かまくらdeたんか 鹿取未放

馬場あき子の外国詠、渡辺松男のそれぞれの一首鑑賞。「かりん」鎌倉支部の記録です。毎日、更新しています。

渡辺松男『泡宇宙の蛙』の一首鑑賞 195

2022-11-30 13:14:43 | 短歌の鑑賞
 渡辺松男研究2の26(2019年8月実施)
     Ⅲ〈行旅死亡人〉『泡宇宙の蛙』(1999年)P125~
     参加者:岡東和子、A・K、T・S、渡部慧子、鹿取未放
     レポーター:岡東和子    司会と記録:鹿取未放


195 出張の夜更けてきて手のひらが石狩湾のように寒いよ

    (レポート)
 作者は出張で北海道に来ている。季節はおそらく冬とみられる。冬の北海道では、
夜更けには零下まで気温が下がるのだから、寒いのは当然である。その寒さを「石狩湾のように」と具体的な場所を挙げて表すところに、発想の豊かさがある。札幌や小樽でなく、寂莫とした石狩湾をもってきたことも、場面を的確に表しているようだ。寒さを形容する言葉に(痛いような)という表現があるが、作者は「手のひらが…寒いよ」と、あっさりと歌っていて、それがかえって叙情をかきたてる。(岡東)


      (当日意見)
★これは詩的で好きな歌です。(鹿取)
★「手のひらが石狩湾のように寒い」って素敵ですね。松男さんには手のひらの歌
 が多いですね。(慧子)
★東日本大震災を詠った歌にもてのひらの歌ありましたよね。震災で泣いている人
 を撫でるために200,300の掌がほしいって。(鹿取)
★てのひらの形と石狩湾の形が似ていますね。あの坂の上から眺めると掌のかたち
 しているんですね。そうか、こう来るかと思いました。(A・K)
★私も同じ事を思いました。真冬の石狩湾を展望台から眺めましたけど、あのきら
 きら点滅しているネオンが余計に寒そうで、凍りつくような空気感で、それが形
 状が似ているてのひらに詩的に接続していて、いい感じですね。(鹿取)


      (後日意見)
 鹿取発言中のてのひらの歌の例。(鹿取)
まぼろしのわがたなごころとびてゆき生きのこり哭くひとの背をなづ
                 『雨る』
わが掌ひやくにひやくさんびやくあらばともおもふ慟(な)く背をさするまぼろし
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渡辺松男『泡宇宙の蛙』の一首鑑賞 194

2022-11-29 09:33:03 | 短歌の鑑賞
 渡辺松男研究2の26(2019年8月実施)
     Ⅲ〈行旅死亡人〉『泡宇宙の蛙』(1999年)P125~
     参加者:岡東和子、A・K、T・S、渡部慧子、鹿取未放
     レポーター:岡東和子    司会と記録:鹿取未放


194 月齢五沈みゆく窓のさむさかな蟹われら残業に鋏をふるう

       (レポート)
 月齢とは、新月の時を0として起算する日数である。月齢五というと、三日月より2日ほど後のやや太くなった月のことだ。その月が沈んで、窓の外には冷気が漂っているのだろう。そのような中、作者は同僚達と残業をしている。自分たちを蟹にたとえ、残業にいそしむ姿を「鋏をふるう」と表現している。一見ユーモラスに思える表現だが、陸地では這うことしかできない蟹にたとえることで、労働者の悲哀を醸し出している。そして「ふるう」という言葉で、労働者の実直さも伝わってくる一首である。(岡東)


         (当日意見)
★月齢というのは何時頃を基準にしていうのかなと思いました。そうしたら残業
  している時間が分かるかなって。(T・S)
★10時頃でしょうかね。詠んだ年が分かれば、そして寒い時期だから何年何月何
 日のことか、特定しようとすれば月齢で日時が特定できますね。(岡東)
★まあ、うたった日にちが特定できても、本当にその日の事実かどうかは分からな
 いですね。こういう残業の姿には寒い季節で、月齢5くらいの細さの月がふさわ
 しいだろうと考えて配したかもしれませんから。あまり事実にはこだわらない方
 がよいと思います。レポートの蟹は這うことしか出来ないってあって、なるほど
 そういう必然で蟹かあと思いましたが。(鹿取)
★残業で紙でも切っていたのかしら?蟹だから。(慧子)
★蟹が鋏を振るうのは懸命に残業していることの比喩でしょう。鋏は蟹の特徴で、
 鋏を駆使して働いている姿ってこっけいで哀れじゃないですか。(鹿取)
★やや通俗ですけど、月齢五はいいですね。三日月とかそういう言い方でなくて。    (A・K)
★月齢五が沈み行くだから時間を表しているんですね、これは。(T・S)


