な~んにもない

もう、わけわからんわ。

顔の見えないお山の大将

2021-09-25 10:07:43 | 日記


空の色も秋色に変って来た。

手つかずの山を始めに、山の色にも変化が出てきている。

山を見ていると、杉さま一色の山が、まぁまぁある。

そりゃアレルギー反応も起こすよなぁってな、気分になる。




そのような山で一体何が起こり、どうなろうとしているかなんて検証はなされていないのだろうか。

ある地点から眺めた人間様の机上の損得勘定だけとは言えど、子孫の為と為されたことでもあろう。

そんな不自然な景観を良しとされた荒れた山で、災害が起こってなんでだろうなんてやっているのも、先人への忖度なのかもしれないか。




思い返せば・・・

戦争と言ったら、一億総火の玉と戦争一色

負けて平和憲法と言ったら、鬼畜米英と言っていたマッカーサー元帥万歳

新型コロナと言ったら、治験より接種を優先させるワクチン一色

大きな護送船団の雄姿が眼に浮かぶ。





山には森があり、一本一本の木々は種は同じであってもみな違う。

それぞれが陽の光を受けようと形が違ってくる。

木の代表である私が立派に育てばそれでいいんだ、なんてことはない。

そんな自然な営みが、凄いなぁと思えてしまう。

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お墓参り

2021-09-24 08:45:50 | 日記

お墓参りに行ってきた。

この秋も三人でお参り。

義父・義母に手を合わせる。




生老病死を抱えて今日も過ごす。

小さな変化に気づくことなく。

何も変わらない同じ一日を過ごした気になって、

ため息をついてみたり喜んでみたりしている。




皆それぞれに事情が出来て、お墓のお墓が出来ている。

苦労をしてお墓を建てた方の思いは何処へ、

お守する担い手の都合は何処へ、

墓じまいするのはいいけれど、もうひと世代下った人たちの思いは何処に。




お天道様は空高く、寒さ厚さは彼岸までとは言うものの汗ばむ陽気。

お彼岸はこの土日まで続くとされている。

花のないお墓がまだまだ多い。

昔に比べれば物質的豊かさを享受し幸せに暮らしている、

ことになっているんだよなぁ、と秋の空を見上げる。

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お通夜

2021-09-19 19:59:39 | 日記

友人のお母様が亡くなられ、お通夜に参列した。

葬祭に出向くといつも、帰り道になんとも言えない気持ちに支配される。

それは何時なのかわからないだけで、自分も死ぬという事を、ちゃんとわかっていないからかもしれない。

また、死にゆく人を前に、手を合わせた時から何かをいただいているのかもしれないとも思う。



当たり前だけれど、人はお医者さんが時間を区切って死を宣告した時に死ぬわけではない。

治癒力及ばず、自力で回復することができなくなって機能不全が進んで死へと向かって行く。

お医者さんの宣告は、言わばその船出の宣告である。




今夜は綺麗な丸いお月さんが出ていた。

ちょうど明日から彼岸の入りとなる。川を挟んだ向こう側にあるという此岸。

故人の冥福を祈るとともに、あなたもいつか迷いのない此岸に到達できるよう願いなさい、というメッセージなのだろうか。

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帰り道

2021-09-18 23:08:50 | 日記

午前中は能率の上がらない時間を過ごしたが、午後からは回復。

今日も仕事をして1日が終わった。

会社を出ると、7時はもう夕方ではなくなっていた。




台風があまり通らない進路で日本を横切った。

自然に優しくなんてしなくっていいと思える程の爪痕が、一部の地域で残された。

被害に遭わなかった私は、違う次元で疲れて空を見上げる。

それぞれの現実に嘘も本当もない。



小我を抑止すれば、心眼が開く

そんな言葉が仏教界にはあると聞いたことがある。

自粛解除が楽しみだ。

世の中どうなっているのだろう。

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馬鹿と薬

2021-09-16 08:39:23 | 日記

昨夜は再び不安が恐怖に変わり、恐怖が新たな不安を呼ぶ時間を過ごしていた。

売り上げ不振は経営者の結果責任。政治がどうの世の中がどうのは関係ない。

そんな暗い憂いの中で次なる問いや次の扉への鍵を探していて、出会った疑問がまた一つ。




公正で中立で客観的な模範解答は必ずある。

そのカギは科学的エビデンスの積み重ねの先に見いだされる。

本当だろうか。




コロナ騒動で繰り返し訴えられ行われてきていることは、

科学色した正義の剣をふるって、囲い込みをかけて一つの方向に向かわせる訓練に似ている。

これだけ死者数の少ない感染病に対して、今や老いも若きも治験に乏しい新型ワクチン新型ワクチン。

ワクチンを打っても自粛は必要で、ワクチンパスポートシステムが整えば緩めてよしという。




一人ひとり違った肉体を持ち、違った環境で生きてきている人たちに

敢えて多様性とか個性重視とか言って油断させておいて、

腹の中では、事実というのは人の数だけあっては都合が悪いと考えている人達が一定数いるように映る。

理屈やストーリーの組み立てはこちらでやるから、黙って信じてついてこい。

「俺が科学だ」的などこかで聞いたようなフレーズの情景が遠くに見える。




才能や能力なんてことを気にしたり、考えの中心に置きだしたら、指先一つ動かせなくなる。

私には当てはまらない話に支配されてしまう前に、為すべきことがまだまだ山積。

と、自分を騙して今日も進もう。

雲の切れ間から見えている光のカーテンに、うっとりしている。

つける薬なんて無い様だ。
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