かまくらdeたんか 鹿取未放

馬場あき子の外国詠、渡辺松男のそれぞれの一首鑑賞。「かりん」鎌倉支部の記録です。毎日、更新しています。

渡辺松男『泡宇宙の蛙』の一首鑑賞 101

2022-07-31 12:05:54 | 短歌の鑑賞
  2022年度版 渡辺松男研究2の14(2018年8月実施)
    【はだか】『泡宇宙の蛙』(1999年)P69~
     参加者:泉真帆、A・K、T・S、曽我亮子、渡部慧子、鹿取未放
       レポーター:泉真帆   司会と記録:鹿取未放
  

101 見つめているかぎり薬罐の湯は沸かず登校拒否児羽(は)たたきはじむ

      (レポート)
 哲学的な歌だ。じっとみて待っているとなかなか事は成就しないが、手放すと成就するというような意味の上の句なのか。あるいはその登校拒否はじりじりともう待てなくなってしまって、バタバタと動き始めたのだろうか。(真帆)


       (当日意見)
★理屈で考えたらつまらないので、上句はそのままと思いますが。教訓的な意味合いはな
 いと思います。(鹿取)
★そばで見ている限りは沸かない。その後は気分的には一字空きかなと。「かぎり」の使
 い方が巧いなあと。(A・K)
★結句は登校拒否児が羽ばたき始めたよ、というのでしょう。学校へ行き始めたって事か
 な。行け、行けと言っている間は行こうとしなかったけど、ほおっておいたら、なんだか
 自分学校へ行きそうな気配だよ、ってこれも理屈か。(鹿取)
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渡辺松男『泡宇宙の蛙』の一首鑑賞 100

2022-07-30 09:37:39 | 短歌の鑑賞
  2022年度版 渡辺松男研究2の14(2018年8月実施)
    【はだか】『泡宇宙の蛙』(1999年)P69~
     参加者:泉真帆、A・K、T・S、曽我亮子、渡部慧子、鹿取未放
     レポーター:泉真帆   司会と記録:鹿取未放
  

100 穴ぼこの底から空を見上げてみよときどき雲のとおるゆたけさ

      (レポート)
 「穴ぼこ」は何か地中に棲む生き物の巣なのかもしれない。地下に苦しむ人々の喩ともとれるが、それはやや偏った鑑賞かもしれない。しかし、光の届かない小さなところ、わずかな希望から雲のゆたかな動きをみるというのは、単に空を見るよりさらに豊かさを増すだろう。(真帆)


     (当日意見)
★私は穴ぼこは自分で掘ったもののようにイメージしていました。(鹿取)
★臭くみると、人間は穴ぼこにいて、空には神様や仏様がいて永遠なるものがあるんです
 よ、という感じだけど、そうじゃないんだと思う。昔、子ども時代落とし穴を作ったこと
 があるんですよ。それで、人が落っこちると喜んでいた。そういう穴ぼこから空を見たら
 雲がすーと通っていく、それだけなんです。でも渡辺さんにしては「ゆたけさ」ってここ
 まで言うかなって思った。雲が通って行くだけでいい。もちろん、おっしゃりたいことは
 分かるしこういう世界大好きなんだけ ど、自分が存在するって大したことではないんだ
 ねって。形而上学的な事とか永遠とか、この人 のそういうところが好きなんですけど。
     (A・K)
★「壺中の天」を私は思いましたが。(慧子)
★私はA・Kさんと違って「ゆたけさ」に眼目があると思ったのです。先日、飛行機に乗っ
 て雲を見ました。夕焼けに染まってそれはそれは美しかった。上にも下にも雲が見えた
 のです。穴から 見上げるのと、飛行機から下の雲を見下ろすのは違いますが。(真帆)
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渡辺松男『泡宇宙の蛙』の一首鑑賞 99

2022-07-29 10:27:12 | 短歌の鑑賞
  2022年度版 渡辺松男研究2の14(2018年8月実施)
    【はだか】『泡宇宙の蛙』(1999年)P69~
     参加者:泉真帆、A・K、T・S、曽我亮子、渡部慧子、鹿取未放
     レポーター:泉真帆   司会と記録:鹿取未放
  

99 おさなごは苔の花見ていたるらし無口なるこのおさなごの瞳は

       (レポート)
 つぶらな瞳、寡黙な瞳。その瞳が植物の小さ花を「ふしぎ(・・・)」と思い観察している。結論を述べるのでなく、景を見せて語る技をおもう。(真帆)


      (当日意見)
★松男さんは古典の和歌とかはあまり勉強したことがない人だと思いますが(もちろん、私
 もしていませんが)おさなごの繰り返しの部分は古事記の「この口やものいはぬ口」を思
 い出しました。有名な歌だから松男さんの頭の隅に残っていたのかも知れないと思います
 し、全然関連無くつくられたかもしれませんが。(鹿取)
★苔の花って具体もなかなか普通出てこないものですね。(真帆)
★そうですね、幼子が瞳を輝かせて見るのがチューリップや薔薇や百合ではなくて地味で小
 さな苔の花だというのがユニークですね。(鹿取)


