執事・メイド・従僕・使用人について。あらゆる作品が対象。出版元の詳細は記事中の作品名をクリック。amazonに行けます。
執事たちの足音
帝国ホテルで考えた ― 人を使うこと、人に仕えること。
〔下記よりご希望の時間をお選び下さい。〕
6:00~6:15 6:15~6:30 6:30~6:45 6:45~7:00 7:00~7:15 ………
これ、何のタイムテーブルだと思いますか?
答えは帝国ホテルのルームサービス・朝食ご注文カードに記載されている「朝食お届け希望時間」です。
時刻は、15分刻み…。
この15分ごとのタイムテーブルが10:00まで続きます。
希望の時間帯にチェックを入れるのですが、朝食は11:30まで受付けているので、10時以降に朝食をとりたい人のために手書きで希望時刻を記入する欄もさらに別枠で用意されていました。
帝国ホテル・クリーニング・シリーズで実際に帝国ホテルに泊まった夜、ベッドに寝っ転がって、この朝食注文カードを読みながら、ふぅと息をつきました。
「テキトーな時間に、ってのは、無いのか…」
人に何かを頼む、人を使うというのは、タイヘンな事なのだと思う。
自分が望む通りのことを他人にしてもらうには、いつ、なにを、どのように、どのくらいして欲しいのかを正確に伝えて、相手に理解してもらわねばなりません。
卵料理はフライにするのか、それともスクランブルか、ポーチか、ボイルか、ボイルなら何分茹でるのか?
パンはどうする? ホワイトトーストか、ライトーストか、クロワッサン&ブリオッシュか? シナモン、ホールスィート、イングリッシュマフィン、コーンマフィン、デニッシュペストリー…
「明日の朝は洋画みたいに、ベッドの上でブレックファーストだわぁ~うふふん」
最初はウキウキしていたワタクシ。しかしチェック項目を読むうちに、
「…面倒くさい…」
ぐったりして、ついにペンと注文カードを脇へポイ。
ベッドに仰向けになって、つらつら考えた。
「お客さまのご要望に応える」 それがホテルの仕事だ。
だからホテル側は、まずお客さまに「ご要望」を訊く。
そうしなければ、仕事が始まらない。良い仕事がしたくても、出来ない。
それは分かっているんだけど…正直いうと、煩わしい。メンドーだ。
何故なら、頭に浮かびもしなかった「ご要望」を問われて、決めなくちゃならないからだ。
出されたものは何でも残さず美味しく頂きなさい、とお母ちゃんに言われて育てられてきたしなぁ。
きっと、ここが「ホテル」だからだろう。
細かいご要望を問われて、うっとうしく感じてしまうのは。
これがお屋敷で、私が主人だったなら、ご飯の炊き加減を毎日わざわざ使用人に伝えなくても、好みのやわらかさに仕上がったご飯がわたしの茶碗に盛られることでしょう。(そういう使用人を雇いたいものです)
それが出来るのは、生活する上でのわたし(主人)の「好み」が、「習慣」となっていて、その「習慣」を使用人が把握しているからですね。
こちらの「好み=習慣」を知らないホテルはだからこそ、訊いて、訊きまくって、仮宿の主人の「好み≒ご要望」に応えようとする。
「要望にすべて応えてくれる」心地よさと、「言わなくてもやってくれる」心地よさは、ちょっと、違う。
そう考えると、P.G.ウッドハウスが創り上げた執事ジーヴスのような、「言わなくてもやってくれる」使用人をそばに仕えさせる価値がつくづく分かる。
主人が目覚めた「きっかり二分後に」お好みの紅茶を入れたカップを手に「ふわりと部屋に入ってくる」 その受け皿には「一滴たりとも茶はこぼれていない」
こんな絶妙のタイミングで美味しいおめざの茶を言わなくても出してくれるのなら、ジーヴスの主人バーティならずとも「一日の始まりに大きな差がつくというものである」と断言したくなる。
使用人、仕える側はどうだろう?