         (後日意見)
 松男さんからメールをいただきました。それによると、月齢五が沈みゆくのは午後10時半ごろだそうです。(鹿取)


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渡辺松男『泡宇宙の蛙』の一首鑑賞 193

2022-11-28 09:25:22 | 短歌の鑑賞
 渡辺松男研究2の26(2019年8月実施)
     Ⅲ〈行旅死亡人〉『泡宇宙の蛙』(1999年)P125~
     参加者:岡東和子、A・K、T・S、渡部慧子、鹿取未放
     レポーター:岡東和子    司会と記録:鹿取未放


193 西行はうらやましされど今われは「行旅死亡人取扱法」読む

      (レポート)
 西行は、良く知られた歌僧である。鳥羽上皇に仕えて北面の武士になるも、23歳の時に無常を感じて僧となり、歌作の旅に生涯を送った。その生き方には、作者のみならずうらやましさを感じる人は多いと思う。しかし作者は今、「行旅死亡人取扱法」を読んでいるという。この「今」によって臨場感が高められている。(行旅死亡人)とは、「旅行中に死んで引きとるものがない者。行き倒れ。」(広辞苑)のことであり、行旅人が病気や死亡をした場合は所在地の市町村が救護するべきことなどを定めたのが「行旅死亡人取扱法」である。条文は現在も文語体のままであるという。歌を詠みながらの旅には憧れるが、行き倒れになってしまったらこの古い法律に頼るしかないのだろうか。物のように取扱われるのだ。理想と現実の狭間を行き来する人間の葛藤を描く作品は、短歌以外にもあるであろう。そんな中、この作品では「行旅死亡人取扱法」が効いている。これによって一気に現実を直視することになるからである。作者の物事を冷静にみつめる姿勢を、うかがわせる一首になっている。「行旅死亡人取扱法」の正式名称は「行旅病人及行旅死亡人取扱法」で、明治32年施行。 


    (当日意見)
★西行は全国を行脚していたから、いつ行き倒れになるか分からない。そして松男
 さんは地方公務員だから、そういう人を介護したり埋葬したりする責任を負っている
 立場だったのですね。西行の諸国放浪はうらやましいけれど、自分は地方公務員
 で「行旅死亡人取扱法」に関連した役職にいるからやむなくそれを読んでいると
 いう設定でしょうかね。そこがずいぶんリアルですね、明治32年施行なんってそ
 んな古い法とは知りませんでした。(鹿取)
★渡辺さんにしては上の句と下の句が分かりすぎる。西行の頃は野垂れ死にしても
 ほっとかれたんでしょうけど、今は違うよって。でも「行旅」なんですね。
    (A・K)
★はい、法律用語は民には知らしめるなってわざと難しく書いているんでしょう。
  (鹿取) 
★上から目線ですね。(A・K)

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渡辺松男『泡宇宙の蛙』の一首鑑賞 192

2022-11-27 10:28:32 | 短歌の鑑賞
 渡辺松男研究2の26(2019年8月実施)
     Ⅲ〈行旅死亡人〉『泡宇宙の蛙』(1999年)P125~
     参加者:岡東和子、A・K、T・S、渡部慧子、鹿取未放
     レポーター:岡東和子    司会と記録:鹿取未放


192 橋脚にぶちあたりたる凩のきらめくなかに風の歯が見ゆ

     (レポート)
 凩が吹く日、風が橋脚に(ぶちあたる)というのだから相当強い風であることがわかる。しかしその凩を(きらめく)と表現している作者の心には、自然への憧れや畏怖があるのだろう。そしてその凩のなかに(風の歯)が見えたという。ここまできて、(きらめく)の語は(歯)という語の伏線になっていることに気づく。冬には凩が吹き付ける地域に暮らす人の逞しさ、自然への向き合い方に思いを馳せる一首である。(岡東)


