執事・メイド・従僕・使用人について。あらゆる作品が対象。出版元の詳細は記事中の作品名をクリック。amazonに行けます。
執事たちの足音
イギリス小説は召使から始まった。
先日、大学で英文学の講義を受けたときのことです。
(わたしは昼間仕事をして、夜、大学に通っています)
先生が仰いました。
「いちばん最初に書かれたイギリスの“小説”、これは作品がはっきり分かっています」
ほぉー、そうなんだ。ふぅーん。
睡魔と格闘しながら、心の中でうなずくわたし。
先生が話をつづける。
「スティーブンソンという人が書いた『パミラ』という作品です。パミラというのは主人公の女性の名前です。ある屋敷の小間使いをしていて―」
瞬時に脳内シナプスが「汝、目覚めよ!」とわたしの五感に号令をかけた。
勢いあまって髪の毛が五メートルほど逆立った。
0.2秒遅れて反応したわたしの心がうわずった。
え、なに、いちばん最初に書かれたイギリス小説の主人公って、召使だったの!?
すごい、すごいぞ。誇らしいぞ。うわわわ。
わたしは教室を飛び出して、シュートを決めたサッカープレイヤーのように雄叫びをあげながら校舎の中庭で華麗なステップを踏みました。
いや、ま、心の中でね。
はずむ息を落ち着かせ、静かに教室の席にもどり、ふたたび先生の話のつづきに集中する―。
以下は、そのときの記憶とメモをたよりに小説『パミラ』についての内容をまとめたものです。では、どうぞ。
小間使いパミラのシンデレラ物語
まずは『パミラ』のあらすじ―
《美人で評判の小間使いパミラは、彼女を「ものにしよう」とたくらむ屋敷の若主人からあの手この手の誘惑を受けるが、貞節・純潔を重んじるパミラは主人の邪恋をことごとくはねつける。
(あわやという場面ではなぜか必ず気絶して難を逃れる。)
パミラの純真さに心を打たれた若主人は改心し、パミラを正妻に迎える。
最初は身分違いの結婚に反対していた若主人の姉も、パミラの清い心に感動して彼女を一族に迎え入れる。嗚呼、めでたし、めでたし。》
いわゆるシンデレラ・ストーリーですね。
さまざまなタイプの小説が楽しめる現代の目からすると「なんだ、そんなの…」とつい侮ってしまいがちです。
が、しかし。
『パミラ』で初めて主人公の内面描写が描かれたという事実を知れば
「すべての小説はこの作品から始まったのか」と驚くばかりです。
『パミラ』が発表された1740年以前にも、
“小説”と呼ばれる物語はありました。
しかしそれらは、伝説の王や騎士の英雄譚、高貴な美姫とのロマンス物語でして、
主人公の行動―どのような武器と知恵でドラゴンと戦い、救出したお姫様にどんな愛の言葉を捧げたのか―は描かれていても、内面心理―主人公が何を悩み、葛藤し、また克服し成長していったのか―は描かれていませんでした。
つまり主人公の「人間性」はまったく描かれていなかったのです。
『パミラ』は書簡小説です。
故郷の父母宛ての手紙の中で打ち明けるパミラの言葉に、パミラという名のひとりの小間使いの苦悩や喜び、そこに主人公の「人間性」が語られているのです。
そこが、この作品が“小説の始祖”とされる所以です。
(内容は『ご主人さまから言い寄られて困ったわ、どうしましょう、神さまどうかお導きを』の連続ですが。)
なぜ『パミラ』が書簡形式になったかといいますと―
作者リチャードソンは印刷業を営んでおりました。
あるとき本屋から「手紙の書き方」のハウツー本を書かないかと依頼された。
リチャードソンは手紙を書き方だけでなく、その基礎となるものの考え方や手本とすべき身の振舞いもいっしょに示そうと提案した。
あれこれ手紙の主題をさがすうちに、
「美人の女中がご主人からの誘惑を受けた場合」のアイデアが浮かんだ。
この着想が『パミラ』が書間小説となった元です。
リチャードソンは印刷屋の丁稚奉公からこつこつと仕事を続けて、
すえには政府の刊行物を引受けるほどまでに成功し、
さらに初めて書いた小説が大ヒット。
まさに「頑張れば報われる」を地でゆくような御仁です。
いっぽう、『パミラ』の大評判を憎々しく思う人物がいた。
当時人気のあった劇作家のヘンリー・フィールディングです。
フィールディングは『パミラ』が出版されたすぐにあとに、
『パミラ』のパロディ作品『シャミラ』を発表します。
小間使いシャミラの「玉の輿大作戦」
「シャミラ」は“sham=にせ物、まがい物”をもじった名前です。
「いま話題のパミラとかいう娘は本当の名前はシャミラと申しまして、玉の輿にのったのも―じつはアレ、ぜーんぶ計算ずくなんですよ」
フィールディングは、主人公は純粋無垢なふりをしているだけで、
じつは男を手玉にとる手練手管に長けた娘なのだと揶揄しています。
なぜフィールディングは『シャミラ』を書いたのか?
