かまくらdeたんか 鹿取未放

馬場あき子の外国詠、渡辺松男のそれぞれの一首鑑賞。「かりん」鎌倉支部の記録です。毎日、更新しています。

渡辺松男『寒気氾濫』の一首鑑賞 139

2023-10-31 19:02:46 | 短歌の鑑賞
 2023年版 渡辺松男研究 16  2014年6月
     【Ⅱ 宙宇のきのこ】『寒気氾濫』(1997年)60頁~
      参加者:曽我亮子、渡部慧子、鹿取未放、鈴木良明(紙上参加)
      レポーター:曽我 亮子   司会と記録:鹿取 未放
               

139 桜 かぞえきれない毛虫すまわせてあるとき幹をぴくぴくとする

        (紙上意見)
 桜の木にはたくさんの毛虫が発生する。葉の毛虫はよく見かけるが、幹の毛虫はよっぽど近寄ってみないとわからない。それでもあるときは幹の表面がぴくぴく動いたかのように、毛虫が蠢いたのである。(鈴木)


      (当日発言) 
★毛虫が動いたことを幹が動いたとする見方が楽しいと思います。(慧子)
★これは幹がぴくぴくするのであって虫がぴくぴくするんではないよね。(曽我)
★桜の木が主語だから、毛虫が動いたのではなくて、桜の幹自体がむずがゆくて動いた
 ととりましたが。もしかしたら毛虫がいっぱい住んでいるのが嬉しくて幹をぴくぴく
 させたという解釈もできそうです。(鹿取)
★この歌、57577に言葉が配置されていないから、何か読みにくいですね。そのは
 み出しが気味悪さを表しているのかなあ。でも渡辺さん、虫、あんまり差別していな
 いからやっぱりよろこんでるのかなあ。(鹿取)
★さきほどと意見が変わりました。やっぱりこの桜は毛虫を嫌がっていないんですね。
 ぴくぴくしているのは毛虫と交信しているので、喜びですよ。(慧子)

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渡辺松男『寒気氾濫』の一首鑑賞 138

2023-10-30 10:43:37 | 短歌の鑑賞
 2023年版 渡辺松男研究 16  2014年6月
     【Ⅱ 宙宇のきのこ】『寒気氾濫』(1997年)60頁~
      参加者:曽我亮子、渡部慧子、鹿取未放、鈴木良明(紙上参加)
      レポーター:曽我 亮子   司会と記録:鹿取 未放
               

138 うむっうむっと孟宗竹の子が伸びる鬱から皮のむけてゆくなり

      (レポート)
 孟宗竹の筍が地上に小さな穂を出すときかなりの抵抗を地中から受ける。又成長する時のまわりの土の抵抗も更に大きい。筍は土の抵抗があればある程やわらかく育つ。(曽我)


      (紙上意見)
 筍が伸びてゆく様は「うむっうむっ」という感じだ。鱗片状の皮は筍の本体を守るためのものだろうが、元気盛んな孟宗竹からすれば、うっとうしい鬱的なもの。ここを脱皮して、伸びてゆくのだ。(鈴木)
 

     (当日発言)
★漫画チックでこの歌は好きです。腕白坊主が伸びていくようで可愛くて、小学生でも
 よく分かる歌だと思う。ただ、「鬱から皮のむけてゆくなり」は面白い発想ですね。
 言われてみればなるほどと思うけど。 (鹿取)
★公開された年譜に出ているので言ってもいいと思うけど、渡辺さんは25歳の時から
 精神科に通院されています。だから鬱状態から快復していく時の陽気な感覚というの
 が体感としてあるんじゃないかなと。うちの子も渡辺さんと病名は違うかもしれない
 けど長く精神科に通院していて、鬱と躁が交互に来るんだけど、鬱から躁への切り替
 わりってものすごく鮮やかですね。パーってハイになる。この歌ではおとなしく地中
 に埋まっていた竹の子が地面の上に顔を出して、陽光めがけて次々と皮を剥ぎながら
 伸びてゆく元気いっぱいのイメージがあります。(鹿取)

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渡辺松男『寒気氾濫』の一首鑑賞 137

2023-10-29 10:22:52 | 短歌の鑑賞
 2023年版 渡辺松男研究 16  2014年6月
     【Ⅱ 宙宇のきのこ】『寒気氾濫』(1997年)60頁~
      参加者:曽我亮子、渡部慧子、鹿取未放、鈴木良明(紙上参加)
      レポーター:曽我 亮子   司会と記録:鹿取 未放
               

137 樹の腸は高さ三十メートルへ達して月の春夜 直立

      (レポート)
 樹木の髄は高さ三十メートルにも伸び春の月夜を真っ直ぐに立って何とも立派で美しい。考えてみると腸はくねくね曲がりながら下へと向かうもの―しかし樹木の髄液は根から上へ向かう。この作者らしい面白い着想の一首ではないでしょうか…… (曽我)


      (紙上意見)
 樹の内部に水管(本当は何とよぶのか?)が通っているが、それを三十メートルの腸に見立てている面白さ。(鈴木)
 