言われなくてもやる、出来る、といっても、やはり最初の頃は主人との間でいろいろ細かい確認作業を行わねばならないでしょう。
その際に、
「毎日、朝食の卵はエッグスプーンで黄身をすくうとたらりと落ちる茹で加減で」
などと細かい注文を出されたとしたら、うへぇ、うるさい主人に雇われちゃったなとその時は思うかもしれません。
しかし習慣として慣れてしまいさえすれば、どうってことない。言われた通りのことをするだけですし、かえって注文が細かく複雑な方が、仕事としてやりがいを感じるかもしれません。
反対に、
「ああ、朝食? うーん、ま、テキトーにヨロシク!」
と何でもおまかせの主人だと、テキトーの範囲がぼんやりしてる分、仕える側としてはやっかいかもしれません。(まあ、結果に文句を言わない主人なら、扱いやすいでしょうけど)
いや、ひょっとしたら、その主人の言うテキトーを、言葉の意味通りに程好く「適当」に仕上げられてこそ、本当に有能な使用人といえるのかも…。
サービスを受ける側も、サービスする側も、けっこうムズカシイ。
そんなよしなし事を、帝国ホテルのベッドに大の字になって、考えたのでありました。
6:00~6:15 6:15~6:30 6:30~6:45 6:45~7:00 7:00~7:15 ………
これ、何のタイムテーブルだと思いますか?
答えは帝国ホテルのルームサービス・朝食ご注文カードに記載されている「朝食お届け希望時間」です。
時刻は、15分刻み…。
この15分ごとのタイムテーブルが10:00まで続きます。
希望の時間帯にチェックを入れるのですが、朝食は11:30まで受付けているので、10時以降に朝食をとりたい人のために手書きで希望時刻を記入する欄もさらに別枠で用意されていました。
帝国ホテル・クリーニング・シリーズで実際に帝国ホテルに泊まった夜、ベッドに寝っ転がって、この朝食注文カードを読みながら、ふぅと息をつきました。
「テキトーな時間に、ってのは、無いのか…」
人に何かを頼む、人を使うというのは、タイヘンな事なのだと思う。
自分が望む通りのことを他人にしてもらうには、いつ、なにを、どのように、どのくらいして欲しいのかを正確に伝えて、相手に理解してもらわねばなりません。
卵料理はフライにするのか、それともスクランブルか、ポーチか、ボイルか、ボイルなら何分茹でるのか?
パンはどうする? ホワイトトーストか、ライトーストか、クロワッサン&ブリオッシュか? シナモン、ホールスィート、イングリッシュマフィン、コーンマフィン、デニッシュペストリー…
「明日の朝は洋画みたいに、ベッドの上でブレックファーストだわぁ~うふふん」
最初はウキウキしていたワタクシ。しかしチェック項目を読むうちに、
「…面倒くさい…」
ぐったりして、ついにペンと注文カードを脇へポイ。
ベッドに仰向けになって、つらつら考えた。
「お客さまのご要望に応える」 それがホテルの仕事だ。
だからホテル側は、まずお客さまに「ご要望」を訊く。
そうしなければ、仕事が始まらない。良い仕事がしたくても、出来ない。
それは分かっているんだけど…正直いうと、煩わしい。メンドーだ。
何故なら、頭に浮かびもしなかった「ご要望」を問われて、決めなくちゃならないからだ。
出されたものは何でも残さず美味しく頂きなさい、とお母ちゃんに言われて育てられてきたしなぁ。
きっと、ここが「ホテル」だからだろう。
細かいご要望を問われて、うっとうしく感じてしまうのは。
これがお屋敷で、私が主人だったなら、ご飯の炊き加減を毎日わざわざ使用人に伝えなくても、好みのやわらかさに仕上がったご飯がわたしの茶碗に盛られることでしょう。(そういう使用人を雇いたいものです)
それが出来るのは、生活する上でのわたし(主人)の「好み」が、「習慣」となっていて、その「習慣」を使用人が把握しているからですね。
こちらの「好み=習慣」を知らないホテルはだからこそ、訊いて、訊きまくって、仮宿の主人の「好み≒ご要望」に応えようとする。
「要望にすべて応えてくれる」心地よさと、「言わなくてもやってくれる」心地よさは、ちょっと、違う。
そう考えると、P.G.ウッドハウスが創り上げた執事ジーヴスのような、「言わなくてもやってくれる」使用人をそばに仕えさせる価値がつくづく分かる。
彼は紅茶のカップをベッドの横のテーブルにそっと置き、僕は目覚めの一口を啜る。完璧である。いつもの通りだ。熱すぎず、甘すぎず、薄すぎず、濃すぎもしない。ミルクの量もちょうどいい。 (『比類なきジーヴス』収録「ジーヴス、小脳を稼動させる」より引用) |
主人が目覚めた「きっかり二分後に」お好みの紅茶を入れたカップを手に「ふわりと部屋に入ってくる」 その受け皿には「一滴たりとも茶はこぼれていない」
こんな絶妙のタイミングで美味しいおめざの茶を言わなくても出してくれるのなら、ジーヴスの主人バーティならずとも「一日の始まりに大きな差がつくというものである」と断言したくなる。
使用人、仕える側はどうだろう?
