かまくらdeたんか 鹿取未放

馬場あき子の外国詠、渡辺松男のそれぞれの一首鑑賞。「かりん」鎌倉支部の記録です。毎日、更新しています。

馬場あき子の外国詠 69、70 スペイン①

2024-07-21 10:14:24 | 短歌の鑑賞
 2024年度版  馬場あき子の外国詠8(2008年5月)
     【西班牙 Ⅰモスクワ空港へ】『青い夜のことば』(1999年刊)P48~
     参加者:N・I、M・S、H・S、T・S、藤本満須子、T・H、
           渡部慧子、鹿取未放
     レポーター:H・S まとめ:鹿取未放


69 イベリア航空の小さな窓からみるだけのモスクワ空港のかなとこ雲よ

       (まとめ)
 モスクワではトランジットだったのだろう、空港しか詠われていない。ここは飛行機の窓から見ている場面。かなとこは、上が平らになっていて、金槌を受ける台。よって、かなとこ雲は、入道雲の一種だが雲の先端が平らになったものをいうらしい。
 かなとこには日露の過去の関係に関わる何か、あるいは圧政や粛正にかかわる何かの暗示があるのだろうか。(鹿取)


        (レポート)
 旅客機の窓はなぜか小さい。その小さな窓からロシアの広大な大地高くに湧く雲が目に入る。かなとこ雲である。かなとこという言葉から想像する雲の姿は厚く角張っている。(H・S)


70 肥えて思ふエステ日本やさしけれ精神はかすか無に近づくを

      (まとめ)(2015年10月改訂)
 「エステを受けて気持ちよくなった」歌という意見が出たが、68(歴史の時間忘れたやうな顔をしてモスクワ空港にロシアみてゐる)、69(イベリア航空の小さな窓からみるだけのモスクワ空港のかなとこ雲よ)、72(モスクワ空港彼方の疎林に雪降るころ降りたしツルゲーネフを恋びととして)のモスクワ空港の歌に挟まれた歌であるから、それは違う。ロシアの若い人はスリムな体型が多いが、中年以降は太った人の割合が日本よりかなり多いようだ。空港に肥えた体型の人を見ての感慨だろうか。95年当時ロシアの市場に物が無くパンや肉を買うために行列している映像をよく見せられたが、あるいはそういう情景を思い描いての感想だろうか。初句の「肥えて」は自分を含めた日本人のことだろう。飽食の果てに肥えた日本人が暇にあかせてエステに通ったりしているがそれは何となく恥ずかしいことだ。美容にうつつをぬかしている間に、精神の方はだんだんと無に近づき考える力を失いつつあるようだというのだろう。もちろん「肥える」も「エステ」も比喩であって、実際にエステティックに通っているかどうかが問題なのではない。精神の力を失いつつある日本に警鐘を鳴らしているのであろう。結句の「を」は深い深い詠嘆である。
 この歌を読んで、東京大学大河内総長の有名な言葉「肥った豚よりも痩せたソクラテスになれ」を思い出した。(1964年卒業式の式辞として流布されたが、実はこの部分は大河内のオリジナルではなく大河内がJ・S・ミルを少し間違って引用したもので、しかも式当日は読み飛ばされて誰も聞いた人はいない云々という面白い記事を最近読んだ。東京大学教養学部長石井洋二郎氏の「平成26年度教養学部学位記伝達式式辞」である。なぜ「肥った豚よりも痩せたソクラテスになれ」が流布したか、ミルの原文なども引きつつ書かれていて面白い。興味のある方はぜひお読み下さい。)(鹿取)

 
     (当日意見)
★レポーターは「やさし」の意味を現代語の優しいと勘違いして解釈されています。
 (その部分のレポートは長いので省略)。古語の「やさし」の第一義は「身がやせ
 細るようだ、たえがたい、つらい」です。 手元の旺文社古語辞典第9版には〈世
 の中を憂しとやさしと思へども飛び立ちかねつ鳥にしあらね ば〉と山上憶良の貧
 窮問答歌の反歌が例にあがっています。だから馬場のこの歌も日本のことを「身が
 やせ細るようにつらく」思うけれど、という意味でしょう。いわば「肥えて」「エス
 テ」「やさしけれ」は縁語みたいな関係で繋がっている訳です。シビアーな問題を扱
 っているんだけど、それをおかしみのオブラートにくるんでいる。「肥えた日本を身
 がやせ細るようにつらく思う」っておかしいでしょう。(鹿取)


       (レポート)
 飽食の海がある。外見にこだわる人。そこにエステがある。いたれりつくせりの日本の今がある。その優しさが考える力を削いでゆく。「を」に警鐘の深い余韻を残す。(H・S)


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 馬場あき子の外国詠 68 ... | トップ | 馬場あき子の外国詠 71 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

短歌の鑑賞」カテゴリの最新記事