月の岩戸

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ベテルギウス・2

2013-09-25 03:16:53 | 詩集・瑠璃の籠

ああ また夢を見ている
海辺の夢を
わたしは波に洗われながら
空を見るのだが
どうしたのか
今まではあんなにあざやかだった
フレスコ画の青が
どこかくすんで見える
それはなぜだか
ふしぎなやわらかいすりガラスを挟んで
風景を遠く見ているような感じなのだ

だが 波は暖かい
こんな感じを
昔 味わったことが あるような気がする
そうだ
遠い昔
わたしが
母のおなかにいたころ

そんなことを
覚えているはずもないだろうに
と考えながら わたしは目を覚ました
寝床から半身を起こすと
すぐ近くから
もし と呼びかける声がした
小窓の方を見ると
そこに星がいる
悲しそうな瞳を 静かな笑みの上に載せて
わたしを見ている

ベテルギウスです
と星は言った
ああ とわたしは言った
すみれの姿をしているときは
気づかなかったが
わたしはこの星を知っている

もはや 待つことはできませんよ
真実よ

と ベテルギウスは言った
わたしは静かに声を飲みこんで
ベテルギウスを見上げた
プロキオンが 鳴かない
静かに声をひそめて 
ベテルギウスの後ろで光っている

わたしは
と わたしは言いかけて
うつむいた
もはや だめなのか
わたしは

ああ わたしはもう
生きて行けないのですか
わたしが言うと
ベテルギウスは 笑って目を閉じた

何を聞くことも
つらいでしょうが
聞いて下さい
あなたはもう
無理を重ねすぎた
これ以上苦しんでは
あなた自身が壊れてしまうのです

でも

もはや わたしも
我慢はできません

ベテルギウスの静かなことばが
わたしの胸に落ちてくる
わかっている
どんなに無理をしても
ここにいたかったが
どうしてもできなくなれば
わたしは無理に消されるのだ
いつも

わたしは ベテルギウスの沈黙を
痛く浴びながら しばらく静かに考えていた
思い浮かぶのは 子供のことだ
ああ わたしの子たち
もっと愛してあげたかったのに
おまえたちが
大きくなる姿を
もっと見ていたかったのに

考える時間をくださいませんか
もう少し
と わたしは
ベテルギウスに言った
そうするとベテルギウスは
深いため息をついた
そのため息は氷のように
わたしの胸に吹きこんで
わたしのかすかな希望の光を
消そうとしているかのようだ

頑固な人だ
とベテルギウスは言った
そして小さくかぶりをふりながら
消えていった

プロキオンが
ち 
と 鳴く

わたしは寝床に半身を預けながら
自分の胸を抱いて
しばし 涙をかみしめて
静かに泣いたのだった



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1 コメント

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絵の解説 (てんこ)
2013-09-25 03:20:26
ベノッツォ・ゴッツォリ、「礼拝する天使」部分、15世紀イタリア、初期ルネサンス。
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