息子は、小4の夏休みから中学受験塾に入りました。
本人の希望でしたがレールを引いたのは母親です。
『私立に行けば実験もいっぱい出来るし、難しい事や変わった事が教えてもらえるよ 。』
この頃の息子は好奇心旺盛な子でしたので興味を持ったことには、とことん填まる子供でした。
小5から塾のペースについていけなくなり、宿題はさぼり気味になりました。でも学校の宿題はきちんと提出していました。
転塾を考えましたが、『塾や先生にも慣れ変わるのは嫌だ』と言われそのまま通塾する事に。
辞めたいと一度だけ言いました。5年生の3学期頃です。成績も志望校にはぜんぜん届いていません。
でも、やっぱり第一志望校に行きたいと。
母も子も後に引けない状態。6年の夏休みに入れば嫌でも本気モードになるだろうと。
6年生になると、塾主体の生活です。長い時間勉強しています。この頃から塾に行く前になると『お腹が痛い』と言う様になり遅刻が増えてきました。
でも、学校には、きちんと行っていました。サッカーも辞め、英会話も辞め、塾1本にして頑張っていました。
学校で授業妨害的な事をしだしました。受験のストレスがピークにきていたようです。
受験の報告を担任に話しに言った時『他に考えられませんか?』と。今思うと息子のストレスの大きさを心配なさっていたのではと思います。
地元の中学は市内の中でもレベルが非常に低く、退屈な授業を受けさせたく無いという親の強い思いがありました。
反抗期に入っていた息子ですが、小さい頃からいわゆる良い子でした。ご近所でも自慢の息子でした。
受検は、第一志望は偏差値が届いていない為にチャレンジはさせず、第二志望なら合格確実と、安心を取りました。
本当は、息子に決めさせるべきなのに、両親で決めてしまいました。
いつも先回りして息子が失敗しないように、怪我しないようにと。手出し、口出ししてきました。
それが息子のストレス耐性の弱さを生んだのでしょう。