wikipediaを3つの言葉で見る - まずはサルコジの学生時代

ウィキペディアを3つのことばで見てみようと思っています。wikipediaは、信頼性が低いとはいわれますが、やはり面白い。日本語、英語、フランス語で同じ項目を見てみれば、なんとなく、その国が避けているもの、強調したいものがわかるような気がします。

今回は、フランスの政治家、サルコジの学生時代を調べてみましょう。

では、まず、フランス語版。


Élève du lycée Chaptal (8e arrondissement), qu'il quitte pour redoubler[7] sa sixième au cours Saint-Louis de Monceau situé rue de Monceau à Paris, Nicolas Sarkozy obtient un baccalauréat B en 1973. Sa famille s'installe à Neuilly-sur-Seine.

Étudiant à l'université Paris X Nanterre, il y obtient une maîtrise de droit privé en 1978 et effectue son service militaire à la base aérienne 117 (quartier Balard), dans le 15e arrondissement de Paris. Il appartient alors au Groupe rapide d'intervention chargé du nettoyage[8]. Il entre ensuite à l'Institut d'études politiques de Paris dont il ne ressort pas diplômé. Selon Catherine Nay, cet échec serait dû à une note éliminatoire en anglais[9]. Il obtient, en février 1980, un DEA en sciences politiques avec un mémoire sur le référendum du 27 avril 1969 (avec mention[10]).

En 1981, après avoir envisagé le journalisme, il obtient le certificat d'aptitude à la profession d'avocat (CAPA), suivant ainsi les traces de sa mère.


8区のChaptal高校に進むも、6年次 (日本の中学1年) に落第し、パリ Heap の Saint-Louis に転校する。1973年にバカロレアを取得。家族は、Neuilly-on-Seineに居を構える。

パリ第十大学に入学。1978年、私法の博士号を取得する。117空軍基地に入隊。清掃を担当する。パリ政治学院に進むが、卒業には至らなかった。Catherine Nayによれば、英語の成績が悪くて卒業できなかったもよう。1980年2月、政治学のDEAを取得。

ジャーナリズムを勉強後、1981年に弁護士資格を取得する (母親も弁護士)。


英語版では次のように説明しています。


Sarkozy was enrolled in the Lycée Chaptal, a state-funded public middle and high school in Paris's 8th arrondissement, where he failed his sixième. His family then sent him to the Cours Saint-Louis de Monceau, a private Catholic school in the 17th arrondissement, where he was reportedly a mediocre student,[17] but where he nonetheless obtained his baccalauréat in 1973. He enrolled at the Université Paris X Nanterre, where he graduated with a Master in Private law, and later with a DEA degree in Business law. Paris X Nanterre had been the starting place for the May '68 student movement and was still a stronghold of leftist students. Described as a quiet student, Sarkozy soon joined the right-wing student organization, in which he was very active. He completed his military service as a part time Air Force cleaner. [18] After graduating, he entered the Institut d'Études Politiques de Paris (1979-1981) but failed to graduate due to an insufficient command of the English language.[19] After passing the bar, he became a lawyer specializing in business and family law,[20] and was one of Silvio Berlusconi's top French advocates.[

Lycée Chaptalに入学。この学校は、パリの8区に国が設立した公立の中高一貫校である。サルコジは、6年次に落第。家族はサルコジをCours Saint-Louis de Monceauに転校させる。この学校は、17区にあるカトリック系の私立学校である。サルコジは、成績は凡庸だったが、1973年にバカロレアを取得する。パリ第十大学に進み、私法の博士号を取得して卒業する。後に、商法のDEAも取得。パリ第十大学は、May '68 学生ムーブメント発祥の地であり、当時は極左の基地でもあった。サルコジは物静かな学生だったらしいが、右翼組織に加入し、積極的に活動した。軍に入隊し、空軍基地でパートタイムの清掃係を勤めた。卒業後、パリ政治学院 (1979-1981) に進むが、英語の活用能力が低いことが原因で卒業はできなかった。司法試験に合格した後、商法と家族法を専門とする弁護士になる。フランスにおけるベルルスコーニ (イタリア首相) の最大の信奉者である。


日本語版ではこう説明しています。

ニコラの中学、高校の成績は芳しくなく、日本の中1にあたる7年生の時に英語の成績が悪く留年している。

政治家へ

1973年、バカロレア(大学入学資格)を取得し、パリ第10大学に入学。当時はジャーナリストを志していた。1976年、大学在学中に、ジャック・シラクの結成した保守政党・共和国連合 (RPR) へ入党する。


日本語版は、ひどく簡単な説明ですが、フランス語版も詳しいとは言えないかもしれません。英語版がもっとも詳しく、学生時代の政治活動にまで言及しています。

それにしても、サルコジさん、学生時代の成績はあまりよくないようですね。

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コメント ( 1 )
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Unknown ( shincha)
2009-11-12 17:43:49
ウィキペディアよく見ますが、
国別、語学別に見たことはないですね。
面白そうですね。
 
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