     (後日意見)
 かなり話がそれるが、当日の鹿取発言の繰り返しについて、古事記や日本書紀に誉津別皇子(ほむつわけのみこと)という長じてもしゃべることが出来なかった王子の話がある。この王子がある日白鳥が渡っていくのを見て初めて言葉を発したという話である。古事記の歌「この口やものいはぬ口」を山中智恵子が本歌取りして次のような歌を詠んでいる。
   (鹿取)
この額(ぬか)ややすらはぬ額 いとしみのことばはありし髪くらかりき
                   山中智恵子『紡錘』
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渡辺松男『泡宇宙の蛙』の一首鑑賞 98 

2022-07-28 11:01:56 | 短歌の鑑賞
  2022年度版 渡辺松男研究2の14(2018年8月実施)
    【はだか】『泡宇宙の蛙』(1999年)P69~
     参加者:泉真帆、A・K、T・S、曽我亮子、渡部慧子、鹿取未放
      レポーター:泉真帆   司会と記録:鹿取未放


98 なめくじのあかちゃんの角ぴくぴくとかわいいよ葉の宇宙はまわる

        (レポート)
 「ぴくぴく」が「なめくじ」の質感を表し、同時にかわいらしさも表現している。なめくじはどちらかと言えばあまり好まれない虫だろう。「角ぴくぴく」と観ている作者の姿も見えるよう。生きとし生けるものに平等に愛情を傾けている。下の句の「葉の宇宙はまわる」で、水の上に葉があり、その上になめくじがいるのだろう。(真帆)


        (当日意見)
★オノマトペが独特なんだけど的確ですよね。「ぴくぴく」もとてもよく分かる気がする。
 私は昆虫類や爬虫類などの虫は怖気が立つほど嫌いなんですが、これはなんか可愛らし
 い。なめくじの赤ちゃんの角というところにズームインして、その後「葉の宇宙はまわ
 る」、葉はなめくじにとって宇宙なんだけど、巨視的な宇宙に繋がっている。ここが渡辺
 松男の独特な所。微視的なものが巨視的な宇宙に繋がっている。「葉の宇宙はまわる」っ
 て絶対言えないでしょう、せいぜい言えて、葉っぱの上になめくじがいる、でしょう。飛
 躍なんだけど単なる言葉の上の飛躍ではなくて実感を伴っている。渡辺松男の世界観、宇
 宙観に繋がっているのだろう。(A・K)
★微視的から巨視的に転換するというのは、いろんな歌で松男さん試みていますよね。
    (鹿取)
★哲学やった人だからでしょうかね、ものの見方がものすごく深くて。才能ですね。
   (A・K)
★直観的に把握しちゃうんでしょうね。(鹿取)
★表記にもすごく神経が使われている。漢字が少なくて、いかにもなめくじのあかちゃんの
 柔らかさが出ている。(A・K)
★前のひらがなの長い部分が「葉の宇宙」の漢字で引き締まりますね。(真帆)
★「まわる」の動詞がすばらしい。「葉の宇宙の上に」とかしちゃったら全然つまらない。
 ただ葉っぱの上にいるだけになっちゃう。しかし渡辺さんのは葉の宇宙が回っている、動
 きがある。単に観念的に微視的宇宙を巨視的宇宙に繋げているんじゃなくて実感がある。
 こんなふうに動詞は普通は使えない。(A・K)
★小さななめくじをうたって、ダイナミックですよね。(鹿取)
★「なめくじのあかちゃんの角ぴくぴくとかわいいよ」ってほとんど男の子の言葉みたいで
 すよね。なんか少年が見ているような。それでスーと入ってくるんだけど、「葉の宇宙は
 まわる」って言 われるとがーんっと来る。恐れ入りましたという気がしちゃいますよ
 ね。(A・K)
★幼児性とか、女言葉で語るとか、穂村弘さんもやっていらっしゃいますが、穂村さんのそ
 ういう言葉づかいについてはA・Kさん、どう思われますか?松男さんとはよって立つと
 ころが違うんでしょうか?(鹿取)
★穂村弘は作歌意識が強い。もちろん渡辺さんだってそれが無い訳じゃないけど。穂村さん
 のバックにはいつも今生きている社会があるような気がする。渡辺さんは今という時間を
 外した所に存在しているような気がする。少年の言葉も幼児の言葉も何も考えずに使って
 いる訳ではもちろん無いけど、現代とか作家とかとは別にそういう言葉を使っていらっし
 ゃる。穂村弘は頭のいい人だから現代という時代を意識して歌っていらっしゃる。「ゆひ
 ら」とかあったじゃないですか?嫌な言い方だけど「ああ、やってるな」って感じがす
 る。渡辺さんはやってるなって感じがまったくしない。そこが人間の深さかなあと。小手
 先では絶対うたわない気がする。穂村さんは社会的とか現代とかいつも意識しながらうた
 ってらっしゃる。だから幼児言葉も女言葉もこの場合必要なんだと考えて使っていらっし
 ゃる。「なめくじのあかちゃんの角ぴくぴくとかわいいよ」って幼児言葉だけど渡辺さん
 が実感として思っていらっしゃる。短歌は事実だけにつかないで虚をうたっていいと思う
 んだけど、実を超える虚ならいいけど実を超えない虚はつまらない。渡辺さんの歌は一見
 虚のように見えても虚ではない。実感で歌っている。作歌方法とかテクニックとか小手先
 でなさらない方のように思える。横尾忠則の絵も似ている。誰かが言っていたけど芸術家
 はみんな幼児性を持っているって。(A・K)
★その幼児性ということについては、「かりん」2010年11月号の渡辺松男特集で、坂
 井修一さんが「汎生命と人間」という評論の中で少し触れられているので、その部分を紹
 介します。
 【渡辺のことばは、どの作品の中でも知的な幼児性をまとってたあちあらわれる。これ
 は、いま述べた彼の自然観・人間観からしてとうぜんのことだろう。自然はほんらいおお
 らかな幼児性をもつものであり、同時にそのことは、今の人間社会にあっては高い知性を
 もって洞察しなければならないことなのだから。/ある人が知性と幼児性をともにたかく
 もつことができたとしても、そのことは、その人が芸術家や文芸家としてすぐれた作品を
 生み出すことをなんら保証しないだろう。渡辺松男の多くの作品は、現代短歌としてとく
 にすぐれたものだが、ではいったい、その根拠とはなんだろうか。】
★渡辺松男と向かうときはこっちが問われるんだと思う。損得とかせこい考えから解き放さ
 れる。(A・K)
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馬場あき子の外国詠 57 中欧  414 

