熟年ドラキチ  さぁ人生はこれからだぁ^^ 

ドラキチ歴50年、 熟年・「オレ竜」の今日の”脳ミソの中身”

吉見、朝倉、中田が契約更改、来年はこの3人がしっかりしないと!

2008-12-04 | ドラゴンズ
吉見一気に3倍増 次代エースの自覚-中日スポーツ  
(記事引用)
中日の吉見一起投手(24)は3日、名古屋市中区の球団事務所で契約更改交渉に臨み、2600万円増の年俸3800万円でサイン。先発と中継ぎにフル稼働して2ケタ勝利を挙げた活躍を評価された一方で、球団側からは今季未勝利に終わった巨人、阪神の両カードで勝利を重ねることをリクエストされた。ライバル両球団に強い川上憲伸投手が来季「竜投」から抜けることもある情勢。吉見にはケンシンのような大黒柱に育ってもらいたいのだ。

 開幕前は1軍の当落線上で、もがいていた右腕が大躍進した。その成績を高評価され、吉見が2600万円の大幅アップを勝ち取った。

 「思ったより上げて頂きました。満足です。来季は1年間しっかり1軍で投げたい」

 笑顔の中に、竜投手陣を支えていく自覚がのぞいた。入団から2年間で1勝止まりだったが、3年目の今季は先発、中継ぎとフル回転し、10勝3敗と大きく勝ち越した。

 チームに貢献できたという自信を胸に、1時間15分にわたる契約更改交渉で思いをぶつけた。先発とセットアッパーの“一人二役”を果たしたことや、クライマックスシリーズ進出を争う天王山の広島戦(9月21日・広島)で好投した点をプラス材料として主張。これに対して、球団側は「若手投手の中では一番の貢献度」(井手取締役編成担当)と最大級の評価を示し、当初の提示額より若干ながら上積みして働きに報いた。            ( 中 略 )

中日で長年不動のエースを務めてきた川上は、巨人、阪神戦で特に力を発揮してきた。数字以上に、それが絶大な信頼感を生み出していた。川上はフリーエージェント(FA)宣言して、チーム残留が微妙だけに、吉見への期待がさらに高まるのは当然だ。               ( 中 略 )

年俸が大幅に上がっても慢心はない。郷里の大阪には年末ギリギリまで帰省せずに、名古屋で自主トレを続ける。年明け早々には古巣のトヨタ自動車のグラウンドで汗を流す予定。


「何もしていない」 朝倉、潔く一発サイン-中日スポーツ  
(記事引用)
中日の朝倉健太投手(27)と中田賢一投手(26)が3日、名古屋市中区の球団事務所で契約更改交渉に臨み、朝倉は2500万円減の年俸9000万円で一発サインし、中田は1500万円減の年俸7000万円に態度を保留した。先発ローテーションの柱として期待されながら不本意な成績に終わった両右腕に対し球団側は容赦なかった。

 覚悟はできていた。どんな金額を提示されたって構わない。朝倉は早くから心を決め、球団事務所に足を踏み入れた。

 「最初から何も言うつもりはありませんでした。何もしてないのに保留なんてかっこ悪い。男らしくないから、1発で押そうと思ってました」


【熟年ドラキチ】
入団して2年間で1勝の吉見が、3年目の今年は10勝とブレーク。
本当の勝負は来年であろう。 来年がいわゆる「2年目のジンクス」の年にあたる。
1年だけ10勝して、その後あまりパッとしないピッチャーはよくいる。

朝倉も10勝以上勝った年もあったのだが、その後2-3年は低空飛行で
連続して活躍できるようになったのは去年の事だった。
そしてもう大丈夫だろうと思われた今年は、血行障害という故障でリタイアした事も
あったが、未だに本当のチームの中心ピッチャーになり切っていない。

その意味では中日に入団以降、着実に勝ち星を安定的に重ね続けてきた中田の
今年の不調ぶりは、ちょっと予想外であった。 勝ち星は安定的に重ね続けていたのだが、ピッチングそのものは「暴れ馬」と落合監督に評されていた位だから
そんなに安定的では決して無かったが。(笑)

