ま、いいか

日々の徒然を思いつくままに。

「召抱」「墨痕」「天下」「決戦」

2014-05-07 13:44:39 | 
「奥右筆」シリーズの残り4冊が安くなってないかと、足しげくブックオフに通ったが、
なかなか100円にならない(笑)
以前は3ヶ月売れないと100円にすると、聞いてたんだけどなぁ。

3日からの連休中、全品20%引きというので、思い切ることにした。
一番冊数が揃っている店に行き、できるだけキレイそうな本を購入。

いずれも講談社文庫の書き下ろし。
上田秀人の経歴を改めて読んだら、1959年生れ。脂が乗り切った年齢だ。
大阪の歯医者さんなのね。


「召抱」 2011.12.15

 第九巻。

 復権を狙う松平定信は、奥右筆潰しを画策。しがない武家の次男柊衛悟にありえない新規召し抱えの話が。
 併右衛門の一人娘瑞紀との婚約も消滅してしまうのか。筆を武器とする奥右筆の虚を衝かれた
 併右衛門に、幕府転覆を企てる闇の僧兵らも襲い掛かる。

 いつもながら、衛悟の剣の師・大久保典膳の言葉がいい。

 p235

 「油断はしてもいいのだ。ときと場所さえまちがわなければ、油断は心の疲れを取ってくれる」
 「一日中気を張っていては、心がもたぬ。疲れるだけだ。壊れてしまえば、人はなにがたいせつなのかわからなくなる」
 「ただ、油断してはならぬときは、気を張れ。それが衛悟、そなたにはできなかった」

 「まちがえるな。生きていれば失敗ではない。そして、同じ失策を二度としなければ問題はない。
 なにより、これを糧にできれば、油断は功績となる」
 
 家斉がなかなかに魅力的に描かれている。

 贅沢を禁じ、禄高にふさわしい生活を遅らせ、武芸を奨励して今一度旗本たちを引き締めようと言う
 松平定信に、家斉がいう。

 「そなた衣服をすべて脱ぎ捨て、素っ裸で、米と塩だけで生きていけるか」
 「そなたがしようとしていることは、突き詰めればそこまでいかなければならぬのだぞ」
 「倹約を命じるならば、ひとしくさせねばならぬ。人は他人をうらやむものなのだ。人より
 よい生活がしたいと思えばこそ、夜なべしてでも働く。命がけで手柄を立てようと戦場を駆ける。
 少しでも家族に、吾が子によい日々をと考えて努力する意味を、そなたは奪うと言っておるのだ」
 「身にならぬと知っていながら、誰が苦しい開墾に従事する。禄高が増えても同じ生活しかできぬので
 あれば、命を賭ける意味などあるまい。人は、今よりもよい明日を願えばこそ、必死に生きる。
 それを為政者が認めず、枠をかけてどうするのだ。たしかに強力な倹約をさせれば、幕府に金は溜まろう。
 だが、向上する意思を失った者ばかりとなった国に力はあるのか」
 「たしかに分に過ぎた贅沢はよくない。今の世が乱れているのは、躬も認める。だが、それを
 強権で抑えるのは正しいのか。幕府という屋台骨は百年以上かかって、腐ってきた。根太の腐った家を
 そのまま遣い続けるより、新しいものを建てるべきではないのか。過去の失策を糧とした
 今の世にそった政をするべきであろう」
 「躬はなさけなき主君である。己の意見も通せぬ飾りの将軍じゃ。だが、たった一人にすべてを
 任せるほど眼は曇っておらぬ。顔が皆違うように、政は多様でなければならぬ。しめつけるだけの
 策を政とは言わぬ」


「墨痕」  2012.6.15

 第十巻

 鷹狩りを僧兵が襲う。将軍を護った柊衛悟は、念願の立花家婿入りが決定的に。両家は加増に浴すも、
 併右衛門は奥右筆でいられるか。復権に執念を燃やす定信は幕府転覆を狙う京からの刺客と手を結ぶ。
 異例ずくめの大奥での法要が実現。読経する闇の創たちが週軍の前で牙を剥く。

 p218~  典膳の言葉

 「剣術というのはな、人と人とのつきあいでもあるのだ」
 「殺し合うのも人と人とのかかわりであろう」
 「剣術遣いは、強さでしか相手を測れぬ。では、一瞬で相手の力を見抜けるか」
 「無理でございまする」「では、なにを基準とする」
 「見た目でございましょうか。体躯、雰囲気など」
 「そうだ。それしかない。そして、その初対面の印象がはずれていたら……待っているのは死だ」

 「人の顔色を窺う。あまりよい意味では使われぬ言葉だ。だが、剣術遣いにとって、なにより
 たいせつなものだ。また、これほど修練しやすいものはない。会う人の顔をみていればいいのだからな」

 「(人の顔色をよめるようになることは)よいことばかりではない。人の裏を知ることになるからな。
 笑顔で近づいた者が、その背に短刀を隠している。世間はほとんどそうだ」
 「それが世のなかというもので、人の本章なのだ。人は本性を隠すことで、他人とすりあわせをして
 生きている。しかし、どうしても心というのは、表に出る。目や表情に。汗をかくのもそうだ。
 気づかない者は幸せだ。表だけ見ていればいいからん。しかし、真実を求めれば、闇を覗かねばならぬ。
 わかっておろう、剣術遣いの求めるものは、真理だ。どうしても人の心の深淵を見なければならぬ」

