ピピのシネマな日々:吟遊旅人のつれづれ

歌って踊れる図書館司書の映画三昧の日々を綴ります。たまに読書日記も。2007年3月以前の映画日記はHPに掲載。

アワーミュージック

2008年03月22日 | 映画レビュー
 ゴダールというのは下手にセリフのある場面を作るよりも、音楽もセリフもないコラージュ映像を作らせたほうがずっと才能を感じさせる監督だ。3部構成になっている本作の第1部は「地獄編」、この映像の美しくも残虐なこと! どこまでが記録映像でどこまでが創作映画から取った場面なのか判然としないけれど、次々と繰り広げられるのは愚かな戦争と殺戮の場面ばかり。これを見ていると、人間は数千年もずっと戦争ばかりしてきたように思える。ちっとも進化していないのだ。映像はさまざまな処理を凝らしてあるため、すぐには何かわかりにくいものもあるが、間違いなく多くの死体と多くの暴虐が行われた場面ばかり。

 七色に輝く爆破の場面の、ため息が出るような美しさの下で、間違いなく人の命が奪われている。その美しさに心を奪われている間にわたしたちは死の現実を忘れさせられる。多くの映像に刻まれた戦争の愚かさもまた、一つのイリュージョンに過ぎない。過去の様々な映画や報道映像からとられたコラージュであるこの第一部が一番気に入った。

 第2部で語られるさまざまなキーワードは現代思想を考えるために必須のアイテムばかり。ここ語られた「エクリチュール」だの「レヴィナス」だの「ハンナ・アーレント」、「カフカ」、「テルアビブ」等々にピンとこないともうまったく無意味な映画。「」内に挙げた人名や地名や事項の意味がわからない人は見るのは止めましょう、という映画です。こんなものをいったい何人の日本人が喜んで見るのかなぁと思う。思うけど、訳が分からなくても、第3部のデジタルカメラで撮影された緑の風景の美しさだけは体感できるだろう。しかも、それはすでに失われた若い命が映っている映像なのだ。その切なさはまさに絵に描いたよう。

 サラエボ。ゴダールはサラエボの大学生相手に講演する。彼は自分自身の役で登場するのだが、彼の講演を聞いていたユダヤ人女子学生から渡されたDVD、そこには彼女の姿が映っていた。若く美しく知性に満ち、内面に深い決意を秘めた憂いのある表情を見せる彼女は、イスラエルの地で儚く命を散らす。


 第2部で語られた多くのこと、それは侵略、暴力、赦し、消せない傷、絶望、物事の多元性、そういった、21世紀に投げかけられた世界への問いのすべてだ。その問いの全てにもちろんゴダールは答えない。ゴダールは問いを投げるだけ。投げかけられて迷い悩むのは観客。トロイの詩人を捜しているというパレスチナの詩人の存在に最も興味を惹かれたわたしは、「敗北した側にこそ詩が生まれる」という言葉に深く頷く。ギリシアに敗れたトロイには詩人がいなかった。しかし、いかにギリシャに優れた詩人が存在し一方トロイに詩人がいなかったからといってトロイが滅ぼされてもいいのか? 「トロイの詩人」とは、存在しない詩人のことであり、敗北こそが美しいと謡う詩人のことだ。

 わたしたちは、今、詩が生きられない世界にいる。現代詩のように美しく難解なゴダールの世界が受け入れられないとしたら、そこには絶望しかないのかもしれない。もはや日本にはゴダールを受け入れる素地はほとんど残っていない。(レンタルDVD)

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NOTRE MUSIQUE
フランス、2004年、上映時間 80分
監督・脚本: ジャン=リュック・ゴダール、製作: アラン・サルド、ルート・ヴァルトブルゲール
出演: ナード・デュー、サラ・アドラー、ロニー・クラメール、ジャン=クリストフ・ブヴェ、ジャン=リュック・ゴダール