でこぼこ道を歩いて  (クッキーの日記 )

中1に五月雨登校から不登校へ
中2の2学期に復学、でこぼこ道を歩きながら大学生になりました

中2 8月 不登校中 ①夏休み

2011-12-13 10:46:52 | 中2 不登校

 夏休み中の為、息子は不登校であることを忘れたように元気です。

毎日、ご近所の友達と遊びます。必ず携帯とPSPとカードゲームをバッグ入れ出かけます。

友達は大抵2時頃誘いにきます。ちゃんと午前中に夏休みの宿題を済ませています。

 

息子は自分が学校に行っていないことは言っていません。「学校の話する時どうしてるの?」と聞いたことがあります。

学校の話をする時は、少しでも行っていた時のことを話「いい学校やで。」と。だったら何で行かないのと言いたい、でも行けない息子。

もちろん勉強の話はしません。友達は公立ですので自分の学校は校則が殆ど無いので自由やと。自由を完全にはき違えています。自己責任の重さをわかっていません。

 

学校の友達5人とプールに行くと言います。「え~、海パンなんか無いよ。買いに行かな」息子の学校は授業に水泳はありません。

海パン買いになど行きません。母に「何でもいいから買ってきて」です。もう親と買い物など行きません。息子の洋服や靴を買うのも母がだいたい見繕って買います。

靴やズボンは履いて欲しいのですが、なにしろ背ばかり伸び細~い息子いつも苦労して探します。

 

家でゴロゴロしているだけでも成長期は伸びるのです。只今172cm.51kg  なんと羨ましい母は

 

当日、8時前には起きました。いつも11時位にならないと起きないのですが勝手なものです。楽しい事がある時は起きるのです。

「海パン履くいていくねん。」母はきっとパンツを入れていくの忘れるだろうなぁと思いましたが、言いません。

 

帰宅後、焼きすぎて真っ赤です。元々色白なので少しは精悍さも出て逞しくみえるかな

やはり、パンツ忘れましたしかも定期まで忘れ無駄なお金を使う羽目に。今までの母でしたら出かける前に必ず言っていました。

持ち物はいちいち入っているかなどなど。

 

息子もうるさいと思いながら聞いていたのですが、ひとつ経験できました。自分で忘れたから母のせいには出来ません。自分の責任です。

干渉しないとはこういう事なのです。(ほんの小さな事例です) これからは、忘れないよね。

 

 

 

 

にほんブログ村 子育てブログ 不登校・ひきこもり育児へ
にほんブログ村


中2 7月 完全不登校中

2011-12-08 17:44:46 | 中2 不登校

学校

息子は、1泊2日の小旅行、勉強ではないのでもしかしたら行くのではと思いましたが行きませんでした。

学校の友達には、「ゲームできないから行きたくない。」と言っていたそうです。息子の中にゲームの比重は、大きくなっていたのです。

ゲームは、息子のストレスのはけ口です。学校よりゲームを選んでいますが母は、それを息子の本心とは到底思えませんでした。

 

家庭

家庭ノートをつけ始め2週間が経ち、やっと要領よくノートに書き込みが出来るようになってきました。

今までの楽しい不登校生活を変えていかなくてはいけません。

 

息子に不登校の生活を考えさせる必要があるからです。楽しい不登校生活では自分の問題を所有できません。

ですから、現状の生活を問題とはせず、自己中心的な生活をしているわけです。

 

息子の場合、怠け心が自分を強く支配してしまい、自分にとって楽しい事のみに行動するようになっていたのです。

息子の性格から来るもの、親の過干渉、親の子に対する年齢相当な対応が出来ていなかった事(何時までも小さな子のような扱いをしている所がありました。)

母の過干渉は息子の自立をとても妨げるものでした。先回りばかりして息子に考えさせることが出来ていませんでした。

 

家庭ノートをつけることで私自身、こんなにもある。毎日同じ様な事ばかり言っている。文字にすることで、よく判りました。

例えば、朝起こすにしても何度も起きるまで起こしに行っています。息子は早く起きてもする事は無いので起きません。

 

それでも、やかましいぐらいに何度も起こしに行き、「うるさい!うっとおしい」と言われても起こします。

バカな母親です。学校に行こうとしないのに昼夜逆転が酷くならないようにと考えてしまうのです。

 

でも、よく考えると息子は友達と約束している時は何時に寝ようが自分で早くても起きれるのです。本人の意識の持ち方でいくらでも変れるのです。

 

