3月に入り、一気に春めいてきましたね 古人が三寒四温と言う通り、時々天気予報で「寒の戻り」と言われても、実際にはキーンとした寒さ、にはなりません。やっぱり、春は確実に近づいています。
保税展開催のご案内を兼ねて、3回続けてジュエリーのお話をしました ご興味のある方には「ふむ、ふむ
」と楽しんでいただけたと思います、いや、そう思いたいです
じつは、ウクライナ情勢の急な展開で、ジュエリー界にも激震が走りました。今後は、ジュエリーに関しても、様々な影響、それもかなり重大な局面を迎えることになります。そんなお話を「一般的な興味深い知識」として、今回の話題に!とも思ったのですが・・・さすがに4回続けてジュエリーの話題をするのはどうかな、と思い直しました。しつこいですが、一つの知識としては十分に有意義な話題だと思うので、是非また別の機会に
オリンピックは無事に終わり、現在はパラリンピックの会期中です。夏のパラリンピック同様、冬のパラリンピックでも、様々な障害をものともせず、競技に打ち込み、懸命にがんばる姿には尊さを感じます
卒業生のみなさんの中でも、オリンピック、パラリンピックの開催年次にマナーズに通ってくださった子ども達は、みな「30か国ほど、国の名前を覚えよう!」という課題に取り組んでくださったことと思います。年中児クラスでは、10個少ない20か国。
今年の年長、年中さんにも、同じ課題を出しました。コロナ禍にあって、華々しい開催ではないために、少々盛り上がりには欠け、「外国?国の名前?」という感覚で、かなり残念なのですが・・・
つい先日、クラスでこんなことがありました。
年長児クラスでは、「最低10個、20個は言えて欲しいなあ」という私の言葉に、子ども達は勇んで覚えてきた国の名前を言い始めました。よくあることなのですが、子ども達の中には、「アメリカ」や「フランス」「イタリア」というメジャーな国の名前を言うのではなく、敢えて「シエラレオネ」「ジブチ」「トルクメニスタン」というような、大人でも「む?どのあたりかな?」などと思ってしまうような国ばかりの名前を言う子がいます
悪いとか、変だとか言っているのではないのですよ。ただね、きっとそういう子は今後の成長過程でも、灯台下暗しのことがあったり、ナルシスト的な姿勢で苦労したりすることが起こるのではないかな?なーんてね。ちょっと苦笑しながら聞いています
そして、クラスの後。
帰り際になって、その子の保護者の方から「うちの子は、前回と違う名前をあげていましたか?」とのおたずねがありました。むー・・・なるほどね・・・
国の名前を覚える、というカリキュラムの目的は、確かに「知識として、国の名前を知ってもらう」ということでもあります。
でもね、私はそれ以上に、そういう国々でも、私達と同じようにご飯を食べ、親子で語り、勉強をしたり、遊んだり・・・口論したり、助け合ったり、喜びあったり・・・同じように暮らしている人達がいるのだ、ということを実感して欲しい
また、ある国では、今この瞬間に食べるものがなかったり、医療の助けが不足したりして、亡くなっていく人もいる、ということ。私達日本人は、「足りて」いて、本当に幸せに暮らせているのだ、ということを知って欲しい
もちろん、そういう意図があって国の名前を覚えてもらう、とも保護者の方々にはお話をしました。けれど、やっぱり、どうしても「10個覚えよう、20個言えるようになって欲しい」などと言ってしまうと、競争心を煽ることとなり、本末転倒になってしまうかな・・・
何事も、「知識偏重」なってしまうのは、私は残念でなりません。幼児期からの知育大流行りの現代は、子ども達の多くが小さい頃から「〇が多いのがステキ、✖はダメ。〇をとりたい、もらいたい」というだけの感覚が育ってしまいがちです。
「知ること、学ぶことの素晴らしさ」を実感させず、学んでいく過程を大切にしない傾向にあります。私はそれが残念でなりません
みなさんは、どうお考えになりますか???