 「真剣勝負に卑怯もなにもない。戦いの後立っていた者が勝者であり、正しいのだ。死人はなにも
 言うことはできない」
 「人には護らねばならぬものがある。まず己の命。(略)そのあとは人によって違う」
 「生きていればこそ、守れるのだぞ」


「天下」 2012.12.14

 第11巻。

 将軍家斉が襲撃されたばかりの大奥に不審な二人のお末が入った。併右衛門は衛悟と瑞紀に素性を探らせる。
 大奥の主は初の外様出身の御台所茂姫。実家の藩主島津重豪(しげひで)は親藩入り、ひいては
 外祖父となることを画策する。

 またも権力争いの闘争現場に巻き込まれた衛悟に併右衛門が言う。

 「陰の争いには、かかわらぬ。どちらが正しいかどうかなど、儂にはかかわりないのだ。
 役人は、己の範疇に手出しをされぬ限り、口を挟まぬ。こうすることで、吾が身と家族を守る」
 「正義はどこに」
 「あるか、そのようなもの」

 「正義とはいくつもあるものだと」
 「そうじゃ。立場と考え方で変わる。極端な場合、親子兄弟、夫婦でさえ違うのだ。そして違うゆえに、
 人は争う。正義がただ一つしかなければ、闘いは起こらぬ。みな、それにしたがうのだからな」
 「だから儂はかかわらぬ。他人の正義に興味はない」


「決戦」 2013.6.14

 完結の12巻。

 かなわぬ。隙がない――宿敵・冥府防人との生死を賭けた闘い。あらゆる忍びを退けてきた最強の相手を
 倒さねば、衛悟は婚礼を前にした瑞紀のもとに代えることはできない。

 典膳は精根尽きるまで衛悟を攻めて、本能のみで危機回避する状態に追い込み
 なかに潜む獣を起こす。

 「人の獣性は、ひとたび目覚めれば、二度と眠りについてはくれぬ」
 「人には違いない。だが、無性に生への執着が強くなる。他者を傷つけ、殺したとしてもだ。
 もちろん、人である。人と獣の違いは、理と知、その二つを使って普段は押さえておける」
 「それが戦いの場では・・・」
 「負ける、このままでは命が危ない。そう感じたとき、理と知が消え去り、ただ生き残るために動く」
 「理と知を失う。いや、性格には吹き飛ぶのだ。ただ、死にたくない、生きたいと考えるだけで
 脳裏が一杯になり、周囲すべてを薙ぎ払う」
 「周囲にいる者の安否など気にかけぬ。それが味方であってもだ」

 「儂は剣術の修行で一枚上を目指すために、わざと獣を起こした。だが、起こすだけでは、剣術の腕は
 あがらぬ。なにせ、技も理も消し飛ぶからな。獣の完成を持ちながら、人としての意識を保つ。
  これができたればこそ、儂はこの歳まで剣術遣いとして生きてこれら、弟子を殺さずにすんでいる」
 「抑えるまではたいへんである。そして、抑えたつもりでも、いつ獣が暴れださぬともかぎらぬ。
 なにより、己が望めばそれまでなのだ。獣の手綱を握るのは、己なのだからな。ただし、うまく
 己の獣を飼い慣らせば、そなたとあの男の勝負、五分とはいわぬが三部七部まではもちこめよう」

 上記の会話の途中に、興味深い会話がある。

 「考えたことはないか。なぜ、己は生れてきたか」
 「儂は、次代へ今を受け継ぐために人はあると思っておる」
 「なるほど。先人の知恵を後代に伝える」
 「ああ、そのために人は生れる。つまり人は過去の積みあげであり、今の器だと儂は考えている。
 そしてな、子供こそ、器の継承者だと儂は思う」

 またも冥府防人にあしらわれた衛悟に併右衛門が言う。

 「人はどれだけ修行をしたところで、緊張をずっと持続できぬ。緊張の後には弛緩がくる。その弛緩が
 予想していないときに起こっては致命傷となりかねぬ」
 「緊張の糸が切れる前に、己の意思で弱めておけと」
 「そうだ。切れた糸を繋ぐには、どうしても多少の手間がいる。己で緩めたとあれば、いつでも張り直せよう」

 作中人物が次々と自分の心情を吐露していく場面が多かった。
 家斉の真意を知ることで、定信が、家斉の父・治済が、権への妄念を捨てる。

 子沢山で知られる家斉の言葉がたいしたもんだ。

 「この腐った幕府という大樹を延命させたと後世の評判を得たい。そのために、女を抱き、子供を作っている。
 生れた子は一人を除いて、すべて他家へ押し付ける。養子として正室としてな。五十人も子供を
 作れば、三百諸侯のどれだけを一門にできるか。将軍の子がいくにふさわしい家柄だけに限定すれば、
 ほぼすべてを網羅できよう」
 「血での天下統一じゃ」


シリーズ物は終るまで気にかかる。
鬼平や剣客商売は、完結しないまま池波さんが亡くなってしまった。
数十年の間があいた「ガラスの仮面」が再開して、胸を撫で下ろしたファンが大勢いる。

一気に読み終えて大満足だ。
予定通り、図書館に差し上げよう。
コメント
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