かまくらdeたんか 鹿取未放

馬場あき子の外国詠、渡辺松男のそれぞれの一首鑑賞。「かりん」鎌倉支部の記録です。毎日、更新しています。

馬場あき子の外国詠 32 アフリカ③

2023-07-31 14:31:01 | 短歌の鑑賞
 2023年度版馬場あき子の外国詠4(2008年1月)
  【阿弗利加2 金いろのばつた】『青い夜のことば』(1999年刊)P162~
  参加者:K・I、N・I、崎尾廣子、T・S、高村典子、藤本満須子、
      T・H、渡部慧子、鹿取未放
  レポーター:渡部慧子 司会とまとめ:鹿取 未放
       
 
32 水売りの皮袋の水はどんな水もろ手一杯買へば涼しも

      (まとめ)
 テレビの旅番組でモロッコの水売りをみたことがあるが、老爺が斜めに掛けた皮袋から細長い管が出ていて、両胸にぶら下がった6~7個のコップの一つに注いでいた。この歌の場合はコップに注がれたものを両手にうけたのかもしれないし、作者のことだから手にちょうだいと言ってもらったのかもしれない。もろ手に買ったところで詩になっている。
 尾崎放哉に「入れものが無い両手で受ける」という句があるが、ひとから施し物をもらうときの有り難い気分が「両手で受ける」という言いまわしに滲んでいる。この歌の「もろ手一杯」はどうであろうか、(観光客はペットボトルの水をいくらでも購入できる時代だから)水そのものを尊ぶより、水売りという伝統を珍しがり、はしゃいでいる気分かもしれない。
 ちなみに、かつて馬場
と共に訪れたネパールの街角で、アイスクリームを買いに来た子供に葉っぱに乗せて渡している光景に出会ったことがある。(鹿取)


     (レポート)
 モロッコでは皮袋に水が貯えてあるらしい。あらかじめ用意された器があったのかどうか、それはさておき、手というものをおりおり美しくうたいあげる作者ならではの一首だが、万葉集中の〈鈴が音の早馬駅家(はゆまうまや)の包井の水を賜へな妹が直手よ〉など想われて楽しい一首。 (慧子)

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馬場あき子の外国詠 31 アフリカ③

2023-07-30 12:11:48 | 短歌の鑑賞
 2023年度版馬場あき子の外国詠4(2008年1月)
  【阿弗利加2 金いろのばつた】『青い夜のことば』(1999年刊)P162~
  参加者:K・I、N・I、崎尾廣子、T・S、高村典子、藤本満須子、
      T・H、渡部慧子、鹿取未放
  レポーター:渡部慧子 司会とまとめ:鹿取 未放
       
 
31 観光として生き残る水売りの老爺鈴振る真赤(まつか)なる服

      (まとめ)
 真赤な服は民族衣装だろう。おそらくかつて実用として水が売られていた時から着用していたのだろう。観光としてのあざとさがいくらかは気にかかりながら、作者にはそういう風俗を伝えつづけてほしい気持ちもあるのではないか。
 レポーターが引いている水牛の歌は、この歌にはあまり関連しないが、馬場あき子歌集『南島』に載る。沖縄の先島七島を巡った旅の歌で、由布島での体験がもとになっているようだ。沖縄の小さな島で戦争を越え、老いて更に生き続ける人の労苦がいかばかりだったか、直接問うことはしないで思いやっている、重くしみじみとした歌である。(鹿取)


      (レポート)
 アフリカモロッコは水の少ない地であろう。そういう暮らしにつながる水売りに出会った。(慧子)
 観光の水牛の後(しり)に吾を乗せし老爺の戦後問はず思はむ 馬場あき子
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馬場あき子の外国詠 30 アフリカ③

2023-07-29 09:52:55 | 短歌の鑑賞
 2023年度版馬場あき子の外国詠4(2008年1月)
   【阿弗利加2金いろのばつた】『青い夜のことば』(1999年刊)P162~
    参加者:K・I、N・I、崎尾廣子、T・S、高村典子、藤本満須子、
       T・H、渡部慧子、鹿取未放
   レポーター:渡部慧子 司会とまとめ:鹿取 未放
       
 
30 カサブランカに降(お)りて時間を巻き戻し九時間前の太陽に会ふ

      (まとめ)
 カサブランカは「白い家」の意。カサブランカと日本の時差は9時間、現地について実際腕時計を巻き戻して現地時間に合わせたのだろう。時差の不思議を歌っているのだが、白い家とさんさんと照る太陽がよく映りあっている。渡部慧子の当日発言にあるのは、永田和宏歌集『華氏』の「時差」の一連でアメリカで師・高安国世の死を知った次のような歌を思い浮かべているのであろう。(鹿取)
 高安国世氏の死去は、七月三十日午前五時十二分。ひとり待つその時刻までの、ながい夜。
  朝と夜をわれら違えてあまつさえ死の前日に死は知らさるる
  君が死の朝明けて来ぬああわれは君が死へいま遡りいつ
   

