新 ゆ~ゆ~日記

一生独身を決めた男の自堕落で貧乏くさい日記

くまもとじしん そのご 6

2016年05月31日 | 熊本地震
さっそく、罹災証明書の発行手続きに行ってきました。
前にも書いているとおり、うちは裏の公園が陥没して、それに伴って母屋が傾きました。
自分の見立てでは「半壊」、あるいは、もしかしたら「大規模半壊」という判定が出るかも。
でも、1次調査で判定に不服で、2次調査を申し込む人が多いみたいです。
たいがいの場合、保険会社の人が仮判定して、「お客様の場合、大規模判定間違いないですよ!」などと期待させるようなことを言うもんだから、判定に納得いかなくなるのだと思います。
うちの場合は、保険など入ってないから、まったく素人判断の「半壊」です。

で、先述の通り、判定に納得いかない場合が多いみたいなので、もしかしたらうちも最悪の場合「一部損壊」とか言われるんだろうなぁと思って役場に行きました。
まだ手続きのお知らせが来てる時点では、判定はわかりません。
書類をチェックしてもらって、いよいよ罹災証明書の発行。
そして告げられた判定は・・・

「全壊」

はぁ?全壊?なにそれ?

普通に、とはいかないけど、まだ住んでるんですけど・・・。

それが率直な感想でした。
判定に納得いかなくて再調査!の逆パターンでした。
たぶん、地盤沈下で基礎も沈下してて、家が全体的に傾いてるから修繕や補修のしようがないから全壊なのだと思います。
家が全壊した人用の支援メニューの書かれた赤い紙を貰って、どんな支援を受けれるのかの説明を受ける順番を待ってるとき、改めてその赤い紙を見ていると、自然に涙がこみ上げてきました。お金が貰えるからじゃないんです。それ以外の、全壊といわれてショックだったとか、この先に待ちかまえる苦難とか、そういった諸々ですかね・・・。


支援金とかお見舞い金とか、全て合わせると、かなりの額が貰えるみたいです。
けど、ほとんど家の解体や引っ越しで消えてしまうと思います。
立て替え、修理、引っ越し、いずれの場合も3年間考える時間があって、またそのときは更にお金が出るみたいです。
全壊なので優先的に仮設住宅に入れるみたいなので、出来れば引っ越ししたいけど、さくらさんがネックなんですよね。
まったく吠えないけど、やっぱり犬嫌いの人もいるでしょうし、臭いもするし、遠慮してしまいます・・・。
解体は、国が費用を負担するみたいなことを聞いたので、決定するまで待ちたいと思います。

くまもとじしん そのご 5

2016年05月30日 | 熊本地震
やっとうちにも罹災証明書の発行手続きの書類が届きました。
申し込んで軽く1ヶ月以上で、けっこうかかりました。
熊本市中心部に近ければ近いほど調査の緑の紙や黄色い紙が貼ってあったのですが、うちは熊本市の外れの方にあるので、後回しにされてたのでしょう。
ああいうのは、被害の大きかった地区からやってほしいもんです。
うちの前の道路なんか、マンホールが突き上げてたり、地面や歩道がデコボコになってたり、家の裏の公園とか大規模陥没してたり、その陥没のおかげでうちは半壊してたり、ほかにも大きな被害が目立っていて、被害の特に大きかった益城や南阿蘇ばかり取り上げられてるけど、うちの近辺も地味に被害が大きかったんですよ。死者が出た=被害が大きい、という訳ではないと思います。
それなのに、市内中心部の堅牢な耐震構造がしっかりした建物ばかり調査して郊外は後回しとか、ちょっと神経を疑います。本当に早く罹災証明書が欲しいのは郊外の耐震基準の法律が出来る前に建てた古い家に住んでて半壊・全壊した人たちなんですよ!!

