かまくらdeたんか 鹿取未放

馬場あき子の外国詠、渡辺松男のそれぞれの一首鑑賞。「かりん」鎌倉支部の記録です。毎日、更新しています。

清見糺の一首鑑賞

2020-10-25 18:38:44 | 短歌の鑑賞
   ブログ版 清見糺の短歌鑑賞 10 スペイン・ポルトガル
                        鎌倉なぎさの会   


76 民族がかたみに〈神〉をおしたてて争いし跡なれど人住む
                   「かりん」95年10月号

 具体的にどこを歌ったものか定かではないが、意味はよく分かる。ユダヤ教・キリスト教・イスラム教はもともとは同じ神への信仰から派生した一神教である。ところが、わが神こそ本物と争ってきたし、今もその争いは続いている。ここでは「争いし」と過去形になっており、「なれど人住む」と結句を句割れにして諧謔みを出しているのが面白い。〈神〉をいいながら果てしない争いを繰り返す人間への哀しみ、争いを乗りこえて住まう人々のたくましさ、図太さへの同情と賛嘆であろう。


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清見糺の一首鑑賞  75

2020-10-24 19:41:49 | 短歌の鑑賞
   ブログ版 清見糺の短歌鑑賞 10 スペイン・ポルトガル
                                   鎌倉なぎさの会   

75 麦の穂はすでに刈られてラ・マンチャは黄金(きん)に乾いた光りの平
「かりん」95年10月号

 マドリードからトレドへ向かうバスから見た風景。ラ・マンチャとは乾いた大地という意味だそうだ。初案は「麦の穂はすでに刈られてラ・マンチャの大地は乾いた茶色の平」。文字通り茶色の乾いた畑土が見渡す限り続いていたのであろう。折からの陽光に照らされて、あたかも麦の穂が輝くように土が輝いていたのであろうか。「黄金」と「光り」がやや受け取りにくい。
 ★ 結句に類想がある。(田村広志)
   にんげんの水行の跡すべて消し海はしづけきひかりの平『水行』高野公彦

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清見糺の一首鑑賞  74

2020-10-23 14:06:00 | 短歌の鑑賞
   ブログ版 清見糺の短歌鑑賞 10 スペイン・ポルトガル
                            鎌倉なぎさの会   

74 スペインのながき夕べを人さわに〈ギロチン広場〉にむれてさざめく
    「かりん」95年9月号

 ギロチン広場をネットで検索するとマリーアントワネットが処刑されたフランスのコンコルド広場のことだ、という説明に行き当たる。ギロチン広場と通称されるような場所が、かつてどこの国にもあったということだろう。ここはマドリードのセルバンテスを記念した〈スペイン広場〉のことであろうか。異国の夕べ、おどろおどろしい名のついた広場に、今は屈託無く人々が群れてさざめいている情景を見ながら血の流された日々を思い浮かべたのであろう。「ながき夕べ」に旅のアンニュイな気分がただよう。


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清見糺の一首鑑賞   73

2020-10-22 16:11:18 | 短歌の鑑賞
   ブログ版 清見糺の短歌鑑賞 10 スペイン・ポルトガル
                            鎌倉なぎさの会 
  
73 暗い絵のラビュリントスに画家ゴヤの苦しみにかなり離れ立ちおり
                 「かりん」95年9月号

 「プラド美術館へ」というタイトルの一首。よくある旅行詠とは違う独特の心の見せ方をしており、作者の人生にシンクロするところが面白い。
 「かなり離れ」とは随分散文的な言い回しであるが、そこが作者のねらいである。「かなり」と表現することで逆にゴヤの内面に強く吸い寄せられている作者の姿が見えるようだ。ゴヤは作者が非常な関心を寄せていた画家のひとりである。
 宮廷画家だったゴヤは、晩年耳が聞こえなくなりマドリード郊外の別荘で「暗い絵」のシリーズを描いたといわれている。(梅毒の治療に水銀を用い、その副作用で聾者になったという説もある。)その「暗い絵」のシリーズをゴヤは自分の別荘に掲げていたそうだが、現在は壁から剥がされてプラド美術館に展示されているらしい。代表的なものに「わが子を喰らうサトウルヌス」などがあり、それらの絵については作者が日常的に話題にしていたのを覚えている。「ラビュリントス」は迷宮。プラド美術館の一画、ゴヤの暗い絵のシリーズが掲げられた場を迷宮といったのだろう。そしてそれは描いたゴヤのこころの迷宮でもある。
 ところで掲出の歌について米川千嘉子さんが「かりん」九五年一〇月号の前月号作品鑑賞に鋭く濃い鑑賞をしていらっしゃるので、長いが引用させてもらう。ちなみに作者はこの米川評をとても喜んでいたのであった。

 「プラド美術館へ」の一連、多かったスペイン旅行詠のなかで、観光から一歩入ったところで詠んでいる面白さが光った。「滑走する機窓に見えてうらがなし成田空港フンサイの塔」「ベラスケス模写するゴヤを重ねつつゴヤを模写する人見るわれは」など、技巧や視点のおき方はいつもながらのものだが、その作為の後味がいつもより濃く残らず、旅行詠としてうたわれることで、作者の意識の流れが自然に感じられるのを、興味深く思った。「暗い絵のラビュリントス」と「画家ゴヤの苦しみ」は同格。「かなり」は意識的な口語の使用で、画家ではなく、作者の意識の側に一首をひきよせるのにうまく働いている。「かなり離れ」ということで、逆に「暗い絵のラビュリントス」につよく照らされている作者の場面がたしかに感じられる。作者自身のなかにもそんな「暗さ」「苦しみ」があるのだと直接いっているわけではないし、いってしまっては面白くなくなるのだが、「暗さ」に照らされている確かな場面性、「かなり離れ」という言葉から、むしろ逆に、離れ立つ人間の内面的陰影が濃く浮かんできているのが面白い。(米川千嘉子)


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清見糺の一首鑑賞  72

2020-10-21 17:47:02 | 短歌の鑑賞
   ブログ版 清見糺の短歌鑑賞 10 スペイン・ポルトガル
                            鎌倉なぎさの会   

72 赤ワインすこし渋きを飲みほしてダッタン海峡ひだりに折れる
     「かりん」95年9月号

 九五年五月末から一〇日間にわたる馬場あき子一行との「スペイン・ポルトガル周遊吟行の旅」の歌。ダッタン(韃靼)海峡は、ロシアサハリン(樺太)とシベリア東岸との間にある海峡で最狭部の幅は7.4キロメートル。冬期凍結。間宮海峡、タタール海峡ともいう等と辞書に出ている。機内で出されたワインを飲みながら、日本から離れてゆく寂しさとこれから踏む地への期待、そのないまぜになった気分が「すこし渋」い赤ワインというところに出ている。マドリードへはモスクワ経由で行くので、ダッタン海峡を左へ折れて飛ぶのである。安西冬衛の「春」と題する有名な詩がある。
 「てふてふが一匹韃靼海峡を渡って行った」
 という短いものだが、作歌する時作者の脳裡にあったかどうか。病気で右足を失っていた安西が戦艦上で作ったという説もある。しかし、詩からははるかなものに対するあこがれや希求の念が感じられる。ダッタン海峡一連の他の歌をあげる。「フンサイの搭」の歌に作者らしさはいちばん表れているのかもしれない。
   滑走する機窓に見えてうらがなし成田空港フンサイの塔(95/9)
   空にしてひと恋しきに眼の下の雲の切れめに佐渡あおく見ゆ(95/9)

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