ま、いいか

日々の徒然を思いつくままに。

「誕生日を知らない女の子」

2014-04-11 14:46:37 | 
「誕生日を知らない女の子」  黒川祥子  集英社  2013.11.30

 衝撃、茫然、無知への反省、無力感・・・
 支えている方々への敬意、ちょっとだけ希望・・・

 読んでいる間中、様々な感情、考えが渦巻いた。

 副題は
  虐待――その後の子どもたち

 2013年第11回開高健ノンフィクション賞受賞作。

 厚労省によると、2012年度に全国の児童相談所が対応した児童虐待の相談件数は66807件と
 初めて六万件を突破、過去最多を記録した。調査を開始した1990年度以来、増加の一途をたどっている。
 親元で暮せない要保護児童の数は、2012年10月1日現在で全国に約47000人。

 あいち小児という病院には「子育て支援外来」があり、全国でも数少ない「子どもの心のケア」の
 ための入院施設がある。
 医師曰く「実際には被虐待児の心のケアを目的とした"虐待外来"」

 閉鎖病棟があるのは
 「虐待を受けた子供は、とにかく問題行動をひっきりなしに起こす。そして自身の弱さが外に出て、
  イライラが募ると暴れてしまう。つまりぎゃタイ的な対人関係を繰り返す。でも子ども同士が
  お互いに脅威を与えるようでは、安心がもたらされない。安心がないところでは治療ができない。
  そうした不安定な子どもたちを安心な構造全体で抱っこするイメージなのです。子どもを
  閉じ込めることが目的なのではなく、守るためのものなんです」

 しかも
 「最近、"性虐(性的虐待)"が流行っていて、次から次に、性的問題が起きている」と。

 「"性化行動"っていうのがあるんです」
 「性被害を受けた子どもはスイッチが入ってしまうと、自分も性的な行動をすることがよくみられます。
  性的な発言や自慰行為、性行為にいたることも珍しくありません。それが性化行動です」
 「小学校低学年でも性的な興奮は感じるので、性被害を受けた子は養護施設の中でも性行為をやって
  しまうんです。今、厚労省の統計で性的虐待は3%とかになっているでしょう。これはある程度
  事実関係がわかったものでないと出せないのでそんな数字になっていますが、治療の過程で
  被害の事実が明らかになった例を加えていくと、実際はとんでもなく多いです。この病棟が
  開設されてからの十年間の統計で、診察の内訳を見れば、性的虐待は17&くらいです」

 だから、
 「病棟に閉鎖ユニットがなぜ必要かといえば、入院が必要な子ばかりが集まると、どうしても
  性化行動や暴力の問題がおきるからです。子どもたちに加害もさせたくないし、これ以上
  被害もうけさせたくないから、それに子どもが安全だと感じられる場所でなければ、
  トラウマの治療ができないからです」

 「虐待を受けた子は怒りや恐怖など、さまざまな感情に蓋をしているのですが、保護されて警戒が緩むと、
  蓋が開くんです。そうすると陰湿ないじめをしたり、激し暴力衝動が抑えられなくなったりするんです。
  友達がいなくなるとわかっているのに、暴力の衝動が止まらなくなって、本気で取っ組み合いをして
  しまうとか」
 「生き抜くことしか考えられない環境で生きてきたので、たとえはよくないと想いますが、
  まるで動物の縄張り争いです」
 「子ども虐待の対応が後手に回ってうまくいっていないのは、子ども虐待がもたらす後遺症の見立てが
  甘いところに原因があります。複雑性トラウマというのですが、これは脳に器質的な変化を
  もたらします。画像などではっきりわかります。非常に想い後遺症が出ているわけだから、
  薬物療法と生活療法、それと心理療法を組み合わせて治療していくしかないんです」 「子どもが大人ぐらいの量を飲んでも、平気なんです。被虐待児は、いつ殴られるかという
  警戒警報が24時間鳴りっぱなしの中で生きてきたので、頭の中がずっと過覚醒。すべての
  刺激にものすごく敏感になっていて、ちょっとの量では沈静がかからないんです」

 「代理ミュンヒハウゼン症候群」(MSBP)という症例があるという。
 自分ではなく他の人を"代理"に病気にさせて自分に周囲の関心を引き寄せようとするもの。
 この場合、実母が子どもを"病気"にするケースが多いという。
 