あと、テレビでやってたんですが、早々に調査が来て罹災証明書を貰ったけど、大規模半壊と思ってたら一部損壊という結果が出て、2次調査を申し込んでたババアが居たけど、そんなの被災した全ての家の調査が一通り済んでからにしろよクソババア!!
たしかに被害の大きさで義援金の額も変わってくるから気持ちはわかるし、市が2次調査を受け付けてるから仕方ないんだろうけど、まだまだ1次の調査も終わってない家もあるんだよ!!もうちょっと待てよ!!
うちは、そのテレビ放送をやってた段階で、まだ罹災証明書の発行手続きの書類が来てかなったので、めっちゃ腹立ちました。


そういえば、日記のタイトルが「そのご」なので、文字通りその後の事を書きます。
前から熱帯魚を飼ってるんですが、震災後、倉庫に避難してて、悠長に熱帯魚など飼ったり眺めたりする余裕なんか無かったので、ライトも濾過器も全部コンセントを抜いて、エサも一切与えてなかったんですよ。
で、GW明けに母屋に戻ったとき、地獄絵図を想像して、恐る恐るライトのスイッチを入れてみたら、なんと水が超きれいで、数匹減ってるだけでみんなピンピンしてるじゃないですか!!
魚って、強いんですね~。中には数ヶ月何も食べなくても生きてる魚もいるみたいだし。
今では、ちゃんと水替えもして、エサも毎日やってます。

もう一つ、その後のこと。
飲み水は、前は湧水を汲みに行って、それを飲んでたんです。
でも震災後、いつも行ってた湧水地の水が出てなくて、かといってスーパーとかで水を買うのは、いくら安いとはいえ毎日飲むもんだし、塵も積もればでけっこうな額になるので、仕方なく水道水を飲んでました。
でも自分一人ならそれでいいんだけど、カルキ臭いのでさくらさんが飲まないんです。
子犬のころから天然水だけを与えてたからでしょうね。
なので、いつまた湧水が復活するかわからないので、浄水器を買いました。
一番安かった2000円チョイのやつを買ったのですが、安くても凄いですね。カルキの臭いが完全に消えてます!
おかげでさくらさんも飲むようになりました。
たった2000円チョイで臭くない水が飲めるんだったら、もっと早く買えば良かった・・・。

くまもとじしん そのご 4

2016年05月23日 | 熊本地震
最近、暑いっすね。真夏日の日もあるみたいで。
窓がトイレと台所しか開かないので、ちょっと暑いです。
でも物置と違って、いざとなればエアコン様がいつでも出番を待っているので安心です。

昨日は、また阿蘇へツーリングに行ったら、外輪山の上のミルクロードはけっこう涼しかったです。
ちなみに、大観峰へ行くと、バイクは以前のように多かったけど、車は少なくて「あれ?今日って平日?」と思うほどでした。
県外ナンバーが多くて、まぁ昔から阿蘇は九州のライダーの聖地として集う場所ではあったのですが、各ルートが寸断されて、しかも道路の路面状況も良くない中で、わざわざ来てくださるのはありがたいと思います。
大観峰のつぎに、三愛レストハウスまで行ってみました。
団体のツーリングが来てたので、数百台のバイクが来てました。それを差し引いても、震災前と変わらないくらいバイクでいっぱい。
ここも県外ナンバーが目立ちました。

大観峰の手前で、10数台ほどのツーリングの皆さんに手を振られました。もちろん振り返しました。
バイクが地震で倒れず無事でツーリングに来ている人(うちのは1回も倒れず無傷)。倒れたけど修理してツーリングに来ている人。復興を願い、県外からツーリングに来てくださっている人。
なんかね、震災後、ライダーの間で一種の連帯感のようなものが生まれているような気がするんですよね。
震災直後は、「あぁ、壊れてなかったのか!良かったね!」とか、最近では、「また走れるようになって良かったね!」みたいな。
通勤とかの仕事以外で、趣味でバイクに乗る人っていうのは、元々、親近感や連帯感のようなものがあったのですが、それがより深まったような気がします。そんなの気のせいとか妄想だとか思われる人は居ると思いますが、まぁバイクに趣味で乗ってみればわかるかも。



