Mr.Dashのぶろぐ館

奈良・大阪・日本アルプスの山々が大好きな、Mr.Dashのブログです。

2020年10月3日(土) [六甲]宝塚からの逆縦走。1回目は塩尾寺~最高峰~記念碑台

2020年10月05日 | 山登りの記録
■メイン写真
兵庫県レッドデータランクBに指定されている珍しいフクオウソウ


■今回のコース
塩尾寺→岩倉山直下→大谷乗越→船坂峠→水無山→石の宝殿→六甲最高峰→ガーデンテラス
→記念碑台→六甲ケーブル山上駅


10~12月で3回に分けて、六甲山系を宝塚から須磨まで「逆縦走」する。
今回はその1回目。須磨から宝塚へ向けて歩いたことがある人は多いだろうが、
逆向きはどうような風情があり、どのような困難があるのか。楽しみだ。



起点となる塩尾寺。
室町時代、12代将軍足利義晴のころ、悪瘡を患った老女が中山寺に熱心に参ったところ、
夢のお告げで、武庫川にある大柳の下に湧く霊泉で湯浴みしたところ、病が癒えた。
大柳に「柳の観音」「塩出観音」とよばれる観音像ができ、お寺も建てられた。
これが現在の塩尾寺になったという。



寺の入口の左手が登山口だ。



全山縦走路は道標も充実。トレラン愛好家の姿もたいへん多い。
砂山権現の鳥居で安全を祈り、岩倉山直下、譲葉山のを過ぎ、岩原山への分岐を過ごす。
今日はロングルートなので、脇の小ピークにいちいち寄っていられない。



ツルリンドウが咲く。



秋はキノコの季節でもある。道中、いろいろなキノコがあった。



アセビ群落を抜ける。



大谷乗越で舗装道を渡る、このあとは急登だ。



電波塔が建つ大平山を南側から巻く途中、景色がパッと開ける。
池田、伊丹、西宮、大阪市街などが一望できる。



ふたたび山道に入る。短い急登が次々に現れるようになる。



ほどなく南側の眺めが広がる。写真は甲山。



船坂峠。ササに覆われた清水谷道が出合う。



ザレた風化花崗岩の急坂。こういうのが何ヶ所か出てくる。



ツリバナ。



コウヤボウキ。



石の宝殿で昼食をとった。
六甲山神社(むこやまじんじゃ)と、神社の名がついているが、もともとは巨石信仰の
場所で、慶長18年(1613年)に雨乞いのため石の祠が建てられたもので、どこの神社にも
属していない。
中世に、白山修験の山伏が開いた修験道の霊山とも言われるが、符合するように
六甲山神社の祭神は、加賀白山の白山比咩神社と同じく菊理媛命である。
また、六甲山神社は白山の宮(しらやまのみや)とも呼ばれている。
なるほど鳥居の形が神道ではなく、修験の結界と同じデザインだ。



フサフジウツギ。車道脇にたくさん咲いていた。



一軒茶屋に着くと、新しい公衆トイレの建設が始まっていた。
どんなのができるかな。



六甲最高峰近くに多く見られるアキグミ。



六甲最高峰葉ハイカーでいっぱいだった。山頂から、ガーデンテラス方面を見る。



アキチョウジ。



ヤマジノホトトギス。



何度となく車道を横断しながら、、小ピークを越えていく。
小さなアップダウンの連続に、体力が徐々にそがれていく。



ガーデンテラスに到着。いきなり俗な空間に放り込まれる感じ。
とはいえ、みやげ物を買えたり、ジュースを飲めたりできるのがいい。



みよし観音。
昭和39年、伊丹発徳島行の日東航空旅客機が、尼崎市の田能遺跡に墜落した際、
乗客7人を救出し、8人目を救出しようとして機内に入った瞬間、旅客機が爆発し、
殉職したスチュワーデスを讚えるために作られた。
建立当時、女優の吉永小百合さんらが「みよし観音賛歌」を寄せたという。



六甲山ゴルフ場の横を通る。玉よけのネットで囲まれた道を行く。
金網越しにアケビがたくさん実っていた。



六甲山小学校近くに立つ「この辺りが六甲山上のほぼ中心になります」の標識。



今回のゴール、記念碑台の下にある六甲山ガイドハウスを経て、六甲ケーブルで下山。
歩数計で計測していた人によると約30,000歩。ご参加の皆さん、がんばりました!
こうした経験が、あこがれの日本アルプスへの縦走などにつながっていくはずだ。

次回は記念碑台から摩耶山を越えて鵯越までの計画だ。

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