     (当日意見)
★すごくいいレポートですね。松男さん、群馬だから空っ風の土地ですね。凩をき
 らめくって普通形容しませんが独特ですね。それと風の歯というのが抜群。辰巳
 康子さんの「橋(はし)桁(げた)にもんどりうてるこの水はくるしむみづと決めて見
てゐる」『紅い花』)を思い出しました。全く違う種類の歌ですけれど。(鹿取)
★凩が川の波を巻き上げて、その波だったところが歯なのかな。(T・S)
★なるほど、茂吉の逆白波ですね。(鹿取)
★ぶち当たって、きらめいて、そして風の歯ですね、これだけバンバンバンと強く
 出ませんね、普通は強弱をつけようとするから。でもこの歌は、強強強、でも説
 得力がある。きらめくも風の歯も感覚ですね、こういう時は思い切って自分の感
 覚を信じるのですね。風の歯のごとしではなく風の歯が見ゆ、見たっていうので
 すから。ここがやっぱり他の歌人とは全然違いますよね。上州ですからかかあ天
 下と空っ風っていいますものね。女性が働いて、男性はねんねこ袢纏で子供おん
 ぶしているっていうんでしょう、今は違うでしょうけど。とにかく乾燥していて
 湿潤とは違う。渡辺さんって体感的な表現をしますよね。風の歯っていうのも自
 分の肉体に近い感じですね、身体感覚というのか。(A・K)

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渡辺松男『泡宇宙の蛙』の一首鑑賞 191

2022-11-26 10:30:13 | 短歌の鑑賞
 渡辺松男研究2の26(2019年8月実施)
     Ⅲ〈行旅死亡人〉『泡宇宙の蛙』(1999年)P125~
     参加者:岡東和子、A・K、T・S、渡部慧子、鹿取未放
     レポーター:岡東和子    司会と記録:鹿取未放


191 崖上の冬木の影がさかしまに崖下の家へ届こうとする

    (レポート)
 作者はまず崖の上に生えている木を見上げている。季節は冬で、木の陰は長く伸びている。崖の上に生えているので、その木の影はさかさまになって、崖の下にある家へ届こうとしているのだ。(崖の上の木)から(その木の影)そして(崖下の家)へと、作者の視線の動きが巧みに表現されている。作者と木との距離感、崖上から崖下への高低差が、この歌に大きな立体感を持たせている。(岡東)


    (当日意見)
★松男さん、こういう影の歌がたくさんあります。影でなくても、天地が逆さな感
 じで天に向かって切られた髪が落ちていくとか。来嶋靖生さんに似た歌があって、
 永田和宏さんの『現代秀歌』に載っていたのですが、ちょっと見つけられません
 でした。(鹿取)
★「届く」じゃなくて「届こうとする」がすごいですね。影って無機物が有機物み
 たいに伸びていく感じで。(A・K)
★アメーバが触手を伸ばすみたいですよね。越境というか、浸食ですか。(鹿取)
★叙景歌とはここでちがったなって感じがする。「届きそうだ」なら私でも言える
 とおもうけど、「届こうとする」がすごい。表現意欲を触発しますね。特別なも
 のは何もないのにね。(A・K)
★A・Kさんの今のお話を聞いてなるほどと思いました。こういうふうに読めばこ
 の歌が平凡でなくなるのねって。(T・S)
★さかさまの影って絵画にはたくさんありますね。たとえば東山魁夷の湖があって
 白い馬がそこに映っているとか。でも、この歌は「冬木」だからいいんでしょう
 ね。枝だけになった、そうすると映像がクリヤーな感じになる。(A・K)


     (後日意見)
 鹿取発言中の来嶋靖生の歌は次のもの。これは写生の歌だが面白い。
おもむろに階(はし)くだりゆくわが影の幾重にも折れ地上に届く 『雷』
 また既に鑑賞を終えた歌だが、鹿取発言にあるひかりの髪の歌、影や逆さに落ちていく歌などをあげてみる。(鹿取)
   伸びるだけわが影伸びてゆきたれば頭が夕の屋上より落つ 『泡宇宙の蛙』
   法師蟬づくづくと気が遠くなり いやだわ 天の深みに落ちる 『寒気氾濫』
花蕎麦のしずもれる日よ天体の外側へ消えゆきしはたれか
真空へそよろそよろと切られたるひかりの髪は落ちてゆくなり

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