 結果、子どもを殺した母親がいる。
 その内のひとり、尿の細工をしたりして子どもを病気に仕立て上げ、点滴に水をいれたりしたのだ。
 彼女の、裁判時の証言があった。
 「先生(医師)が気になる子、目をかけなければいけない特別な子の母親に見られたかった。
  あたし自身、常にいい母でありたいと思っていましたし、子どもと時を重ねることに自分の価値が
  あると思っていました。熱心に看病する母であると評価してもらえることに、非常な満足感と
  安定感を感じていました」
 「すべてをあたしに委ねている子どもは、あたしの一部。小さな子どもと密接にいられるのは
  とても心地いい。入院することによって常に、先生や看護師さんの目が向けられ、(わが子)を
  特別な患者として気にかけてくださり、私も看病する母として特別な存在となって、
  言葉をかけてもらえることに居心地の良さを感じていました」

 当然、母親も「精神的な病気」を病んでいるとも解される。
 どうしてこうなるのか・・・

 この母は、育児ブログに「早くよくなりますように・・・」と書く一方、点滴ラインに腐った水や
 スポーツドリンクを入れていた。母親の面会後に容体が悪化することが続き、病院は警察に通報していた。

 「なぜ、母親が自分の子どもにこのようなことができるのか?」
 と聞く取材者に医師は唸る。

 「マスコミはすぐに因果律で考えるからな!」
 「こういう親が、現にいるわけです。説明できないマイナスの部分にわれわれは直面していくしかない。
  言葉で説明できないけれども、こういう親がいる。そこからスタートしないと。虐待は何よりも、
  子どもの側から見るべきものです。子どもを含めた逆体全体の中で考えていかないといけない」

 そんな母親が「どこから」生まれたのかは検証されるべきだろうが、加害者の奇怪さばかりに
 こだわることは、虐待の全体像から遠ざかるのではないか。

 「ファミリーホーム」というものを始めて知った。
 2009年から施行された制度で、「小規模住居型児童養育事業」だそうだ。
 養育者の「住居」において、5人から6人の「要保護児童」を育てていく「事業」であり、
 里親の経験など一定の要件を満たした人が養育者となり、補助者と遭わせて3人以上で養育にあたる。
 里親は児童4人までという制限がある一方、ファミリーホームの定員は5人から6人。
 「事業者」になれるのは、養子縁組を目的としない「養育里親」として一定の経験を持つ人や、
 児童養護施設の職員として子どもの養育にあたってきた人たちなど。養護施設などの法人が
 職員に住居を提供するなどして、事業を行う場合もある。
 ファミリーホームの最大の特徴は、あくまでも施設ではなく家庭での養育という点。

 ファミリーホームと里親で大きく違うのは、里親は「個人」という位置づけなのに対し、
 ファミリーホームは「第二種社会福祉事業」に分類されること。里親であれば一定の講習などを受ければ
 誰でもなれるのに対し、ファミリーホームには「立ち上げ要件」があり、里親経験者の場合は、
 養育里親として同時に複数の子の養育を通産2年以上行った者、もしくは養育里親として5年以上登録し、
 かつ通算して5人以上の委託児童の養育経験を有する者、里親経験者でない場合は、児童養護施設などでの
 3年以上の養育経験者、と明確に定められている。経理は行政による監査対象となっており、
 公の養育を担う「事業者」として厳しい責任が義務付けられている。
 2012年3月末現在で、ファミリーホームの数は全国で177か所。そこで671人の子どもが
 暮している。
 
 子どもの養育にまつわる費用が「措置費」であり、国から支給されるのは「事務費」と「事業費」
 「事務費」として支給される金額は、子ども一人当たりつき15万円程度。ここから補助員などの
 人件費や研修費、旅費、消耗品や補修費などの経費を捻出する。「事業費」とは子どもの食費や
 被服費などの一般生活費と教育費で、子ども一人当たり月約48000円が支給される。

 ここで紹介されている横山家の場合「事業的」には

 概算で、子ども6人分としてつきに120万円弱ほどが支給になる。子ども6人の食費、洋服代、
 学習塾代やスイミング、ピアノなどの習い事代で毎月40万円ほど、補助者や補助員たちの人件費で
 約50万円。他に送迎用の車の保険代、車のローン代、駐車場などで結局、大部分が消えていく。
 だから事業としては、決して儲からない。
 収入のことだけを考えるならば、外に働きに出た方が収入は上。でもファミリーホームになって、
 子どもたちにお金をかけてあげられるようになったから、それは良かったと思ってる。

