という物語。オムニバス「パリ、ジュテーム」での諏訪作品がいちばん気に入ったわたしは、本作もかなりの期待を持ったのだが、これはダメ。違和感ばかりが募る映画だった。とはいえ、個々のシーンではハッとさせられるような演出もあり、心に沁みる場面もなかったわけではない。しかし、とりわけ主役マリーを演じたヴァレリア・ブルーニ・テデスキの演技が納得できなくて、わたしには不可解な映画だった。

 諏訪監督は決まった脚本を用いず、だいたいの設定だけを決めてあとは役者に任せて演技させる演出法をとるという(公式サイトより)。では今回、マリーを演じたヴァレリア・ブルーニ・テデスキは、離婚間際の夫婦の会話の中で、突然怒りだしたりにやにや嗤ったりということが当然ありえると思ってそのように演じているわけだ。ここがわたしには理解できない。

 マリーが喋る場面ではほとんどカメラは固定で、対話であるのに夫の姿をまったく写さない。しかも二人の会話の間にはドアという「壁」を一枚隔てさせる。作品の最初のほうではこのドアが大きな音をたててばたんと閉じられ、マリーの冷ややかで苛立った声がドア越しに聞こえてくる。ところが、そのずっと後の場面では同じような設定だが、ドアは半開きになっている。つまり、夫婦の気持ちが少しよりを戻したわけだ。その二つの場面の間の時間にいったい二人にどんな心理の変化をもたらす事件があったのだろうか?

 実は事件など何もない。この映画ではストーリーらしきものは何もなく、事件も起こらないし、とりたてて意味のあるセリフが語られているようにも思えない。ただ、ロダン美術館を一人歩くマリーは男と女が溶け合うような彫刻に魅せられ、画面には大きく、つなぎ合う巨大な手の彫刻が何度か映し出される。そういう象徴的な場面をいくつか挿んで彼女の心が揺れていく様子をやんわりと描くのみだ。だからここには、何か具体的な夫婦の不和となる原因がわかるような描写もなければ和解のための事件が描かれるわけでもない。具象がないゆえに観客は様々なドラマをそこに読み取ることができるだろう。あるいは、読み取ることを強制される、とも言えるわけだ。


 諏訪監督はヨーロッパでは人気があるらしく、この作品もいくつかの映画賞を受賞している。しかしわたしにはピンとこない映画だった。セリフが少ないとか具体的な描写がないとか、そんなことが問題なのではない。そういう映画に心がつかまれることだってあるが、この作品からは何かを受け取ることがなかった。これは受け手の側の受容能力が低いという問題だろう。こういう作品が好きな人は好きだと思う。一般受けしないことだけは確かだが、気に入る人はすごく共感できるのではなかろうか。(レンタルDVD)


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UN COUPLE PARFAIT
フランス/日本、2005年、上映時間 108分
監督: 諏訪敦彦、プロデューサー: 澤田正道、吉武美知子、音楽: 鈴木治行
出演: ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ、ブリュノ・トデスキーニ、ナタリー・ブトゥフ、ジョアンナ・プレイス、ジャック・ドワイヨン、アレックス・デスカス

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2008年03月23日 | 映画レビュー
 この映画を見ると頭が痛くなる。いえ、比喩じゃなくて、ほんとに痛くてたまらなくて、途中何度も寝てしまった。わたしは頭痛持ちで、最近こそかなりよくなったけれど、十代の頃は我慢できない頭痛に毎日毎日悩まされていた。だから、この映画の主人公である数学者が頭痛にのたうつ様子が他人事とは思えず、そして実際に痛い頭を抱えながら見ていたわけだが、そういうときって頭を錐(キリ)で刺し貫きたくなる。頭痛の渦中にいるときはいつも錐で自分の頭をキリキリと刺してフランケンシュタイン状態になっている妄想にとりつかれたものだ。この映画ではまさにどんぴしゃの場面が出てくるので、「うわぁ、わかるわ、その気持ちっ」と異様な興奮と安堵感に包まれたのであった。

 モノクロの、精度の低いざらざらとした映像といい、妄想と現実の区別がつかない場面といい、実にシュールで心地よい。あ、いえ、頭が痛い。頭痛持ちには「うわあ、よくぞ作ってくれました、この映像。よく解るわぁ~」という頭痛い痛いたまらんもうやめてけれでもつい見てしまうああやっぱり頭痛いもういや、あ、でもやっぱりつい見てしまう。という映画でありました。

 謎の数字、216桁の数字。これが株価の乱高下を生んだり、ユダヤ教の秘密をといたり、なんだか世界征服のためには絶対必要な数字みたいで。とにかく「博士の愛した数式」みたいにやたら数字の話が出てきます。しかし、これは要するに、数字が世界の全てを説明できるんだという万能感にとりつかれた男の妄想なのである。そして、その妄想にとりつかれたばかりに男は犯罪に巻き込まれ、痛い思いをし、挙げ句の果ては自分の頭をぎりぎりと破壊して…という可哀想な目に遭います。

 で、この映画の教訓は何かというと、「世界征服なんて企むのはやめなさい」ということにつきますね。つまり、世界をたった一つの原理で説明できるなどという妄想にかられるのはやめたほうがいい、ということ。マルクス主義しかり、「自由主義経済」という名のもとに過剰な競争を強いる原則しかり。たった一つのイデオロギーが世界の全てを語り尽くし覆い尽くすなどということはもやは21世紀の世界にはありえないのだ。そこから自由にならなければわたしたちは追いつめられ頭に激痛が走り破壊されてしまうのである。

 というお話でした。あー、頭痛い。(レンタルDVD)

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アメリカ、1997年、上映時間 85分
監督・脚本: ダーレン・アロノフスキー、製作: エリック・ワトソン、作曲: クリント・マンセル、音楽監督: スーZ
出演: ショーン・ガレット、マーク・マーゴリス、スティーヴン・パールマン、ベン・シェンクマン