冬こそ仕事。冬こそスタートの季節です。
また脈絡のないことを言い始めたと思われるでしょうが、至って大まじめな話です。
一年の総まとめの時期は終わりの時期でもあり、日本の四季の中では冬はイメージ的に停止期にあたります。1月は一年の始まりでもあるので停止のイメージは私の中では12月限定なんです。日中は喧噪とイラチな私ですらかき立てられる焦燥感とでやたら空騒ぎ。体を休める時間までは続きます。でもその時間を過ぎると夏の夜のように朝まで賑やかな感じはなく、空気の冷たさと静寂とがあいまって人間の活動が停止しているような時間帯がやってきます。でも夏の朝は静かに始まりますが冬は明けるのが遅いのでいきなり忙しく次の朝が始まるという感じです。
昨日、悲しい出来事がありました。学生時代の同級生の突然の死。
自分の中で整理はなかなかできそうにありませんが、同じように悩み死を悼み愚かな行いに走ってしまったご主人の方の同級生の方からmixiの方ではメッセージをいただいたりもしました。
人間、程度や種類は異なりますが皆、一様に悩み、少しでも良い未来がやってくるために頑張っています。今回の悲しい出来事を忘れずに自身も他者もともに進んでいける道を探し続ける旅は、一つが終わりを迎えても終わることがないのです。新しいどこかへ行く旅立ちをするのです。
自身の力で終わることのない旅を一年の終わりに始めようとするGARNET CROWの作品「たとえば12月の夜に」を聞きながらまた始まる毎日のことを考えてみましょう。
読みかけのNEWS放りだして
賛美歌流れ出す街に出たんだ
君のいない隙間うめるような
何かさがしてたかもしれない
やっぱそうだ どんな騒がしくても
なんとなく誰かと過ごすのは やりきれない
懐かしいものばかり輝いてみえる時は
新しい何処かへゆく はじまりと
君はまだあの頃のまま 無防備に歩いてますか
たとえば12月の夜に
絡まってはもつれてゆく人の
思いとかすのも人だけれど
12月は取り繕った感じがちょっと否めなく
なんだか好きになれない
アベ・マリアその意味を知らないで歌いながら
過ごしたあの日々ならもう遠い
それでも振り返っては行く先さがそうとする
たとえば12月の夜に
なくしたモノばかりが輝いてみえるのなら
新しい何処かへゆく時がきた
なぜかなその強さが 少し悲しく見えたんだ
たとえば12月の夜に
春や秋の気持ちの良い季節より夏や冬の方にAZUKI七さんは特に思い入れが強いように感じるのですが。夏は夏という季節を純粋に楽しみ他の季節のことに思いめぐらせながら、歩みをとめようとする冬の時期を好んで仕事をしているような気がするのは管理人だけでしょうか。
終わりに始めるということは終わりがない事をも表現していて、それが日常として連なっているのでしょうか。いつだって新しい気持ちで何かを求めていたい。人間の自然な姿だと思います。色んなことを乗り越えて続く毎日のためにより自分らしくありたい、そうとても強く感じました。
また脈絡のないことを言い始めたと思われるでしょうが、至って大まじめな話です。
一年の総まとめの時期は終わりの時期でもあり、日本の四季の中では冬はイメージ的に停止期にあたります。1月は一年の始まりでもあるので停止のイメージは私の中では12月限定なんです。日中は喧噪とイラチな私ですらかき立てられる焦燥感とでやたら空騒ぎ。体を休める時間までは続きます。でもその時間を過ぎると夏の夜のように朝まで賑やかな感じはなく、空気の冷たさと静寂とがあいまって人間の活動が停止しているような時間帯がやってきます。でも夏の朝は静かに始まりますが冬は明けるのが遅いのでいきなり忙しく次の朝が始まるという感じです。
昨日、悲しい出来事がありました。学生時代の同級生の突然の死。
自分の中で整理はなかなかできそうにありませんが、同じように悩み死を悼み愚かな行いに走ってしまったご主人の方の同級生の方からmixiの方ではメッセージをいただいたりもしました。
人間、程度や種類は異なりますが皆、一様に悩み、少しでも良い未来がやってくるために頑張っています。今回の悲しい出来事を忘れずに自身も他者もともに進んでいける道を探し続ける旅は、一つが終わりを迎えても終わることがないのです。新しいどこかへ行く旅立ちをするのです。
自身の力で終わることのない旅を一年の終わりに始めようとするGARNET CROWの作品「たとえば12月の夜に」を聞きながらまた始まる毎日のことを考えてみましょう。
読みかけのNEWS放りだして
賛美歌流れ出す街に出たんだ
君のいない隙間うめるような
何かさがしてたかもしれない
やっぱそうだ どんな騒がしくても
なんとなく誰かと過ごすのは やりきれない
懐かしいものばかり輝いてみえる時は
新しい何処かへゆく はじまりと
君はまだあの頃のまま 無防備に歩いてますか
たとえば12月の夜に
絡まってはもつれてゆく人の
思いとかすのも人だけれど
12月は取り繕った感じがちょっと否めなく
なんだか好きになれない
アベ・マリアその意味を知らないで歌いながら
過ごしたあの日々ならもう遠い
それでも振り返っては行く先さがそうとする
たとえば12月の夜に
なくしたモノばかりが輝いてみえるのなら
新しい何処かへゆく時がきた
なぜかなその強さが 少し悲しく見えたんだ
たとえば12月の夜に
春や秋の気持ちの良い季節より夏や冬の方にAZUKI七さんは特に思い入れが強いように感じるのですが。夏は夏という季節を純粋に楽しみ他の季節のことに思いめぐらせながら、歩みをとめようとする冬の時期を好んで仕事をしているような気がするのは管理人だけでしょうか。
終わりに始めるということは終わりがない事をも表現していて、それが日常として連なっているのでしょうか。いつだって新しい気持ちで何かを求めていたい。人間の自然な姿だと思います。色んなことを乗り越えて続く毎日のためにより自分らしくありたい、そうとても強く感じました。