Manaboo 電子政府・電子申請コラム 

電子政府コンサルタントの牟田学が、電子政府・電子申請、その他もろもろ、気まぐれにコメントしてます。

社会保障・税に関わる番号制度の選択肢(3)、費用は確実だが効果は活用次第

2010年07月08日 | 電子政府
社会保障・税に関わる番号制度の選択肢(2)、国民の権利よりも省庁やベンダーの利益が優先される予感の続きです。今回は、「番号」の導入に係る費用等について考えてみましょう。


●「番号」の導入に係る費用・期間

「番号」を導入するための費用・期間は、一般的に情報の活用範囲を広くするほど関係者が増え、強力な個人情報保護対策が必要になるなど、多く・長くかかることとなる。
また、
1)個人情報保護の仕組みのあり方やクラウドの利用等で相応の増減があり得ること
2)費用を誰がどのように分担するか、別途検討の必要があること
等にも留意する必要がある。


★作者コメント

作者のオススメとしては、
・幅広い利用を前提に制度を設計する
・利用分野に優先順位を付けて順次運用を開始する(まずは税と年金から等)
・事前または並行して、制度の変更や見直しを行う
・住民サービスの担い手となる基礎自治体(市町村)で利用しやすい仕組みとする
・利用分野ごとに効果(金額換算)も提示する

いずれにしても、運用開始まで3-5年はかかるでしょう。


●一定の前提を置いた粗い試算

・付番、通知、番号管理プログラム開発等費用:200億~300億
・情報連携のためのシステム開発等及びネットワーク費用:500~700億円
・税務関係機関におけるシステム開発費用:600~1300億円
・民間セクター(金融機関等)におけるシステム開発費用
・社会保障関係機関のシステム開発費用:700~800億円
・医療機関や介護事業所等におけるシステム開発費用
・各機関におけるシステム開発費用
・第三者機関の設置
・自己情報管理機能
・強固なセキュリティ
・ICカード導入:2000~3000億円

(注1) 海外事例や個別分野における過去のシステム改修費用等を参考とし、それと同程度の開発・改修が必要となる等という仮定に基づいて試算したものもある。従って、番号の制度設計によって、実際のシステム改修の程度やその費用が異なることに留意。
(注2) 運用経費(ランニングコスト)が別途必要であることに留意。
(注3) A案でも制度導入(番号配布)までに3年程度、システム稼働までに4年程度。


★作者コメント

政府分野の費用だけで1300~3000億円ほど、民間分野やICカード費用を含めると1兆円を超える特需となりそうです。

「海外事例や個別分野における過去のシステム改修費用等を参考とし」とありますが、金額を見る限りは、ベンダー主導の算出なのではないかと思ってしまいます。いっそのこと、国内外のベンダーに「500億円で実現できる方法を考えてください」と依頼した方が良いのでは。。。

ちなみに、エストニアの「X-road」という市民データの情報連携基盤は、2001年から3年間かけて約2700万クローネ(約200万ドル=1億8000万円)で構築されました。

また、「ICカード導入」が、あたかも3案全てに必須となっているのは違和感があります。国民による「ICカードの利用」を前提とした制度設計は、住基カードの二の舞となり、制度全体の失敗に繋がりますので止めた方が良いでしょう。

ICカードを導入する場合でも、極力ICカードに依存しない設計、つまり「ICカードが無くても、十分な効果やメリットを国民も行政も受けることができる」としなければいけません。

その他の留意点としては、
・できる限りシンプルな仕組みとする
・「セキュリティ」や「個人情報保護」の名目で算出される費用に騙されない
などがあります。


●費用対効果の参考データ

最後に、費用と効果について参考になりそうなデータを上げておきます。検討中のものは政府等による試算で、稼動中のものは実績です。

データとして挙げていませんが、最も効果が高いのは、課税所得の捕捉率向上による税収増でしょう。その効果は数千億から兆円単位になるだけでなく、「キャッシュを生み出す」からです。

関連ブログ>>国民IDは政府による監視社会を招くのか(3)、納税者番号の導入で公平感と税収をアップ

それ以外の効果については、C案(番号を幅広い行政分野で利用する)を前提に情報連携・共有を進め、制度自体の大幅な見直しを行った上で、関連する情報システムを整備しなければ得られないものなので、あまり期待しない方が良いと思います。

また、行政側の「コスト削減効果」は、数字合わせで都合の良いように調整できるだけでなく、削減されてもキャッシュを生み出すわけではありません。100億円のコスト削減ができても、その100億円はどこかに消えてしまいます。実体が無いのですね。

番号制度の効果を本当に高めるためには、税財政、地域主権、公務員制度、社会保障制度といった分野の改革をどれだけ進められるかにかかっているのです。


(1)納税者番号制度の導入(検討中)

納税者に広く番号を付与し、各種の取引を行う際に取引の相手方に番号を告知すること。そして納税者及び取引の相手方が税務当局に提出すべき各種書類に納税者番号を記載することを義務付けることによって、納税者に関する課税資料を、その番号に従って集中的に管理し、課税する方式。

