※本日、2回目の投稿です。
既にアップした『泡宇宙の蛙』2の1~2の5までの鑑賞を大幅に変更した歌について、
改訂版を1首ずつ平行して載せてゆきます。
改訂版 渡辺松男研究2の1(2017年6月実施)『泡宇宙の蛙』(1999年)
【無限振動体】P9~
参加者:泉真帆、T・S、曽我亮子、A・Y、渡部慧子、鹿取未放
レポーター:渡部慧子 司会と記録:鹿取未放
◆(支部会員の皆さんに ①)『泡宇宙の蛙』の歌集の鑑賞に入る前に、「かりん」2
010年11月号の渡辺松男特集で、大井学さんのインタビューに渡辺松男氏が答
えた記事の一部を紹介しておきます。(鹿取)
『寒気氾濫』は無意識的に設定している、ある枠のなかに大方納まっていると思
いました。(その枠のおかげで受け入れてもらえたのだと思いますが)。『泡宇宙
の蛙』はその枠をやぶろうとしたのだと思います。その枠のなかに、前提として
いる作歌主体そのものの自己同一性がありました。在ることの不思議、無いこと
の不思議、生命のこと、そういう次元を詠まなかったなら、私(に)とって歌は
意味のないものになっていました。存在に寄り添うこと、それを掬うこと、それ
を包むこと、あるいは包まれること、それに成りきること、それらのことはいつ
もこちら側にいる自己同一的実体的作歌主体にとどまっているかぎり不可能なこ
とでした。
◆(支部会員の皆さんに ②)キノコ図鑑などを前もって見ておくと、『泡宇宙の蛙』
の冒頭「無限振動体」一連は理解しやすいです。山毛欅などの倒木を埋め尽くすよ
うに一面に群生している写真を見ると、その圧倒的な生命力にただただ感動します。
写真を眺めているだけで、松男さんのこの一連が直観的にわかるような気がします。
【ブナの森では、「死」が新たな「生」を生むドラマが繰り返される。森を支配し
ていた巨木が倒れると、ポッカリ穴の開いた天空から光が林床に降り注ぐ。木は倒
れてから3年ほど経つと朽ち始めるが、美味しいキノコたちが群がって生えてくる。
やがて菌類は、長い年月をかけて倒木を分解、全て土に戻し養分を補給し続ける。】
【 】内、ネット記事「ブナ帯のきのこ図鑑」より抜粋
1 森のかぜ茶いろのながれ光るなか無限振動体なるきのこ
(意見)
森の風が流れるなか、揺れるはずのないきのこが一斉に無限の振動体となる。風が流れきのこが揺れるとき間違いなく「森は生きている」のである。(鶴岡善久)
「森、または透視と脱臼」(「かりん」2000年2月号)
(まとめ)
2番歌(倒木を埋めつくしたるうごめきのイヌセンボンタケ食毒不明)を読むと、「無限振動体」の映像的イメージが膨らむようだ。森には風が吹き、光が当たっている。そして「無限振動体なるキノコ」の圧倒的な姿が眼前に広がっている。「かりん」渡辺松男特集号から引用した上記のような志で編んだ第二歌集の巻頭歌で、思いのこもった深い歌なのだが、無限に振動している茸の姿を思い描くことができれば、この歌の思いは読者に届いているのかもしれない。(鹿取)
既にアップした『泡宇宙の蛙』2の1~2の5までの鑑賞を大幅に変更した歌について、
改訂版を1首ずつ平行して載せてゆきます。
改訂版 渡辺松男研究2の1(2017年6月実施)『泡宇宙の蛙』(1999年)
【無限振動体】P9~
参加者:泉真帆、T・S、曽我亮子、A・Y、渡部慧子、鹿取未放
レポーター:渡部慧子 司会と記録:鹿取未放
◆(支部会員の皆さんに ①)『泡宇宙の蛙』の歌集の鑑賞に入る前に、「かりん」2
010年11月号の渡辺松男特集で、大井学さんのインタビューに渡辺松男氏が答
えた記事の一部を紹介しておきます。(鹿取)
『寒気氾濫』は無意識的に設定している、ある枠のなかに大方納まっていると思
いました。(その枠のおかげで受け入れてもらえたのだと思いますが)。『泡宇宙
の蛙』はその枠をやぶろうとしたのだと思います。その枠のなかに、前提として
いる作歌主体そのものの自己同一性がありました。在ることの不思議、無いこと
の不思議、生命のこと、そういう次元を詠まなかったなら、私(に)とって歌は
意味のないものになっていました。存在に寄り添うこと、それを掬うこと、それ
を包むこと、あるいは包まれること、それに成りきること、それらのことはいつ
もこちら側にいる自己同一的実体的作歌主体にとどまっているかぎり不可能なこ
とでした。
◆(支部会員の皆さんに ②)キノコ図鑑などを前もって見ておくと、『泡宇宙の蛙』
の冒頭「無限振動体」一連は理解しやすいです。山毛欅などの倒木を埋め尽くすよ
うに一面に群生している写真を見ると、その圧倒的な生命力にただただ感動します。
写真を眺めているだけで、松男さんのこの一連が直観的にわかるような気がします。
【ブナの森では、「死」が新たな「生」を生むドラマが繰り返される。森を支配し
ていた巨木が倒れると、ポッカリ穴の開いた天空から光が林床に降り注ぐ。木は倒
れてから3年ほど経つと朽ち始めるが、美味しいキノコたちが群がって生えてくる。
やがて菌類は、長い年月をかけて倒木を分解、全て土に戻し養分を補給し続ける。】
【 】内、ネット記事「ブナ帯のきのこ図鑑」より抜粋
1 森のかぜ茶いろのながれ光るなか無限振動体なるきのこ
(意見)
森の風が流れるなか、揺れるはずのないきのこが一斉に無限の振動体となる。風が流れきのこが揺れるとき間違いなく「森は生きている」のである。(鶴岡善久)
「森、または透視と脱臼」(「かりん」2000年2月号)
(まとめ)
2番歌(倒木を埋めつくしたるうごめきのイヌセンボンタケ食毒不明)を読むと、「無限振動体」の映像的イメージが膨らむようだ。森には風が吹き、光が当たっている。そして「無限振動体なるキノコ」の圧倒的な姿が眼前に広がっている。「かりん」渡辺松男特集号から引用した上記のような志で編んだ第二歌集の巻頭歌で、思いのこもった深い歌なのだが、無限に振動している茸の姿を思い描くことができれば、この歌の思いは読者に届いているのかもしれない。(鹿取)
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