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排出権取引の疑問、辞めた方がよいのでは?

2010-05-08 17:49:21 | 日記

空気がお金に化ける? 排出権取引は悪なのか


温暖化防止に効果はあるものの制度には欠陥も



 排出権取引(排出量取引とも呼ばれる)に対して「現代の免罪符」、「悪をお金で買う」、「欧米金融機関のマネーゲーム」といった反応をする人々が多い。こうした反応の多くは排出権の仕組みに対する先入感や誤解から来ている。また「排出権に頼らず自国の温室効果ガス削減努力をすべき」という主張はもっともだが、排出権取引を全面的に排除するというのであれば疑問符が付く。



排出権取引の現場は苦労話のオンパレード



 そもそも排出権はどこから生じているのか? 


 その多くは、発展途上国における様々な温室効果ガス削減事業によって産み出されている。例を挙げると、中国における風力発電事業、マレーシアにおけるパーム椰子房を利用した発電事業、インドのアンモニア製造プラント改良による蒸気消費量削減事業、ブラジルのゴミ処分場のメタンガス回収・発電事業、韓国の硝酸工場のN2O(亜酸化窒素)破壊事業、ベトナムの油田の随伴ガス回収事業といったプロジェクトだ。これらが国連によって承認され、削減量に応じた排出権が発行され、国連と各国が運営する電子登録簿の中で保管・売買されている。


 案件実施には様々な苦労が伴う。マレーシアで豚の糞尿からメタンガスを回収し発電する事業をやるため、養豚村の長老と一緒に、農家に豚の糞尿を定期的に提供してくれるよう説得して歩くが、糞尿から生じる排出権が金になると分かると急に金を寄越せと言われるとか、中国の山奥に車で10時間も走って行き、雪どけ水が流れる水力発電所の建設現場で苦心惨憺して資機材を運搬して事業を立ち上げるとか、合意したはずの事柄を何度も蒸し返してくる中国人との議論に疲労困憊して商社の女性社員が倒れ病院で点滴を受けたとか、二酸化炭素の地中貯留の方法論を提案したが、排出権価格下落による自国の収入減を嫌う国連CDM理事会のブラジル人理事に強硬に反対されて進まないといったエピソードのオンパレードである。この辺の事情は、今般上梓した『排出権商人』(講談社刊)に詳しく書いた。


 京都議定書は、先進締約国(41の国と地域)に対して温室効果ガス削減目標を負わせる一方で、海外から排出権を購入して補ってもよいという柔軟措置を設けた。これが「京都メカニズム」と呼ばれるもので、(1) CDM(Clean Development Mechanism=クリーン開発メカニズム)、(2) JI(Joint Implementation=共同実施)、(3) 排出権取引の3つである。


 CDMとJIは、外国で温室効果ガス削減事業を行い、プロジェクトが存在しない場合(これを「ベースライン」と呼ぶ)に比べて、温室効果ガスの排出量が削減されたと認められると、国連によって排出権が与えられる仕組みである。CDMは京都議定書で削減義務を負っていない国(発展途上国)で行われる事業、JIは削減義務を負っている国(先進国)で行われる事業である。


 3番目の排出権取引は、CDMやJIによって産み出された排出権や自国の排出枠に余裕のある国の余剰排出権(排出枠)を売買することである。


 日本企業(電力会社や鉄鋼会社)が購入している排出権の多くはCDMによって産み出されたものだ。プロジェクトの数や排出削減量で見るとCDMはJIの15~20倍ある。


これまで国連に登録(承認)されたCDMプロジェクトは全部で1894あり、産み出される排出権(Certified Emission Reduction=認証排出削減量、略称CER)は、年間3億2367万トン(CO2換算)である。これは日本の年間排出量の1/4程度に相当する。


 CDMは京都議定書の締約国会議の下にあるCDM理事会(事務局はドイツのボンにある)が定めた厳格な「方法論」に則って実施しなくてはならない。方法論は、温室効果ガス削減事業をどのように実施し、削減された排出量をどのように計測するかの理論と手法のことで、事業のタイプごとに現在約110が定められている。