目的・効果
・脱税を防ぎ、悪質な納税者を発見する。
・作業の効率性と正確性を高める。
・適正・公平な課税を行う。

システム構築・刷新等により行政側(付番機関、国および地方の税務当局)、金融機関、企業側に費用が発生する。

政府税制調査会の試算(平成4年:個人納税者のみ):
・アメリカ方式:初期費用1,660億円以上、年間運営費400億円以上
・北欧方式:初期費用1,340億円、年間運営費360億円~400億円


(2)住民基本台帳ネットワークシステム(稼動中)

用途例:
・年金等の現況届省略:3600万人
・住民票の写し省略:460万件
・本人確認情報の提供:年間1億1000万件以上
費用:
・年間約140億円の維持コスト
効果:
・年間400億円相当の事務経費削減


(3)ワンストップサービス(検討中)

行政機関の持つデータの連携・活用(添付書類や事業の進捗情報)や民間との連携を実現する「公共サービス連携基盤」を前提とした縦割り排除の行政サービス。

引越しワンストップサービス
・引越し時の手続が1箇所で完了し、添付書類も不要に
・官民あわせて年間約1000億円(行政等100億円、引越し者900億円)のコスト削減効果

退職ワンストップサービス
・退職時の手続が1箇所で完了し、添付書類も不要に
・官民あわせて年間約1200億円(企業700億円、退職者500億円)のコスト削減効果

児童手当のワンストップサービス
・更新手続(届出)が不要になり、行政コストも削減
・新規申請は、他の申請と一体化(出生届+児童手当申請)
・受給継続のための更新手続き(1回/年)が必要
・行政コスト(郵送費・事務費等):年間約20億円
・手続の省略で行政コスト20億円が削減可能

参考>>次世代電子行政サービス基盤等検討プロジェクトチーム中間報告書


(4)市川市等におけるコンビニ店での証明書交付サービス(稼動中)

全国のコンビニ店で住民票や印鑑登録証明書の交付が受けられるサービス

・国、地方自治体、民間の連携で実現
・官民が共同で構築・運用しているので、行政コストは現在よりの5分の1程度に縮小

関連ブログ>>新たな情報通信技術戦略の工程表を公開、コンビニ証明書交付サービスは本当に必要か


(5)エルタックス経由のデータ提供(稼動中)

・国の年金データを自治体へ提供(公的年金からの個人住民税の特別徴収)
・国税庁からの所得税の確定申告データの送信(平成23年1月から実施予定)
・年間約20億円(参加自治体による負担金等)の維持費
・市川市(住民税):税務署からの確定申告書の事務処理コストが年間720万円
・電子データで受け取ることができれば、事務処理コストの大幅軽減が実現する
・国全体では約20億円(日本の人口÷市川市の人口×720万円)

関連ブログ>>エルタックス自身が財務体質を強化するデータ連携基盤としてのeLTAX(エルタックス)、今後の課題はイータックスとの統合・連携


(6)年末調整処理業務の改善策(未検討)

電子化・データ連携・手続省略等による改善。

現在のコスト
・企業側:約2,300億円/年
・行政側:約140億円/年

改善案を実施した場合のコスト削減効果の試算
・企業側:約1,600億円/年
・行政側:約125億円/年"

参考>>年末調整処理業務の効率化の検討最終報告資料


(7)国民電子私書箱(検討中止)

利用者ごとに設置された電子私書箱ポータルから、政府・公共機関等が保有する自己の情報(年金記録等)を一元的に入手閲覧することができる仕組み。

・初期整備経費:200~400億円
・年間運用経費:数十億円
・通知の電子化率70%達成の場合、年間約4,600億円のコスト削減(社会保障分野だけで年間約600億円のコスト削減)

参考>>電子私書箱(仮称)構想の実現に向けた基盤整備に関する検討会報告書


(8)共通番号を利用したデータ連携による経済効果(市町村とその外部)

富士通総研経済研究所の榎並利博氏による試算(行政&情報システム2010年6月号掲載)。20万人規模の自治体効果を基に、全国効果を約911億円と推計。内訳は以下の通り。

榎並氏による提言は多くの示唆に富むので、関係者は必読ですね。

a)住民に関する外部から収受したデータと自治体で管理するデータに結びつける作業
・自治体における効果:9506万円
・住民に対する効果:
・全国推計:570億円

b)住民(または過去に居住していた住民)に関する他自治体や民間企業からの情報照会
・自治体における効果:1148万円
・住民に対する効果:
・全国推計:69億円

c)過去に自治体内に在住していた住民や住登外住民が転入してきた場合に対象住民を自治体で管理するデータに結びつける作業
・自治体における効果:1032万円
・住民に対する効果:
・全国推計:62億円

d)対象住民に提供するサービスの受給判定を行うために、他自治体・関係機関から提供される情報を確認する手間・作業
・自治体における効果:1255万円
・住民に対する効果:2240万円
・全国推計:210億円

合計
・自治体・住民効果:15181万円
・全国推計:911億円


次回は、最終回として「番号制度が必要な理由」を考えてみたいと思います。


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