かまくらdeたんか 鹿取未放

馬場あき子の外国詠、渡辺松男のそれぞれの一首鑑賞。「かりん」鎌倉支部の記録です。毎日、更新しています。

馬場あき子の外国詠 287,288 トルコ③

2024-02-29 10:55:00 | 短歌の鑑賞
 2024年度版 馬場あき子旅の歌38(11年4月)
     【遊光】『飛種』(1996年刊)P125
      参加者:N・I、曽我亮子、藤本満須子、鹿取未放
      レポーター:N・I 司会とまとめ:鹿取 未放
                     

287 秋風に胡桃の広葉鳴る下にさびしもヨハネの福音きけば

      (まとめ)
 この場所は次の歌の関連からいうとアヤソルクの丘の上にある「聖母マリアの家」のことだろうか。マリアはキリストの死後エルサレムを追われたヨハネと共に現在の「聖母マリア教会」跡(「聖母マリアの家」とは別で、エフェソスの都市遺跡群の外れにある)の辺りで暮らしていたが、最晩年はヨハネと共にアヤソルクの丘と呼ばれた郊外へ移転した。それが「聖母マリアの家」の辺りだという。これらの地でヨハネは「ヨハネの福音書」を書き継いだと伝えられている。それでヨハネの福音の説明をガイドさんか教会の人かがしているのであろう。(鹿取)


288 マリア終焉の地はここなりと胡桃の風音にさやげる山に連れゆく

     (まとめ)
 「聖母マリアの家」辺りでマリアはヨハネの死後ひとり生きたといわれている。今ある建物は20世紀になってから建てられたものというが、胡桃の広い葉が風に鳴る音が寂しさをいよいよ深いものにしている。(鹿取)
 
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馬場あき子の外国詠 285.286 トルコ③

2024-02-28 14:30:31 | 短歌の鑑賞
 2024年度版 馬場あき子旅の歌38(11年4月)
     【遊光】『飛種』(1996年刊)P125
      参加者:N・I、曽我亮子、藤本満須子、鹿取未放
     レポーター:N・I 司会とまとめ:鹿取 未放
                     

285 いすたんぶるにこほろぎ啼くをひつそりと聞きて夜半より街にしたしむ

        (当日意見)
★今までトルコに来て何かしっくりいかなかったが、この歌は違うという。当時のトル
 コはどういう国だったのか?トルコの歴史について何かがある。(藤本)
★何かがある歌は、この後たくさんでてきます。これは確かにほっとさせる歌ですよ
 ね。(鹿取)


286 糸杉は太りしばしばも道に立ち人死ねば柩となるをトルコに

        (当日意見)
★杉や檜で日本でも棺を作る。(藤本)
★「柩」は、前年にトルコ旅行の途中亡くなられた義理の妹さんからの連想もあるのか
 もしれない。ゴッホの絵などから糸杉は細いものと思いこんでいたが、ここの糸杉は
 柩を作れるくらい太っていて、道ばたのそこここに立っている、というのがちょっと
 した驚きだったのだろう。かなりの字余りだが下の句は気にならない。上の句は
 「も」をわざと入れている。(鹿取)
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馬場あき子の外国詠 284 トルコ③

2024-02-27 14:19:42 | 短歌の鑑賞
 2024年度版 馬場あき子旅の歌38(11年4月)
     【遊光】『飛種』(1996年刊)P125
      参加者:N・I、曽我亮子、藤本満須子、鹿取未放
     レポーター:N・I 司会とまとめ:鹿取 未放
                     

284 黒海をみにゆきしことクルーズの予定になしひみつのごときよろこび

      (まとめ)
 先月鑑賞した283番歌に「忘れてしまつた歴史は思ひ出さずともぼすぽらす海峡ゆくトルコ晴れ」とあるので、トルコ晴れの日にボスポラス海峡クルーズをしたのであろう。
 ちなみにボスボラス海峡は狭いところで700メートル、広いところで4キロの海峡で、1973年に吊り橋が、1988年に橋が架けられていて、馬場のクルーズではこの橋の下をくぐったのだろうか。ちなみに黒海は日本の本州くらいの大きさの内海だが、周りをロシア(北)、グルジア(東)、ウクライナ(西)、ブルガリア(西)、トルコ(南)に囲まれた内海である。「クルーズの予定になし」とあるのは政治上の思惑があって、クルーズで黒海まで見にゆけるかどうかは直前まで見極めが難しく、旅の冊子などには書かれていなかったのかもしれない。思いがけず黒海まで見られたので感激しているのだ。「ひみつのごときよろこび」には現状の政治的なもろもろの思惑があることを暗に受け止めている表現だろう。ネットの旅行案内や旅行記を見ると、往復3時間程度の当日申し込みのクルーズもたくさんあるらしい。フェリーの到着地点から歩いた丘の上から黒海を見渡せるポイントもあるようだ。(鹿取)
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渡辺松男『寒気氾濫』の一首鑑賞 211