言われなくてもやる、出来る、といっても、やはり最初の頃は主人との間でいろいろ細かい確認作業を行わねばならないでしょう。
その際に、
「毎日、朝食の卵はエッグスプーンで黄身をすくうとたらりと落ちる茹で加減で」
などと細かい注文を出されたとしたら、うへぇ、うるさい主人に雇われちゃったなとその時は思うかもしれません。
しかし習慣として慣れてしまいさえすれば、どうってことない。言われた通りのことをするだけですし、かえって注文が細かく複雑な方が、仕事としてやりがいを感じるかもしれません。
反対に、
「ああ、朝食? うーん、ま、テキトーにヨロシク!」
と何でもおまかせの主人だと、テキトーの範囲がぼんやりしてる分、仕える側としてはやっかいかもしれません。(まあ、結果に文句を言わない主人なら、扱いやすいでしょうけど)
いや、ひょっとしたら、その主人の言うテキトーを、言葉の意味通りに程好く「適当」に仕上げられてこそ、本当に有能な使用人といえるのかも…。
サービスを受ける側も、サービスする側も、けっこうムズカシイ。
そんなよしなし事を、帝国ホテルのベッドに大の字になって、考えたのでありました。
コメント ( 7 ) | Trackback ( 0 )
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朝食の細かい時間も二度三度行かれましたら、向うが勝手に覚えてくれることと存じます。でも確かに細かく聞かれると面倒くさい!
面倒くさいときはされたら嫌なことだけ伝えられたらいいと思います。卵は生っぽいのが駄目とか、7時には起きるから9時までに朝食を持ってきてくれたらいいとか。そんなもんでいいと思いますね。
ちなみにうちの母が仕事で馴染みのホテルを使ったときは、
母「バスもう出ないの?」
支配人「ほな、出しますわ」
でホテル所有のバスが一台出ました。ちょっとホテル私物化しすぎちゃうん?と突っついときましたが、割とホテルって融通が利きますんで、気楽に使われたらいいと思います。はい。
いやいやいや! 安心どころか、山橘さんのおかげですよ! こんな貴重な体験…きっかけを与えてくださって、心から感謝です!
>割とホテルって融通が利きますんで、気楽に使われたらいいと思います。はい。
今回はちょっと気負い過ぎちゃいました(笑) ブランド名に負けたというか、「なんたって帝国ホテルだ! こっちもちゃんとしなきゃ!」なんて。へへ。
山橘さんの仰るとおりですね。今度はもっと気楽に泊まろうっと。
ブログで書き漏らした体験をひとつ。
午前3:00に眼がぽかりと覚めた。
煙草を吸いたくなった(禁煙中だったのだが、緊張しているのか無性に吸いたくなった)ので、ベル・キャプテン・デスクに電話しました。
煙草の自動販売機は何階にありますか、と訊くと、銘柄を尋ねられ「お届けに参ります。少々お待ちください」
おうっ、届けてくれるのかいと感心している間もなく、ドアのチャイムがピンポ~ン。
「お待たせしました。こちらでよろしいでしょうか?(ニコニコ)」
ぜぇんぜん待ってないよーと思いながら、ふと若いボーイさんのお顔を見ると、わずかに鼻から息をスゥースゥー逃している。額にはうっすら汗が…。
走って来たんだ! この人、走って来たんだ!
しかも、それを隠そうとしてる!