川上憲伸がFA宣言して、ほぼ中日から居なくなる事が確定的な来季、
この上の3人が揃って活躍しないと、まずドラゴンズの優勝は難しいような気がする。
吉見24歳、朝倉27歳、中田26歳と年齢的にも彼らが揃って1本立ちすると、
今年見事にブレークした台湾出身のチェンを加えて、今後また「投手王国の中日」
を確立でき、4-5年は大きな心配も要らなくなるのだが。

逆に、今の状態では川上憲伸ほど計算できる投手は一人もいないと言う事でもある。 だからと言って悲観するには及ばない。
今年のペナントレースで全く活躍の予想もしていなかった(その選手にはちょっと
失礼にあたるが 苦笑)、清水昭や斉藤信介というピッチャーも今年は出てきた。
そして、西武に和田ベンちゃんの人的保障で岡本投手が抜けたら、浅尾や高橋聡
が自覚も出てきたのか、今年は一回り逞しくなった。

野球は何と言っても、先発投手が試合の鍵を握る。
その意味でも、上の吉見、朝倉、中田の3人は是非とも、どんな事があろうとも、
言い訳無用で(笑)、来年は3人とも中心ピッチャーだとの自覚をもって、
大いに活躍してもらいたい。

でないと、来年の私のブログも必然的に書く内容が苦しいものになってしまう。(笑)
頼みますよ~~~~!



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中国の首都は北京から西安へ? そんな噂が。

2008-12-04 | 水について

これは中国人から聞いた訳ではないが、 現在の中国の首都は北京。
将来的には北京から西安への遷都が水面下で計画されているとか。
未だに公式に流れているニュースではないから、あくまでも噂の範囲だが。

今回の私の中国出張の時に、上海の中国人の社長に会食時にこの遷都の件を
聞いてみたが、全然そんな事は聞いていないという事だった。

私が或る人から聞いたこの噂は、今年の日本で行われた「洞爺湖サミット」で
アメリカのブッシュ大統領が日本の福田首相に耳元で囁いた内容が、
「 もうすぐ中国の首都も北京から西安に変わる事だし・・・・・・」 という事
だったらしい。

中国で水面下で進められている事を、国際情報収集能力に長けたアメリカの
ブッシュ大統領を知っていたという事になると、
私としては、「これはありうる話かもと」思いたくも成る。

何故、首都を北京から西安に移す必要があるのか?
それの一番の原因は 「水」の問題であるらしい。 即ち「水不足」である。
北京オリンピックが開催された時も「水」不足が問題になった。
「南水北調」という一大プロジェクトで、中国・華南地方の水を大運河を作って
それで水を北部へ運んでいる国であるから、もともと北京がある北部は降水量も
南部に比べて少ない。 確か以前に北京の年間降水量を調べた時、
日本に比べて半分くらいだったような記憶が。

これから更に人口も増え、人々の生活レベルも上がってくると、ますます水の
使用量は増えていく。  水の問題で遷都もというのは、日本人にはなかなか
理解は出来にくいかもしれない。
なにせ、 「今までのことは水に流す」と言うくらいに、水は潤沢にある日本人からは
理解できなくても当り前。
これが中東のアラブの国だったら、「今までの事は油に流す」と言うのかな?(笑)
中東諸国も水は貴重で、油だったらそれこそ「湯水のごとく」あるのだから。

この「水」について大紀元時報に、私の興味ある記事が。
世界の水戦略、日本はシンガポールに学べ - 大紀元時報 
(記事引用)
【大紀元日本11月29日】非営利特定法人「日本水フォーラム」は27日午前、都内永田町の都市センターホテルで国際フォーラムを開き、国内の有識者として元国連テクニカルアドバイザーで国際水ジャーナリストの吉村和就氏(グローバルウォータージャパン代表)を招き、過去から現在そして未来に渡るシンガポールと世界の水戦略をテーマに講演と活発な討論が行われた。