あと、「くまモン頑張れ絵」ですか?
がんばってほしいのはくまモンだけかい!!
あんな架空の熊の着ぐるみを応援するとか違うんじゃない!?
本当に応援すべきは、当然被災者でしょ!!
とか、ワタクシのようなひねくれ者は思いますよ。

でもね、震災後、初めてくまモンが幼稚園に現れたときの、あのチビッコのはち切れんばかりの笑顔。
あの笑顔を見たとき、「あぁ、そういうことか・・・」と思いました。
くまモンは子供たちを笑顔にする。それを見た大人も笑顔になる。そういうことなんですね。なるほど。

くまもとじしん そのご 3

2016年05月16日 | 熊本地震
そろそろ暑くなってきて、空調はおろか、窓もない物置では限界を感じ始めてきたので、母屋に戻りました。
窓が開かないのと、傾いている以外は不自由ないし。
てか、もう物置での避難生活は疲れました・・・。トイレ行くのにいちいち鍵開けないといけないし、だから我慢してるので膀胱パンパンで、鍵開けるときに手間取ると、ちょっと漏らすし・・・。
まだ大きな余震に警戒と発表されていますが、もういいっす。生きててもこの先、楽しいこと無いだろうし、家が潰れて死んでも構いません。むしろ、一瞬でプチッと潰してほしいくらいです。

あと、GW中に阿蘇へ行きました。
大津のミルクロード入り口から先は、いつもなら渋滞しているはずなのに、阿蘇大橋が崩落しているので、ガラガラ。
画像の右の山の中腹が崖崩れになってます。阿蘇大橋の崖崩れだけではなく、他にも所々で山が崩れていました。

ミルクロードは迂回ルートになっているので、けっこう車が居ました。

ミルクロード入り口へ戻り、途中で赤水へ下りて、ファームランドの先から南阿蘇へ入りました。ちなみにファームランドは休園中でした。


河陽の崖崩れのあったペンションを通ると凄い状況で、建物ギリギリまで崖崩れが迫っており、思わず息をのみました。



途中の道路もこんな感じ。



同じ南阿蘇村でも、旧長陽村の河陽辺りは被害が酷かったけど、旧久木野村や旧白水村辺りまで来ると、正直な感想は「思ったほどではない」でした。倒壊した家も少ないというか、ほとんど倒壊してなかったし。

「あそ望の郷くぎの」へ行くと、自衛隊でいっぱい。

救援物資を集約する基地みたいになってました。
緑は綺麗でしたが、やっぱり所々が茶色くなってました。人もやっぱり少ないです。



あと、救援物資をたくさん運び込むのはいいのですが、余りすぎてたのか、賞味期限が当日までのパンを被災者とか関係なく、自由に持ち帰っていいようになってました。ありがたく2個貰ったけど、こうやって余りすぎるのもどうかと・・・。


俵山トンネルも、旧山越えも通行止め。アスペクタからグリーンロードは通れるみたいですが、来た道の赤水→ミルクロードで帰りました。


GW中に2回阿蘇へ行き、2回目は大観峰まで行ってみると、思ってたより客が居ました。でもまぁ、それもGW中とは思えないほどの閑散たるものでしたが。
「あそ望の郷くぎの」へも行くと、自衛隊は居なくなっていましたし、客もヤバイくらい居ませんでした。
熊本全体がそうですが、阿蘇のGW中の売り上げを見込んでたところは、相当な痛手ですね。
ちなみに2回目はグリーンロードを通って帰りました。けっこう車が多くて、先頭に大型トラックが居たので、かなりのノロノロでしたが。
早く熊本が誇れる観光地・阿蘇が戻ることを願います。