月の岩戸

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アンタレス・3

2013-12-02 04:54:34 | 詩集・瑠璃の籠

夢からさめたくは
なかったのだが
何かしら
十分にかわいた
傷口から
かさぶたが軽くはげていくように
夢が わたしからはがれていくのを
感じた

薄水色の夢から
落ちたしずくのように
わたしの魂は
夢から自分の中に帰ってきたのだ

目が覚めている
と 自分ではわかっているのだが
目を 開けることができない
そのまま
片腕を動かそうとしたが
それもできない
からだが 微塵も動かない
おや 金縛りのようなものか
と思ったが
何やら 雰囲気が違う
体が まるでいうことをきかない

ひとしきり あがいてみたが
瞼をあけることすらできない
意識はあるのに
わたしはまだ
闇の中をただよっているしかなかった

体が動くまで 少し待とうと思い
わたしは わたしの中から
思い通りにならない自分の体を
感じてみた
そうしたら まあ
わたしのからだときたら
すっかりばらばらで
まるで
地層から発掘された
古代人の骨の化石を
人の形に並べたような感じなのだ

これも夢の続きだろうか
などと考えていると
おや 彼の声がする

失礼 目を覚ましてしまいましたか

ああ
とわたしは言った
突然声が出て びっくりしたが
それと同時に
体がすらりと動いて
わたしは寝床から半身を起こした
目を開けると
彼がいると思ったが
姿は見えない
プロキオンが ちる
と 悲しげに鳴き
少し光を落とした

ああ 
と わたしはそのとき
はじめて わかった

あなただったのですか
わたしの すべてを
動かしていてくださったのは

おや 気づいてしまいましたか

と 彼の声が言う

わたしは さっきまでの
発掘人骨のような自分の姿を
思い描いた
なんと わたしは
こんなにまで
ばらばらだったのか

心配はありません
治りますよ
少しの間 助けがいるだけです

ああ ありがとう
知らなかった
こんなになるまで
わたしは やっていたのか

考えてはいけません
今は なにも

ええ そうですね
わたしは 立ち上がれますか

立てますよ

わたしは 立ち上がった
その時初めて
わたしは 自分の力だけでは
立ち上がることもできない体だということに
気づいた
彼が 助けていてくれたから
動くことができると言う
体だったのだ

わたしは 小窓の方に歩いて行って
プロキオンの籠に手を伸ばした
そして 籠の中の星を見つめながら
ぼんやりと言った

みんな わたしには
何も言ってくれなかったのですね

すると 彼の声が言う
もうやめなさい
考えるのは
考えることも
あなたはやってはいけないのです
わたしが 考える
あなたの代わりに

ああ そうですね

わたしは ぼんやりと言いながら
目を小窓の外に移した
ああ 繻子のようになめらかな夜が
窓の外に流れている
何も見えない

夢を見過ぎていたからなのか
しばらく 眠る気になれなかった
ただ わたしは
再構築されて きれいに服を着せられて
博物館の中にたたずんでいる
古代の人間のように
ぼんやりとしていた

考えようとしても
できないのは
きっと 
できなくなっているからだろう

プロキオンが 静かに鳴く

ありがとうと また彼に言おうと思ったが
それもできなかった
たぶん 彼がそれを
とめたからだ

なんとまあ
わたしは
ここまで
馬鹿だったのか

涙が ほろりと
目から落ちる
悲しいのだが
その悲しみも
何かに薄められて
霧のようにぼんやりとして
やがて消えてしまう

プロキオンが 色を変えて光り
わたしに 少し
虹のような幻を見せてくれた
わたしは 赤いりんごのような光が
床の上で揺れるのを見て
少しほほ笑んで 赤ん坊のように
それに手を伸ばして 捕まえようとした

ぼんやりと そんなことばかりをして
時間を過ごした
プロキオンも 彼も
わたしが眠くなってくるのを
待っているようだった

まるでほんとうの赤子のようですね
と わたしは言った
すると 彼はいう

甘えていいのですよ
あなたはもう
なにもやらなくていい

そうですか
と わたしは言う
言いながら 目は
プロキオンが作ってくれる
光のネズミをおいかけている

ああ
もう眠ろう

わたしは寝床に向かった

わたしは
すべて
彼に抱かれていなければ
生きて行けないものになっていたのだ
いつからか

でも そんなことは
今は考えたくはない
だから 眠ろう

寝床に入り 目を閉じた
すると閉じた目の中に
また夢が広がってきた

わたしは 
新しい夢の中で
父の顔をした彼の胸に
甘えて眠っている
幼女になっていた



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1 コメント

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絵の解説 (てんこ)
2013-12-02 04:59:00
シモン・ヴーエ、「受胎告知」部分、17世紀フランス、バロック。
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