 吉村氏は、先日韓国環境省の招きで渡韓し講演を行った際に聴衆400人余が詰め掛け、韓国が官民連携で国策として水ビジネスに本腰を入れ始めていることを指摘、あわせて韓国サムスンの携帯電話が米国でシェア第一に輝いている陰で、その部品の95%は日本製であり、日本は良い部品を作っているにもかかわらず、それがビジネスとして成立していないことが日本経済低迷の原因だと分析した。
        ( 中  略 )
過去50年間で、世界の人口は2倍になり、水の需要はそれにも増して4倍になり、今後は2025年に人口は80億人に、さらに水の需要は1.5倍になると予測、その時点で最も負荷のかかるのがアジア地域で、人口の爆発と経済発展、さらには生活の衛生化(風呂や朝シャン)などで水が不足するだけでなく、さらには世界的傾向として、水質の汚濁、地下水の減少、温暖化によるゲリラ雷雨などで危機的な状況が訪れるという。

 こうした世界的な水不足の傾向を受け、世界の水ビジネスは年6%の成長をしており、ベストシナリオで12%、海水の淡水化ビジネスは年14%、水のリサイクルは米国内で8.8%と好調だ。世界各国は、将来的に水のリサイクルを視野に入れており、現在20%のリサイクル率を30%にしたい意向だ。例として、オーストラリアは2015年までにリサイクル率を30%に、中国は北京などの北方の都市で20-25%、福建省など南方の都市で15%にまで高めたい方向だ。

 現在、世界の水メジャーは、フランスのヴェオリア社、スエズ社、英国のテムズ社が有名で、それぞれ「水商売」で1兆円以上規模の事業を行っている。新興のシンガポールは、ケペル社とハイ=プラックス社が台頭しており、これは「日本に学べ」と叫び続け、政権を31年間担当したリー・クウァン・ユー元首相の経済政策の結果だ。同国は、積極的な外資の導入と外国人技術者の招聘で、現在は国際競争力が世界第1位となっており、アジア地域で第6位、世界では第22位にまで競争力が落ち込んだ日本は、既にシンガポールについて学ぶ側になっている。


【熟年ドラキチ】
20世紀は「石油の時代」としたら、21世紀は「水の時代」と言う人もいる。
水の確保のために、国同士が争いを起こす事もありうると。
人口が増えると、それに伴い水の消費量は倍々ゲームのように増えていく。
経済成長と共に、上の記事にあるように、一人当たりの水の消費量も増えてくる。

日本は年間降水量も多い上に、更に水を輸入している。
それは外国産のミネラルウォーターを意味しているだけではなく、
それよりもっと大量に、農作物を通じて「水」を結果的に輸入している事にも
なる。 例えば、小麦、トウモロコシ、大豆、フルーツ、野菜、肉etc、全ての食料品
には「水」が含まれている。
食品とともに世界の水も一緒に輸入している事になる。

私自身、水に個人的に興味を持ち出したのは、ここ3-4年前から。
海外の水事情に触れるにつけ、日本では感じづらいような危機感を
水に対して将来的に感じたからである。

今は海外10数カ国に独自に根を張ったお客さんを作って、小さい業界ながら
国際的に仕事をしている私だが、海外に行くたびに、将来はこれらの海外の国々
の人達の「水事情の改善」に関われる仕事ができたらなぁ~と、
よく思うものである。 私が知る限りでは、水関連の技術では日本は完全な先進国。
というより完全に先頭を走っているような気がする。
大きな水プラント施設のようなものは大規模すぎて私には関係ないが、そんなものは
大企業に任せておけばいいのだが。
今、私はある業界に向けて売っている機械のように、小型で、しかも数年おきには
修理メンテナンスが必要というものであれば、充分に海外の水事情改善に私も
貢献できるのではと考える事がある。