フィールディングは貴族ですが、貧乏です。
(まあ、これはよくある話ですが、貴族でお金持ちだからこそ、放蕩生活を続けた結果、貧乏になる。貴族ゆえに貧乏という逆転が起こるわけです。)
劇作家でもあるフィールディングは、作品を発表したいがお金がないので、
なかなか公演が打てない。
そうしてうかうかしている間に、『パミラ』の大ヒットを目の当たりにする。
自分はイートン校も出て、教養も身分もある文化人にもかかわらず、
ベストセラー作家となった男は、たかが印刷屋。
フィールディングは癪に障ったことでしょう。
しかしそれよりも、
放蕩三昧で財産を食いつぶしたフィールディング自身の厭世観が、
道徳と貞操観念をふりかざすパミラの振舞いに嫌悪を感じたさせた。
「んなキレイごとばっかなワケないだろっ!」
そうツッコミたい気持ちが、パロディ創作に向かわせたのです。
『シャミラ』はさほど売れませんでしたが、
のちに『シャミラ』を発展させた処女作『ジョーゼフ・アンドルーズ』
(シャミラの弟ジョーゼフが主人公。これも下僕。)で小説デビューを飾り、
つぎに傑作『トム・ジョウンズ』を生み出しまします。
以上が授業で聞いた内容の要約です。ふう。
それにしても、イギリス小説が誕生した18世紀中期の二大作家が、
そろって主人公に召使を選んだなんて、嬉しいじゃないですか。
とくに、繰り返して言いますが、
イギリス最初の小説の主人公が、召使だなんて。
ああ、この事実、言いふらしたい。
※追記:
大学の帰りにさっそく図書館で『パミラ』(筑摩世界文学大系)を借りてきて、いま読んでいる途中です。
これがもう…予想以上にああっ! …と、つづきは次回ブログにて。
(つづきの記事はこちら→『パミラ』つづき―聖女なる小間使いパミラ)
(わたしは昼間仕事をして、夜、大学に通っています)
先生が仰いました。
「いちばん最初に書かれたイギリスの“小説”、これは作品がはっきり分かっています」
ほぉー、そうなんだ。ふぅーん。
睡魔と格闘しながら、心の中でうなずくわたし。
先生が話をつづける。
「スティーブンソンという人が書いた『パミラ』という作品です。パミラというのは主人公の女性の名前です。ある屋敷の小間使いをしていて―」
瞬時に脳内シナプスが「汝、目覚めよ!」とわたしの五感に号令をかけた。
勢いあまって髪の毛が五メートルほど逆立った。
0.2秒遅れて反応したわたしの心がうわずった。
え、なに、いちばん最初に書かれたイギリス小説の主人公って、召使だったの!?
すごい、すごいぞ。誇らしいぞ。うわわわ。
わたしは教室を飛び出して、シュートを決めたサッカープレイヤーのように雄叫びをあげながら校舎の中庭で華麗なステップを踏みました。
いや、ま、心の中でね。
はずむ息を落ち着かせ、静かに教室の席にもどり、ふたたび先生の話のつづきに集中する―。
以下は、そのときの記憶とメモをたよりに小説『パミラ』についての内容をまとめたものです。では、どうぞ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1a/e0/d521b5058e0dfbf75897683f2b383cbf.png)
まずは『パミラ』のあらすじ―
《美人で評判の小間使いパミラは、彼女を「ものにしよう」とたくらむ屋敷の若主人からあの手この手の誘惑を受けるが、貞節・純潔を重んじるパミラは主人の邪恋をことごとくはねつける。
(あわやという場面ではなぜか必ず気絶して難を逃れる。)
パミラの純真さに心を打たれた若主人は改心し、パミラを正妻に迎える。
最初は身分違いの結婚に反対していた若主人の姉も、パミラの清い心に感動して彼女を一族に迎え入れる。嗚呼、めでたし、めでたし。》
いわゆるシンデレラ・ストーリーですね。
さまざまなタイプの小説が楽しめる現代の目からすると「なんだ、そんなの…」とつい侮ってしまいがちです。
が、しかし。
『パミラ』で初めて主人公の内面描写が描かれたという事実を知れば
「すべての小説はこの作品から始まったのか」と驚くばかりです。
『パミラ』が発表された1740年以前にも、
“小説”と呼ばれる物語はありました。
しかしそれらは、伝説の王や騎士の英雄譚、高貴な美姫とのロマンス物語でして、
主人公の行動―どのような武器と知恵でドラゴンと戦い、救出したお姫様にどんな愛の言葉を捧げたのか―は描かれていても、内面心理―主人公が何を悩み、葛藤し、また克服し成長していったのか―は描かれていませんでした。
つまり主人公の「人間性」はまったく描かれていなかったのです。
『パミラ』は書簡小説です。
故郷の父母宛ての手紙の中で打ち明けるパミラの言葉に、パミラという名のひとりの小間使いの苦悩や喜び、そこに主人公の「人間性」が語られているのです。