親、発信しない。過干渉を無くすことから改めていきました。でも14年もこのスタイルで子育てをしてきましたので直ぐに変るのは難しいです。

日々、意識していかないと『つい』出てしまいます。あ~またやってしまった失敗の繰り返しです。所謂『ついつい気』に入っています。

 

でも、水野先生に週3回の電話カウンセリングを受けながら理解できない点は、質問し納得しながら進めていきます。

支援を受けていると、一人で悩むことはありません。心の拠所が有り、上手く出来なくても次はこうすればいいと理解しながら前に進んでいけます。

 

 

 にほんブログ村 子育てブログ 不登校・ひきこもり育児へ

にほんブログ村


中2 6月 完全不登校中

2011-12-04 12:13:15 | 中2 不登校

今月も、とうとう1日も学校へ行けませんでした。朝の起床時間もばらばらです。

担任の先生から6月6日に電話があり様子を見たいと。授業のプリントや宿題がたくさん溜まっています。それも持って行きたいと。

様子は、何も変りません。楽しい不登校状態です。親も学校に行けとは言いません。好きな時間に起き好きな時間に寝て、ゲーム三昧、お風呂も入りません。

 

担任の先生が日曜日に家庭訪問に来られることことを伝えると「明日、学校行くから起こして。」こんな言葉、久しぶりでした。

少しは期待しましたが、やはり同じでした。8時に起きましたが、学校に行く気配は全く無く「パソコンつけて」でした。母は、病院へ行く時間でしたのでパソコンをつけず家を出るとまた寝てしまいました。

パソコンはパスワードを変えていたのでできません。オンラインゲームをさせないようにしていました。

 

日曜日、担任の先生は、お休みの中わざわざ家庭訪問にいらしてく下さいました。申し訳ない気持ちで一杯です。

ふたりで外に出てご近所をくるりと回ってきたようです。息子に「毎日、何してる?」とか犬のことを聞かれたりと当たり障りの無い話をされたようでした。

息子は何を思うのでしょうか?こんなに学校へ行っていない息子なのに学校の友達からの連絡は途絶える事無く時々遊びに行っていました。

不登校になると学校の友達もだんだん疎遠になると聞いています。

息子のどこがそんなに良いのでしょうか?ゲーム友達として見ているのでしょうか?不思議でした。

 

母は、息子はもう学校に行けなくなっていると思いました。ずるずると楽な方へ楽な方へと逃げています。

「学校どうするの?」「わからん、もう手遅れや!どうでもいいわ。」 とうとうこんな言葉が出るようになってしまいました。

 

母は焦ります。何とかしなくては、親の力ではもうどうすることもできません。たくさんのサイトを開きます。気になるものは再度見れるようにお気に入りに入れておき吟味しました。

情報がたくさん有りすぎてどれを信じていいものか、迷いに迷いました。

 

そんな中、中学受験の時から見ていたサイトの中に不登校を克服された方がある支援機関によって救われたことを書かれていました。

すぐに貼ってあるリンクを開きHPを見ました。その時に始めて母の過干渉が要因のひとつだと確信しました。

そうです、息子はずっと母の指示待ちで動いていたようなものです。指示、命令ずっとしてきました。

一人っ子ゆえに甘やかしてはいけないと何事も厳しく、口うるさく接してきました。

 

家庭を直していく、親が変われば子も変るこの言葉にすごく納得しました。すぐに相談メールを送りました。返信も早かったです。担当が理事の水野先生にはならないかもしれない事も記載されていましたが、一応水野先生とお話できる時間があり、その日にすぐ電話し直接話しました。

とても分かりやすくお話いただけました。一番気になっていた息子を公立に変えるべきか、元の学校に返すべきか

水野先生は「学校を変ったからといって不登校は直りませんよ。息子のプライドもある。」そうです、息子のプライドの高さもあるのです。

いろいろとお話し、主人とも相談した上で支援をお願いするか後日お返事することにしました。

 

私の気持ちは決まっていましたが、主人はなんと言うだろうか?駄目と言われても絶対に支援を受けようと決めていました。

主人にお願いしました。最後の手段と思って支援を受けて欲しい、家族が協力してやっていかないと出来ないこと、費用のことなど。

「もう○○は、私たちの力だけでは元に戻せない。このまま見て置くなんてとても出来ない。お父さんも嫌でしょ、こんなに変わってしまった子供を見るのを。」

「おまえに任す。」嬉しかったです。父親の協力なしでは出来ません。

 