 里親たちを苦しめているもの――それこそが「虐待の後遺症」という。
 厚労省によると、里親に委託された子どものうち、約三割は虐待された過去を持つ。当然、この子たちは
 「虐待の後遺症」を背負って、里親宅にやってくる。
 
 著者同様、私にも、「虐待の後遺症」という認識はなかった。

 専門家による治療が行われている病棟においてさえ「問題行動は多発する」。ならば、
 里親は「問題行動」に振り回される毎日だろう。
 なぜ、あたたかく迎えた人を苦しめるのだろうか。

 「虐待を受けた子どもたちが押さえ込んでいた怒りは、保護されて安心や安全を感じるようになることで
  次第に表に出てきます。本来、その怒りは虐待をした親に向けられるべきなのでしょうが、
  子どもにとってそれは危険極まりないことです。親を攻撃すれば、もっと激しく親を怒らせてしまい、
  仕返しをされるのがわかっているので、怖くてできない。そして、そのやり場のない怒りは、
  優しく保護してくれる人たちに向かってしまうのです」

 「信じられないような敏捷な動きをするかと思えば、ボーっとして呼んでも返事をしない。
  何かで注意されると、そこで感情を切ってしまって、フリーズすると何時間でも無表情のまま
  立ち尽くす。記憶をそうやって飛ばすので、注意されたことが積みあがらない。だから
  何度でも同じことをやる。これ『解離』なの」

 「解離」とは、脳が器質的な傷を受けていないのに、心身の統一が崩れて記憶や体験がバラバラに
 なる現象の総称。

 「忘れちゃうんですよ。(被虐待児は)瞬間、瞬間を生きているから。虐待の結果、記憶を切って、
  切って、生きている」

 虐待というつらい記憶を消すために、スイッチを切って生き延びる。

 「ただ切れて、暴れている状態の中にも解離症状は見られますね」
 「落ち着いてからそのこと(切れたこと)を聞くと、子どもはその間のことを『知らない』
  『覚えてない』と言います。子どもによってはキレイに人格が分かれている場合と、そこだけ
  記憶が抜け落ちている場合といろいろ。人格が分かれている場合を『解離性同一性生涯』と
  呼んでいます。昔で言う、多重人格。ほかにも解離症状としては『自分が自分でないような』
  存在する実感の乏しさや、自分がどこかに行ってしまって、何で自分はここにいるんだろうと
  なるもの(遁走)などがあります」

 解離性同一性障害の発生には2種類の説があるという。

 赤ちゃんのように泣いていたと思ったら笑っていたり、笑っていたと思ったら泣いていたり、
 これが成長と共にまとまって人格が形成されていくのだが、
 その大事な時期、特に幼児期に、性的虐待などのような激しい被害に遭うと、人格がばらばらに
 形成されてしまう。普段、外に出ている主人格のほかに、トラウマの記憶とつらい記憶を背負った人格、
 その反対に復讐や自傷に向かう攻撃的な人格です。トラウマに耐え切れない場合は、途中から
 主人格が入れ替わることもある。

 もう一つの説は

 つらい体験をするごとに、それを一つ一つの人格に閉じ込めて切り離していくというもの。
 たとえると、傷んだ玉ねぎの皮をめくっていくような感じ。でも治療をしていくと、一枚一枚戻って
 くるんです。そして、そのこの人間性にも厚みが出てくるんです」

 一つ一つの人格に閉じ込める――それは防御のためだ。現実があまりに耐えがたいものであったなら…。
 あえて現実との間に壁を作り、閉じ込めることでしか生きていけないほど、過酷な現実があるという事実。

 「悲しいとか、つらいとか、そういう感情を感じるかどうか。そのような感情の乏しさも、被虐待児の特徴」
 感じるも感じないも、そのような想いは選択するものではなく、おのずとやってくるもの。
 だから「感じる」としか言いようがない。