もう何だか、愛おしくって胸がキュウとなって、「ちょっと待ってて下さい」部屋に戻ってバッグの中をさぐり、ドアに引き返した。
「あの、これお礼に。いまこんなもんしか無くて…」
アーモンドチョコレート1粒を渡すと、
「あっは!」身体をのけぞらせてボーイさん「ありがとうございます!」
チョコ1粒でこんなに嬉しい対応してくれるなんて。
こっちが気持ちよくなっちゃいました。
追伸
山橘さんの「ちなみに」話は、いつも面白いっスね~。
面白いと言っていただけたのでもう一個。うちの母はホテルからは「先生」と呼ばれているのですが、美人で物腰は上品(中身は天然…)なのでサービスのお兄さんたちからも人気です。対するわたしは小僧のように小汚い。野猿です。
私「すみません、××の荷物はこちらにありませんでしたか?」
サービス「××先生のお荷物はこちらです。…失礼ですが、先生とはどういうご関係で?」
私「母ですが」
サービス「え!」
正直、いつでも無表情のサービスがあそこまで驚くとは思いませんでした。硬直した白手袋から荷物をひったくって逃亡しましたが、彼はいつも「先生」の周りをちょろちょろしていた私を何だと思っていたのかが激しく気になります。
ところでこんな本を見つけましたので、ご報告です。
http://webcatplus-equal.nii.ac.jp/libportal/DocDetail?txt_docid=NCID%3ABA63575532
『明治日本の女たち』アリス・ベーコン著
召使いの生活という章があります。惚れ惚れする車夫の話から、日本人の召使いの使い方まで、実体験に基づいて、愛情をもって書いてありました。
見かけられたらこの章だけでもどうぞ。
ホテルの人から「先生」と呼ばれる美しき母君と、カバン持ちの野猿。
私の中で、謎の山橘家像がふくらみつつあります…。
いまは「あっ、××先生のおぼっちゃま」と呼ばれているのでしょうか(笑)
ご紹介いただいた『明治日本の女たち』、近くの図書館で検索したらあったので、さっそく予約しました!
車夫の話、面白そうですね。はやく読みたい。
「無法松の一生」みたいなのかな…。
>新「プラザ・ホテル」が提供する執事たちの”究極のサービス”
と題した記事が載っております。
>執事たるもの、ベルボーイやハウスキーパーと異なり、チップをもらってはいけない
のだそうです。特筆すべきことはいまこの時が、彼らが「(ホテル付きの)執事道」を、みんなで考え、構築していく過程であるということと、フロリダに執事養成企業の「モダン・バトラーズ国際協会」というものがあるということでしょう。執事付きの邸宅が世界一多いのはマンハッタン界隈というのも、納得。
あとニューズウィークにも宿泊客の快適な入浴をサポートするバス・バトラーとか、そんなに仕事細分化していいのか執事!といいたくなるようなホテル付き執事の仕事がちらっと載ってました。
昔、うちの親父殿に「ホテルで大変な仕事は?」と(おそらく小学校の宿題か何かだったのだと思います。我が家はあまり父親の職について話す家ではありませんでした)尋ねたら、
父「そやなあ…たまに首吊りをバスルームで見つけることかなあ」
とコメントしにくい答えをくれたことがあります。
バス・バトラーにはがんばっていただきたいものです。
うちのパソコンがメンテナンスに出てしまって(戻ってた)お返事遅れてました。
またまた嬉しい情報をありがとうございます!
さっそくクーリエ・ジャポン44号を読みます!(もう遅いかな~?)
ニューズウィークの「バス・バトラー」の話は面白いですね~。
帝国ホテルで、私は生まれて初めてちゃんとした西洋バスに入りました。もともと風呂好きですが、西洋バスがあんなにゆったり出来る、すばらしいものとは思いませんでした。
じつは泊まる当日、雑貨店でバスソルト(レモンハーブの香り)を買って持って行ったのですよ。
自宅ではいつもバブとかバスクリンなどの庶民的(?)な入浴剤を使っているので「今回はちょっとオシャレに」なんて思ったんですな。
西洋バスの良さを知り、一度入ったら皮がふやけるまで浸かる私としては、お風呂タイムを充実させてくれるバス・バトラーは、居てくれたら嬉しいサービスですね。確かに「執事」と言うには、細分化しすぎの感がありますが(笑)
その日のお客さまの気分や体調に合わせて、入浴剤を調合したり、気持ちのいい音楽を選曲したり。
ああ、何だか自分がしてみたい、バス・バトラー。
でも、首吊りをみつけちゃうからなぁ。
親父殿、「たまに」って…(笑)
(http://www.modernbutlers.com/)
企業向け、ホテル向け、民間向けと様々な執事を養成するようですが・・・確か4週間コースのような・・・
民間コースではヨットの操縦も覚えるそうですよ♪
バスルームで見つける首吊り・・・
さすがにその対処法までは教えてくれないでしょう。