6月15日から支援開始のになりました。必要書類と一緒に今後のバイブルとなる本「転ばぬ先の家庭教育~中学生編」を送って頂きました。

難しい言葉もありましたが、わかりやすく書いてあり、一気に読んでしまいました。もちろん主人にも読んでもらいました。

毎日、家庭ノートをつける日々が始まりました。もちろん息子に知られてはいけません。

常にメモを用意して会話を記入しておき後でノートにまとめて記入する形を取りました。

1週間分の家庭ノートを送り、添削していただきます。

始めて返ってきたノートーは、赤ペンだらけでした。ここから親、子の性格も把握して頂けます。

家庭がそれぞれある様に、先生の対応も家庭によって違いますので、その家庭にあった対応をして下さいます。

この日から息子の復学できる日を目指して、母も気持ちを切り替え前に一歩踏み出しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

にほんブログ村 子育てブログ 不登校・ひきこもり育児へ
にほんブログ村


中2 4月~5月 完全不登校へ

2011-12-01 14:32:07 | 中2 不登校

4月 登校2日 遅刻3回5時間目から。

朝、起こすと苦しい顔をする、それでも起きてこれる日は、登校できました。

昼夜逆転の日々、部屋にはバリケード、ゲーム三昧。

 

2年生の担任は、1年生の担任と真逆ほど違うタイプ。バンバン詰め寄ってくる感じの先生、すごくわかり易いはっきりした先生。

親としては、先生らしい先生で喜ばれるタイプであろう。しかし息子にとっては苦手なタイプ。

学校に休みの連絡を毎回、体調不良と出していた。その為担任から「いったいどうなってるんですか!」とお叱りを受け

 

「勉強嫌いな子は、うちでは無理ですよ。」とまで言われ、それでも親は何とか置いといてもらいたい気持ちを伝えるだけで精一杯。

母「籍だけ置いといて下さい、お願いします。」まだ、なにも決まっていません。どうしていいかも分からないのが正直な気持ちでした。

 

担任から「学校に来れる日に連絡下さい。」きっと担任も1年生の時の様子を聞き、学校に来るのは無理だと思ったに違い有りません。

こう言われて情けなく、何も出来ない自分に腹立たしい反面どこかで「もう連絡しなくていい」と思うとホッとする自分がいました。

 

母は、市の教育相談に通っています。しかし解決策は何ひとつ有りません。ただただ母の話を聞いてくれるだけです。それでも気持ちは少し楽になりました。

 

 

5月 完全不登校 出席日数0回

息子は、もう朝、起きれなくなりました。友達と約束してても、楽しい事があっても。そんな日の前日は、必ず「起こして!」と

 

中間テスト前、担任からの電話で「ずっーと来て無いからテスト来なくていい」 息子「テスト行きます。」

やっぱり、起きれなかった。友達にメールしてテストに出るところファックスしてもらったのに。

起こすと必ずのように『うるさい、うっとしいねん、死ね。』 息子自身が『もう起きられへん』と。何がそうさせてしまったのか

 

ゴールデンウイーク明け、市の教育相談へ。

心療心理士「学校行ってるのと同じように対応して下さい。もう何十年も行けなくて引きこもっている子もいます。息子さんが行動を起こすまで待ってあげてください。」

何年待てば息子は学校に戻れるのでしょうか母は、これ以上は望めないと思い、相談に行くことを止め、新たな方向を探し始めます。

息子には「お母さんは、○○が学校に行きたくなるまで待ってるわ。」と伝えました。息子は黙ったままでした。

 

ネットをたくさん検索しました。この頃寮のある学校または寮のあるフリースクールをとにかく探しました。

何故、全寮制か?それは、この息子を変えるのには、親の甘えから遠ざけなくては治らないのではと考えたからです。

フリースクールなら学校に籍を置いたままでも行けるでも費用はダブルですごい料金が必要となる。

ためしに息子に「フリースクールってあるけど、ずっと家に篭もってても仕方ないし、気晴らしに行って見ない。」 息子はケンモホロロに「いらん」の一言でした。

 

やっぱり無理か。公立に変れば行かない状況でも毎月の授業料は少しで済む。親の都合で強制的に変らすか

 

主人は、「どっちにしても行かへんのやから、このまま置いとけ。金はもったいないけどもうええわ。」

あきらめの気持ちが主人の中に強くありました。母は、何とかこの現状を打破したかった。諦めたくなかった。

主人にも息子と正面から戦って欲しかったのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

にほんブログ村 子育てブログ 不登校・ひきこもり育児へ
にほんブログ村