 ところが、被虐待児は
 「悲しい思いをしたときに『悲しい』と感じると、悲しみにかんれんした外傷記憶(トラウマ)が
  フラッシュバックしてくる。怖いと思うと、怖い過去がどっと出てくる。性的な興奮を感じてしまったら、
  同じように過去の性的なトラウマが出てくる。それはつらいことだし、また、恐怖だとかの感情を
  顔に出したら、余計に虐待者を怒らせてしまうので、それらの感情も含めて前文意蓋をするんです。
  残るのは薄っぺら委”にこにこ笑っている”だけの人格です。そうやって、自分を守っているんです」

 被虐待児のほとんどが「愛着障害」を抱えている。
 「愛着」とは、赤ちゃんと母親など養育者との間に作られる情緒的な関係。
 心理学的には、幼児期までの間に子どもと養育する側との間に作られる、母子関係を中心とした
 情緒的な結びつきを指す。
 この「愛着の関係」というものこそ、人間としての基盤になるものだと言われている。 
 赤ちゃんが獲得した「愛着関係」こそ、対人関係の基本となり、自分をコントロールするもととなる。
 人を信じ、自分を信じ、世界を信じ、成長していくすべての基盤となるのが「愛着」

 人間が持つさまざまな感情は、愛着の関係抜きには成立しないという。
 その意味で、愛着の形勢は乳幼児期の最も大切な育ちの課題。
 だが、虐待を受けて育った子どもたちは往々にして、安心な環境の下で作られる母親との情緒的な
 交流が欠落してしまう。
 被虐待児の問題の多くは、愛着が形成されてないことに由来するという。

 「生まれたばかりの赤ちゃんには、『心地よくなりたい』という肉体的な欲求と、『甘えたい』という
  情緒的な欲求があります。この欲求が継続的に無視されると、他人の気持ちをくみ取る脳の部分が
  成長せず、愛着障害の症状が出てくるといわれてます」

 愛着が育っていない子は、往々にしてスキンシップをすることができない。その子にとって
 「触られる」ということは、即、攻撃になってしまう。触られたことが、たたかれたことを
 フラッシュバックさせてしまうのだ。

 ほとんどの施設では、施設で暮している限り、生活空間に湯気が立ち上がることはなく、
 ごはんが炊ける匂いや肉が焼ける香ばしい香りが部屋に充満することもない。
 食事も、生活時間もベルトコンベアのようなものという。
 だから、自己決定の喜びも、自己決定による責任も知らないため、
 逆にうまくいかないと、よそに責任転嫁してしまい、怒りを向けてしまう。
 
 確かに手が足りないのだろうが、施設によっては、
 髪を洗ったり、お尻を拭いたり、歯を磨いたり、箸をつかったり――そんな瑣末な、
 でも絶対必要なことがらが教えられてない子どもが多いらしいというのにも愕然とした。

 「施設では不特定多数への声かけだから、自分だけに言われるってことはないの。
 しかもたくみのいたところは声かけどころか、ブザーだったんだって。」
 2歳から10歳まで施設にいた拓海くんは一度も、自分に向かって声をかけられたことすらなかったのだ。
 遊ぶにしても、将来のことにしても、みごとに何もない。何一つ、イメージできるものを持ってなかった。
 事態への対応力もない。解決法がないから、できないことはすべてがゼロになってしまう。
 「愛着」という基盤があったら、困難に際し自分をなだめることができるのに。
 単なる経験不足が、知的障害と判断される。

 「『美味しいね』って私たちが食べるところを見せないと、子どもは大人が”食べる”ということが
  わからないのです」

 という言葉にも愕然とした。
 ここまで気を配らないと、赤ちゃんたちは「食べる」という当たり前の営みすら目にし、
 学ぶ機会がないのだ。

 希望へと向かう「分かれ道」はどこにあるのか。
 里親の女性が明快に答えた。
 「根っこが張れる場所が、あるかどうか」

 生きていてくれたのだから、生きていてよかったと思える意味を、一人ひとりに持ってほしい、
 そう思えるようにしていくのが、私たち大人の責任だ。
 
 どんな親でも、子どもにとっては唯一無二で、親子が同意する限り、
 そちらが最優先という哀しい例も挙げられていた。
 
 保護された子どもたちを取り囲む現実は、厳しい。
 できるなら、里親になりたいくらいだが、環境的にも余裕的にも難しい。
 
 私に何が出来るだろう。
 大震災の後に感じたような、もどかしさに襲われている。

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