     (当日発言) 
★春夜で、これも夜ですが、さっきの歌(ヒマラヤ杉月光環をつらぬけり真夜に見る樹
 は黒のどくどく)を別の角度から見ています。同じ樹でしょうかね。「月光環をつら
 ぬ」くような大樹で三十メートルもある。その中を水が垂直に走っている。「腸」を
 抱えて直立している巨樹の姿が春の夜に存在していて、なにか崇高な印象ですね。
   (鹿取)

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渡辺松男『寒気氾濫』の一首鑑賞 136

2023-10-28 11:22:21 | 短歌の鑑賞
 2023年版 渡辺松男研究 16  2014年6月
     【Ⅱ 宙宇のきのこ】『寒気氾濫』(1997年)60頁~
      参加者:曽我亮子、渡部慧子、鹿取未放、鈴木良明(紙上参加)
      レポーター:曽我 亮子   司会と記録:鹿取 未放
               

136 ヒマラヤ杉月光環をつらぬけり真夜に見る樹は黒のどくどく

      (レポート)
 夜中に地上から見上げると背の高いヒマラヤ杉は月のまわりにほんのり浮かぶ輪を貫いている。 (曽我)。
  ヒマラヤ杉=松科の常緑高木、枝が下向きにたれ円錐状の樹形をなす。葉は針形
     (広辞苑)

     (紙上意見)
 「月光環」(月の周囲に見える光の輪)をヒマラヤ杉が直立して貫いている。真夜に入って見る樹 は、黒々として、まるで生き物のようにどくどくと脈打っている。
  (鈴木)


      (当日発言) 
★黒のどくどくからはおどろおどろしいほどの生命力を感じます。フロイト的に見ると
 環は女性、垂直に貫く杉の木は男性で、とてもエロチックな歌とも読めます。真夜で
 すから神秘的で神々しい美しさも感じますし。(鹿取)


      (まとめ)
 「月光環」は辞書にはなかったがWikipediaには「薄い雲がかかったときに、それらの周りに縁が色づいた青白い光の円盤が見える大気光学現象のこと」と出ている。ひんやりとしてシャープで美しい語である。それを貫くヒマラヤ杉を幾何学的な形状の美しさではなく、「黒のどくどく」と勢いのある動きでとらえ、生きているものの生々しさを出している。(鹿取)
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渡辺松男『寒気氾濫』の一首鑑賞 135

2023-10-27 10:41:15 | 短歌の鑑賞
 2023年版 渡辺松男研究 16  2014年6月
     【Ⅱ 宙宇のきのこ】『寒気氾濫』(1997年)60頁~
      参加者:曽我亮子、渡部慧子、鹿取未放、鈴木良明(紙上参加)
      レポーター:曽我 亮子   司会と記録:鹿取 未放
               

135 一のわれ欲情しつつ山を行く百のわれ千のわれを従え

         (レポート)
 一のわれ=作者は「現代短歌新聞」“歌は時間の奴隷ではない”の中に、一のわれについて語っている。「一のわれになった時恐怖心に侵されました…。一を生きることになってしまった者として歌いたいことだけを歌っていきます……」(曽我)

        (紙上意見)
 われの中には百のわれ千のわれ、たくさんのわれがいる。そのときどきの環境に応じてそれに適したわれが顕れる。山行の中で、欲情(どのような欲情かわからないが)した一のわれが他のたくさんのわれを抑制して、歩き続けている。「欲情」には切羽詰まったものが感じられ、それゆえに、他のわれは黙って従うのである。(鈴木)


         (当日発言)
★「現代短歌新聞」に載った「一のわれ」というのは難病の確率の話で、「一のわれ」
 はALSという病気が確定された状態を表現している言葉です。だから、この歌での
 「一のわれ」とは全く文脈の違う話ですね。それから鑑賞している『寒気氾濫』は1
 997年出版ですから、作者がALSになられるより10年以上前の歌集です。
   (鹿取)   
★金子兜太に「けふはどの本能と遊ぼうか」という俳句があって、その類似形かと。
   (慧子)
  ※後で調べたところ「 酒やめようかどの本能と遊ぼうか」が正しいようだ。(鹿取)
★鈴木さんは「一のわれが他のたくさんのわれを抑制して」と書いているけど、「従
 え」は「抑制して」ではなく私は「引き連れて」と読みました。一のわれが欲情し
 ているのだから百のわれも千のわれも同様に欲情しているんだと思います。(鹿取)
★百、千は〈われ〉の構成要素。でも、それは過去にさかのぼれば青年時代、少年時
 代の〈われ〉にもなるし、親や先祖にもなるし、人間以外の猿やチンパンジーや、
 もっと過去の海の微生物みたいなものにもなる。また、渡辺さんは「平行宇宙」と
 か考える人だから〈われ〉の構成要素はそこにもあるのかもしれない。(鹿取)  

        (後日意見)
 『泡宇宙の蛙』に「一のわれ死ぬとき万のわれが死に大むかしからああうろこ雲」がある。『泡宇宙の蛙』の自選5首に本人が選んでいる。(「かりん」2010年11月号)(鹿取)

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