 先に述べた中国の風力発電、マレーシアのパーム椰子房からの発電、インドのアンモニア製造プラント改良による蒸気消費量削減などはすべてCDMである。こうした事業が地球温暖化防止に役立っているかといえば、答えは間違いなくイエスだ。火力発電で二酸化炭素を出しっぱなしだったのが風力発電に代替され、操業上も危険な炭鉱内のメタンガスが回収されて発電に使われ、排出権売却益がなければ採算上実施できない(これを事業の「追加性」と呼び、CDMの重要要件の一つ)水力発電事業が立ち上がって山奥に電気が通ったりすれば、地元の住民にとっても大きなメリットがある。そもそも京都議定書の第12条第2項に、「CDMは、附属書I国(排出削減義務を負っている先進国・地域)の温室効果ガス削減義務に寄与すると同時に、非附属書I国(発展途上国)の持続的成長に寄与しなければならない」と規定されている。



まだ欠陥の多いCDM制度



 一方でCDMは、できて間もない制度(最初のCDMが国連に登録<承認>されたのは2004年)なので、まだ欠陥も多く、今後の制度の整備が望まれるのが実態だ。


 改善されるべき主な点を上げると以下の通りである。


1.国連への申請手続き、特に方法論が複雑で、承認までに時間と労力がかかる。


 CDMを国連(CDM理事会)に申請するためにはPDD(Project Design Document=プロジェクト設計書、英文で50~70ページ)を作成し、DOE(Designated Operational Entity=指定運営組織)として国連に認められた機関の有効化審査を受けなくてはならない。


 またCER(排出権)の発行を申請するとき(通常は操業開始1年後)は、DOEが排出削減量について検証と認証を行い、報告書と発行申請書を国連CDM理事会に提出し、審査を受けなくてはならない。


 これらの中で最も煩雑なのが方法論である。UNFCCC(気候変動に関する国際連合枠組条約)の国連官僚がこれでもかというほど細かく規定し複雑な数式も含み、しかも頻繁に改訂されている。


 たとえば、豚の糞を有機肥料の製造に利用している養豚場からメタンガスを回収する事業のベースラインの算定方法の場合、(1) 汚水浄化槽の大きさや仔豚・保育豚・肥育豚・母豚などの飼育日数や重量をもとに発生するメタンガスの量を算定し、(2) 糞の肥料化の過程におけるN2O(亜酸化窒素)の排出量を定められた数式で求め、(3) 事業全体で消費する電力や熱を産み出すための二酸化炭素発生量を算定し、(4) これらを合算して二酸化炭素量に換算して、ベースライン排出量とする。


2.有効化審査や排出削減量の検証・認証が、欧州系の3つのDOE(指定運営組織)によってほぼ独占されている。


 DOEの資格を得るためには、国連CDM理事会の下部組織であるDOE認定パネルの審査を受け、最終的にCOP(気候変動枠組条約締約国会議)に任命される必要がある。DOEは有効化審査料として通常500万円程度、排出削減量の検証・認証料として1回100万円から200万円の報酬を受け取る(ほとんどのプロジェクトは排出権を年1回発行してもらうので、そのつどDOEに報酬を支払わなくてはならない)。


 現在26のDOEがあり、日本の組織としては財団法人日本品質保証機構や社団法人日本プラント協会などがあるが、案件が欧州系の3つのDOEにほぼ集中している。すなわち、DNV(ノルウェー系)、TUV-SUD(ドイツ系)、SGS(スイス系)の3社が、全登録案件の約85%を手がけているのである。これは2001年から2003年にかけてCDMの制度が作られた時、様々なアイデアを提供したのがこれら3社だったからだ。要は、日本政府や日本企業が払う金が、これら欧州系3社の懐に流れ込むようになっているのである。また3社に仕事が集中しすぎ、方法論が複雑化していることもあり、審査能力が付いて行かなくなって有効化審査の質が低下し、DOEの資格を一時停止されるケースまで出てきている(昨年DNVが一時資格停止され、現在は、SGSの英国法人が一時停止されている)。



排出権ビジネスを外貨獲得手段と捉える中国



3.CDMは新しい制度で、CDM理事会も「learning by doing」の状態であるため、上記以外にも様々な欠陥がある。


 いくつか例を挙げると、(1) 代替フロンの製造過程で出てくるHFC23(京都議定書で定められた温室効果ガスの1つ)破壊事業が儲かるので、主製品の代替フロンが売れないのにどんどん作り、HFC23破壊をどんどんやって排出権を売って儲けるという本末転倒が起きた、(2) 本来、採算性や追加性の観点からCDMとして認められない事業を、あの手この手で誤魔化して(たとえば高価な外国の機器を購入することにして採算性を抑え、実際は途上国製の安い機器を使う等)、国連の審査を通す、(3) いったん事業が審査を通ってしまうと、あとは排出削減量の検証・認証しか行われない制度のため、採算性や追加性の検証が事後的に行われない、といった問題点がある。これらの多くは、CDM理事会も認識しており、すでに改善策が実施されたものも少なくない。