     (レポート)
 カサブランカはモロッコの空の玄関、15世紀にポルトガル人がこの街を建設し、その後20世紀初めフランス統治下にて近代都市に改造され、現在に至っている。そこへ馬場あき子一行は安着した。時差を詠っているのだが「九時間前の太陽に会ふ」とは同行した清見糺の「モロッコ私紀行」※を参照にするとよく理解できる。(慧子)
 ※9月16日21時55分成田発⇒⇒⇒20時間飛行してジブラルタルを越え、
  モロッコ到着
     (日本時間 9月17日18時20分)
     (現地時間 9月17日10時20分)

                    
        (当日発言)
★旅行とは逆順に歌をまとめている。最初にサハラをもってきたのはサハラの印象がよ
 ほど強かったのだろう。(藤本)
★時差ということで思い出したが永田和宏の歌に、師の死を知るという歌があり印象に
 残っている。(慧子)                    

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渡辺松男『寒気氾濫』の一首鑑賞 83

2023-07-28 09:37:24 | 短歌の鑑賞
2023年版渡辺松男研究⑩(13年11月)まとめ 
    【からーん】『寒気氾濫』(1997年)36頁~
    参加者:崎尾廣子、鈴木良明(紙上参加)曽我亮子、渡部慧子、鹿取未放
     レポーター:渡部慧子
    司会と記録及びまとめ:鹿取 未放

83 赤ん坊花びらのような声を呑みはじめての重き月を見にけり

       (レポート)
 けり:①今まで知らなかった事実に初めて気づいたことを、感動を込めて述べる
    ②事実を前にして詠嘆を込めて述べる
③過去に存在した事実を回想して述べる
    ④伝聞の気持ちを表す(…たそうだ)        新潮社国語辞典

 掲出歌の「けり」は、上の句の描写から②だと思う。「赤ん坊」が喃語であろうその「声を呑み」とはすごい事実だ。(慧子)
※三輪山の背後から不可思議の月たてりはじめに月と呼びしひとはや
                山中智恵子『みずかありなむ』  

      (当日発言)
★表現の美しさに感心するばかりです。(崎尾)
★先に「けり」ですが、慧子さんの揚げた②でいいと思うけど、「見にけり」の
 「に」は完了の助動詞だから、直訳すると「見たことだなあ」となります。私
 はこの歌大好きで、赤ん坊のかわいらしさがとってもよく出ていると思う。
 「声」は聴覚なのに「花びらのような」という視覚イメージで比喩しているこ
 とで、桜かな、花びらのようにやわらかくてつやがあって美しい声を出してい
 る赤ん坊の愛くるしい全体像が読者に手渡される。ほっぺもくちびるも愛らし
 い赤ん坊が、初めて月を見てびっくりしてふっと声をのんだ一瞬が捉えられて
 いる。重き月というのは、美しくて大きくて神秘的な感じ、それを赤ん坊は体
 感した。赤ん坊も大事だけど、赤ん坊を通した月への賛歌でもあると思う。さ
 らに月を通して存在というものを問うている、美しくて、優れた名歌だと思
 う。存在という重いテーマを、こんなふうにかわいらしく詠って、渡辺さんっ
 てすごいと思う。(鹿取)
★慧子さんが揚げられた山中さんの歌も、言葉の不可思議、月や天体や存在の不
 可思議を美しく詠いあげていてうっとりする大好きな歌です。(鹿取) 
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渡辺松男『寒気氾濫』の一首鑑賞 82

2023-07-27 17:35:08 | 短歌の鑑賞
 2023年版渡辺松男研究⑩(13年11月)まとめ 
    【からーん】『寒気氾濫』(1997年)36頁~
    参加者:崎尾廣子、鈴木良明(紙上参加)曽我亮子、渡部慧子、鹿取未放
    レポーター:渡部慧子
    司会と記録及びまとめ:鹿取 未放

 
82 ひとを待つあいだは紅葉見あげては皮裏(ひり)のくれない濃くしてゆけり

       (レポート)
 「皮裏(ひり)」がいかにも身体的なので「くれない」に血液を思い、それから想念を連想する。「ひとを待つあいだ」の身体的ドラマが感じられ味わいに深みが生まれる。 (慧子)


       (当日発言)
★早く会いたいとか、だんだんこころが濃くなっていく感じかな。(曽我)
★「皮裏(ひり)」にすごく作者の思いがあるんでしょう。紅葉の赤い色が待つ心を育て
 ていく。そして人を思う思いも熱くなっていく。(崎尾)
★この歌の内容そのものは分かりやすい恋の歌ですよね。皮裏は造語かと思ってい
 たが辞書に「皮膚の内側、転じて心」と載っています。紅葉を見上げてその色の
 反映のように皮膚の内側から紅くなっていく、はにかんだ男の人の気分というも
 のがよく出ている。心という意味もあるというから、崎尾さんのように待ちなが
 らドキドキしていく純情なイメージ。(鹿取)

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