2024-02-26 10:05:31 | 短歌の鑑賞
 2024年版 渡辺松男研究 25(15年3月) 
   【光る骨格】『寒気氾濫』(1997年)86頁~
    参加者:S・I、曽我亮子、渡部慧子、鹿取未放
     レポーター:渡部 慧子  司会と記録:鹿取 未放
    

211 存在ということおもう冬真昼木と釣りあえる位置まで下がる

        (当日意見)
★好きな歌です。「釣り合う」というのが松男さんのキーワードの一つで、いろんな歌
 に出てきます。天国と地獄が釣り合うとか、千年生きた木と今日死ぬ鳥が釣り合うと
 か詠われています。この歌も、釣り合うというのが物理的な距離ではなくて、木とい
 う存在と〈われ〉が「いのち」として均衡を保てることかなと。その均衡は自分が
 「下がる」行為で保たれるという点が大切だと思います。(鹿取)
★おそらくそうだと思います。作者は大きな抽象的なことを思っていらっしゃって、存
 在として釣り合う位置なんでしょう。(S・I)
★思惟の深さなんですね。(慧子)
★「冬真昼」という季節と時間がそういう思惟に適しているのかしら。(S・I)
★この間鑑賞したところでも「冬芽がねばねば光る」とか、冬でしたね。(鹿取)
★本当に裸形というのか、冬は裸になっているんですね。木に親和感を覚えていらっ
 しゃるから、木と同じだと。存在というと人間中心に考えがちだけど、この人はそ
 うではない。(S・I)
★どちらかというと木の方に基準を置いているのね、この人。(鹿取)


      (後日意見)
 鹿取の発言中の「天国と地獄が釣り合う」は内容的にまったく正確さを欠いていた。言及したかった歌は、次のとおり。(鹿取)
 地獄へのちから天国へのちから釣りあう橋を牛とあゆめり『寒気氾濫』
釣り合えよ 今日死ぬ鳥のきょうの日と千年生きる木の千年と『泡宇宙の蛙』
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渡辺松男『寒気氾濫』の一首鑑賞 210

2024-02-25 11:59:26 | 短歌の鑑賞
 2024年版 渡辺松男研究 25(15年3月) 
   【光る骨格】『寒気氾濫』(1997年)86頁~
    参加者:S・I、曽我亮子、渡部慧子、鹿取未放
    レポーター:渡部 慧子  司会と記録:鹿取 未放
    

210 仁王像秋のひかりをはじきたり骨格はもつ太き空間

  (当日意見)
★仁王像の全体から転換して骨格に焦点を当てている。それを太き空間と表現してい
 る。ものを剥いだ時に見えるものを表現されたのかなあ。骨格に持って行くのが独特
 な作者の目ですね。(S・I)
★仁王像は大きいから一度に作れなくていろんなものを寄せて作る。だから中に空間が
 できる。(曽我)
★あんなものすごい形相をした仁王さんの内部が空しいところに作者の目は行っている
 と思う。太き骨格を持っているのに内部は空っぽ。(慧子)
★乾漆像だと確かに内部は空洞かもしれないけど、それだって骨格そのものは空洞では
 ないでしょう。また。「骨格はもつ」って、内部の空間ではなくて、ダイナミックで
 逞しい骨格が占めている空間のことを言っているのではないでしょうか。「太き」と
 いうからには空虚とか空しいには繋がらない気がしますが。ここには肯定的な何かが
 あると思います。(鹿取)
★何もかも肯定的だったら歌の深みが出ない。「太き」を肯定でとったら当たり前で
 つまらない。ここは極端に言えば、存在というものは空しいということでしょうか
 ね。(S・I)


      (後日意見)
 木を詠んだほかの歌もそうですが、作者には太い骨格、地面をしっかり踏みしめて自分で立っているものへの憧れがあるように感じます。夏の光は強烈だ。強烈な光であれば、物の陰影がくっきりはっきり色濃く浮かび上がってくる。秋の光は柔らかい。柔らかい光であれば、物の陰影はあいまいになり、輪郭もやわらかになる。穏やかで、優しい気持ちになる。仁王像は、そんな柔らかくやさしい光さえも弾き返し、筋骨をくっきりと浮かび上がらせ、がっしりと地をつかみ、体全体に力をみなぎらせて立っている。柔らかな秋の光の中で仁王像を見上げた時に感じた、その圧倒的な存在感を「太き空間」と表現したのではないでしょうか。(T・H)

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