4.CDM事業の35%は中国、25%はインドで行われており、排出削減義務を負っていないこの両国が6割を占める。


 年間の排出権創出量で見ると、中国が59%と圧倒的に多く、以下、インド(11%)、ブラジル(6%)と続く。中国は排出権ビジネスを外貨獲得手段として捉え、国務院直属の国家発展改革委員会の中にCDM審査理事会を設け、各プロジェクトの事前審査を入念に行っている。また、北京の精華大学にCDM研究発展センターを設置し、CDMの研究や案件発掘を推進している。


 中国では法律によって産み出された排出権はすべて中国側に帰属することになっているので、仮に排出権1トンあたり2000円とすれば、年間3800億円程度が中国に転がり込んでいることになる。中国人は排出権のことを「空気がお金に化ける」とか「空から月餅が降ってくる」と言っているそうだが、排出量削減義務を負わず、外国の資金・ノウハウ・技術を利用して年間3800億円も儲け、温暖化対策や省エネの技術も手に入れている。片や日本は京都議定書の第1約束期間(2008~2012年)に8000億円から1兆円を払って排出権を購入しなくてはならない。


 「排出権に頼らず自国の温室効果ガス削減努力をするべき」という議論は一理ある。自国で削減目標が達成できず、毎年排出権を購入しなくてはならない状態では、自転車操業になるからだ。排出権の価格変動リスクにもさらされ、需要が供給を上回ると、排出権を購入できなくなる事態もあり得る。



「ホットエアー」という頭の痛い問題も



 経済活動の低迷などで温室効果ガス排出量が大幅に減少し、相当の余裕をもって削減目標が達成できることが見込まれる国の余剰分を「ホットエアー」と呼ぶが、これを売買する排出権取引には大いに首をかしげざるを得ない。旧ソ連が1991年に崩壊する前後から、ロシア、ウクライナ、東欧諸国では経済が大幅に停滞し、排出量が大幅に減っていた。一方で京都議定書における彼らの削減目標(1990年比)は、EU加盟予定だった東欧諸国は-8%だが、ロシアとウクライナは±0%である。目標設定自体が不公平で、これらの国々では、まさに「空気がお金に化け」ている。


 第1約束期間の5年間にロシアは実に55億トン、ウクライナは24億トンの「ホットエアー」を獲得する見込みである。すでに日本政府はウクライナやチェコから買い付ける契約をし、オランダやスペインなども購入している。


 本来、国の余剰枠の売却を認めるのは、努力して排出量を削減すれば金になるというインセンティブを働かせるためで、「ホットエアー」はこの趣旨に反する。EUなども頭を痛めており、来るCOP15(国連気候変動枠組み条約締約国会議)の場で、できれば認めない方向で議論を進めたいのが本音だが、ロシアなどが強く抵抗するのは間違いない。


 日本でも民主党政権が排出権取引(キャップ・アンド・トレード)制度を導入するとしているが、「ホットエアー」的なものを生じさせない制度設計が必要である。


 最後に、欧米の金融機関が排出権取引を金儲けのネタにしているかどうかであるが、ほとんどできていないのが実情だ。世界銀行の推計では、EU-ETS(欧州連合排出権取引制度)を含めた世界の排出権市場の規模は2008年時点で1263億ドル(約11兆円)で、それぞれ数千兆円の規模を持つ世界の株式市場や債券市場に比べれば微々たる存在にすぎない。また2013年以降の地球温暖化防止の各組みがどうなるか分からないので、取引も低調である。また、CDM事業から産み出される排出権は、いわばテーク&ホールドの需要家に直接販売され、流通市場にあまり出てこないという事情もある。


 とはいえ規模が精々10兆円~15兆円のWTI先物が牽引車となって世界の資源価格が高騰したこともあるので、油断はできない。最近、JPモルガンが英国の排出権ビジネス専門のブティック型投資銀行エコセキュリティーズの買収を決めたりもしている。要は、制度設計をしっかりやることだ。


  • 黒木 亮 【プロフィール

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