と、海外行くとこの様な思いについ駆られてしまう。
今回も中国の各地のホテルでの水は、当然直接飲めるところは何処もなし。
日本に帰ってきて、水道の蛇口をひねり、当り前のごとくその水を飲める国は
やはり素晴らしい国であると共に、そんな飲用の水をトイレを流すのにも
使っている事は何か「モッタイナイ」気もするくらいだ。

中国の首都北京の遷都の噂話から変な話になってしまった~~~。(苦笑)

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上海観光 - 市民生活編

2008-12-04 | 海外にて・精力増強編
夕方の飛行機で日本に上海から帰るので、昼の2時まで空いた時間が出来た。
ホテルの近くの上海の一般市民が住む住宅街を歩いてみた。
日本で言えば公団の団地みたいに何棟も住宅が立ち並び、周りは高い塀で
囲われている。  だからここの住宅地に出たり入ったりするのは数箇所の
鉄格子の門からだけである。



   

門を入ると道には歩いている人や、道の端で中国式将棋?に興じている人達。
この住宅街の中には、小さな商店やスーパーマーケットもあり、
小さな子供達はこの「塀の中の住宅街の中で、いつも遊んでいる事が出来る
感じかな~。 洗濯物も大胆にそこらじゅうに全然恥ずかしがる事も無く(笑)、
下着のパンティもあちらこちらに。
見るからに「下着泥棒」の心配も無さそうなものばかりだから、いいのかな~~。(笑)




 

  

掲示板には中国の新聞も掲示してあり、熱心に読む人も。
中国式将棋?に興じている人達の側に、老人が日向ぼっこをして話しているのも
非常に印象的な光景であった。
この老人さんたちにとっては、ここ20年くらいでの上海の大発展振りを、どう感じて
いるのだろうね~~。 20年前は間違いなく、人民服を着ていたのだと思うのだが。

中国では麻雀も牌は大きいのだが、この将棋らしきものも写真でも解るように、
大福饅頭くらいの大きさ。こんな大きなものだと、将棋をしなくて収納しておく時に
さぞ場所を取ってしまうだろうなぁ~と、つい日本人の私は思ってしまった。
広い大陸的性格な中国人、狭い島国日本人の感性の違いがこんな所にも
現れているような気がする。




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中国・上海 観光編 - 上海外灘(ワイタン)

2008-12-04 | 海外にて・精力増強編

ここ上海外灘は2年前にも夜に来た事があるが、今回は昼間である。
観光案内の写真などでは、やはり夜のライトアップされた風景が一般的であるが
訪問する私としては夜より昼の方がまだ元気なので、気分的には昼の今回の方が
楽しめた。(苦笑)
2年前に来た夜の上海外灘

 今回は昼間の訪問、上海外灘 



上海外灘

上海外灘1842年の南京条約により開港を余儀なくされた上海は、欧米列強が進出した際、外国人が自由に貿易ができる区域を設定。かつてはバンドと呼ばれた外灘(ワイタン)の歴史が始まる。現在の外灘は黄浦江沿岸、北端の黄浦公園から十六舗フェリーターミナル付近までの中山東路沿いを指す。このあたりには1920年代に列強が競って建てた美しい建築物が残っている。和平飯店北楼、南楼、上海海関、東風飯店などが代表格で、アール・デコ調のデザインが目を引く。黄浦江沿いの遊歩道をのんびり散策したい。夜には対岸の東方明珠タワーがライトアップされる。 (AraChina より引用)
 

 

       上海外灘の対岸風景 

 黄浦江を航行する外国航路船

いまでも保存・使用されているこの外灘地区の古い建物。
西欧列強がこぞってここ上海に進出してきた1920年代は、東洋における
西欧風都市として際立った所だったんだろうなぁ~。 今は今で驚異的な発展で
また際立っているけど。(苦笑)

香港もそうだけれども、都市の真中に河(江)や海があって、そこを大きな外国船舶
が行く風景は、なかなかいいものだ。
周りの景色は上海・香港とはちょっと違うが、私が九州に居た時に関門海峡を
航行する外国船舶を眺めるのは非常に好きだった。


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