そこが、この作品が“小説の始祖”とされる所以です。
(内容は『ご主人さまから言い寄られて困ったわ、どうしましょう、神さまどうかお導きを』の連続ですが。)
なぜ『パミラ』が書簡形式になったかといいますと―
作者リチャードソンは印刷業を営んでおりました。
あるとき本屋から「手紙の書き方」のハウツー本を書かないかと依頼された。
リチャードソンは手紙を書き方だけでなく、その基礎となるものの考え方や手本とすべき身の振舞いもいっしょに示そうと提案した。
あれこれ手紙の主題をさがすうちに、
「美人の女中がご主人からの誘惑を受けた場合」のアイデアが浮かんだ。
この着想が『パミラ』が書間小説となった元です。
リチャードソンは印刷屋の丁稚奉公からこつこつと仕事を続けて、
すえには政府の刊行物を引受けるほどまでに成功し、
さらに初めて書いた小説が大ヒット。
まさに「頑張れば報われる」を地でゆくような御仁です。
いっぽう、『パミラ』の大評判を憎々しく思う人物がいた。
当時人気のあった劇作家のヘンリー・フィールディングです。
フィールディングは『パミラ』が出版されたすぐにあとに、
『パミラ』のパロディ作品『シャミラ』を発表します。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1a/e0/d521b5058e0dfbf75897683f2b383cbf.png)
「シャミラ」は“sham=にせ物、まがい物”をもじった名前です。
「いま話題のパミラとかいう娘は本当の名前はシャミラと申しまして、玉の輿にのったのも―じつはアレ、ぜーんぶ計算ずくなんですよ」
フィールディングは、主人公は純粋無垢なふりをしているだけで、
じつは男を手玉にとる手練手管に長けた娘なのだと揶揄しています。
なぜフィールディングは『シャミラ』を書いたのか?
フィールディングは貴族ですが、貧乏です。
(まあ、これはよくある話ですが、貴族でお金持ちだからこそ、放蕩生活を続けた結果、貧乏になる。貴族ゆえに貧乏という逆転が起こるわけです。)
劇作家でもあるフィールディングは、作品を発表したいがお金がないので、
なかなか公演が打てない。
そうしてうかうかしている間に、『パミラ』の大ヒットを目の当たりにする。
自分はイートン校も出て、教養も身分もある文化人にもかかわらず、
ベストセラー作家となった男は、たかが印刷屋。
フィールディングは癪に障ったことでしょう。
しかしそれよりも、
放蕩三昧で財産を食いつぶしたフィールディング自身の厭世観が、
道徳と貞操観念をふりかざすパミラの振舞いに嫌悪を感じたさせた。
「んなキレイごとばっかなワケないだろっ!」
そうツッコミたい気持ちが、パロディ創作に向かわせたのです。
『シャミラ』はさほど売れませんでしたが、
のちに『シャミラ』を発展させた処女作『ジョーゼフ・アンドルーズ』
(シャミラの弟ジョーゼフが主人公。これも下僕。)で小説デビューを飾り、
つぎに傑作『トム・ジョウンズ』を生み出しまします。
以上が授業で聞いた内容の要約です。ふう。
それにしても、イギリス小説が誕生した18世紀中期の二大作家が、
そろって主人公に召使を選んだなんて、嬉しいじゃないですか。
とくに、繰り返して言いますが、
イギリス最初の小説の主人公が、召使だなんて。
ああ、この事実、言いふらしたい。
※追記:
大学の帰りにさっそく図書館で『パミラ』(筑摩世界文学大系)を借りてきて、いま読んでいる途中です。
これがもう…予想以上にああっ! …と、つづきは次回ブログにて。
(つづきの記事はこちら→『パミラ』つづき―聖女なる小間使いパミラ)
コメント ( 4 ) | Trackback ( 0 )
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書簡形式といえば、「ドラキュラ」ですし。
なるほど、すべて「パミラ」から始まったのですか。
筑摩世界文学大系といえば、図書館にあります。
私も読もうかな。
厚さにして1.5センチ。(いま測りました)
やっとご主人さまが改心なさるところまで読み終えました。ふう。
しかも同収録作品がスターンの『トリストラム・シャンディ』全九巻。
ちなみに、電車の中で、この大型辞書のような筑摩世界文学大系をカバンから取り出して広げると、一瞬まわりから「えっ、なに?」の視線を感じます(笑)。
でも、くろにゃんこさんは読むのが早いからなぁ。
そっかーパミラからなんですね。それ以前の騎士物語には内面心理はないといいますがいろいろ惑ってる騎士さんはちょっと見たくないですね・・むしろあの淡々とした感じがいいかな。
イギリスの小説の勃興については、Ian Watt The Rise of the Novel という詳しい本があります。