2022-07-27 11:57:35 | 短歌の鑑賞
  馬場あき子の外国詠57(2012年10月実施)
    【中欧を行く カレル橋】『世紀』(2001年刊)P116~
      参加者:K・I、N・I、崎尾廣子、鈴木良明、曽我亮子、藤本満須子、
         渡部慧子、鹿取未放
     レポーター:崎尾 廣子 司会と記録:鹿取 未放

414 羊のやうに群れて歩める小さき影カラードにして金持われら

       (レポート抄)
 人種はコーカソイド(白人)、モンゴロイド(黄色人)、ニグロイド(黒人)に大別されている。旅の同行者達がガイドの後についてひとかたまりとなって歩いている姿が目に浮かぶ。(崎尾)

      (当日発言抄)
★この作者は、旅の都度、小柄、カラードの歌をよく作っていますね。(鹿取)
★大聖堂の高さ、壮大さと比べて、その下を歩む人間の小ささを表している。迷わないよう
 にくっついて歩いている。「金持われら」は金持ちである自分たちを皮肉って歌ってい
 る。自虐的に。(藤本)
★ずいぶんと卑下した歌だが、それは矜持の裏返し。(曽我)
★下の句は考えようによっては重い。人種のこととか金持ちとか重いテーマを軽く詠んで
 いる。影、カラード、金持ちとカ音で繋いでいるのが面白い。軽いリズム感が出ている。
  (鈴木)
★黄色人種は実際にカラードとして差別されている訳で、それはやはり重いこと。またチェ
 コという貧しい国から見たら、個々人の違いを超えて外国旅行に来ている日本人はみんな
 金持ち。重いことがらを鈴木さんがおっしゃったように軽くいなして歌っている。アフリ
 カへ行った時もカラード、金持ちについては歌っていて、後ろめたさなど複雑な思いを抱
 えている。建物の外か中かの解釈はいろいろ出たが、聖堂を出て、聖堂に沿って歩いてい
 る場面というのが私の感じ。中にいたら影とは歌わないと思う。西洋人に比べて背が低い
 ので「小さき影」になる。羊のように調教されておとなしく歩いている日本人。そういう
 自分たちの影を見ながら複雑な苦さを噛みしめている。その苦さをカラードというような
 語ではね返しているような感じ。(鹿取)

    (後日意見)(2020年5月)
 日本人が小柄であることについて、馬場はこんなふうに歌っている。1首目はスペイン旅行、2、3首目はアフリカ旅行に取材した歌である。(鹿取)

ジパングは感傷深き小さき人マドリッドにアカシアの花浴びてをり
   群れて行く日本人の小ささをアフリカの夕日が静かにあやす
   モロッコのスークにモモタローと呼ばれたり吾等小さき品種の女
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