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nachtmusik

♪andante...im tempo...rondo...adagio♫

ペリー来航と戦艦 〈三笠〉

2010-07-09 | Photo: Historic Spot
ペリー黒船来航で有名な横須賀市浦賀湾と日露戦争・日本海海戦でロシアのバルチック艦隊と戦った戦艦《三笠》を観てきました~



浦賀湾


浦賀のペリー公園


浦賀湾


横須賀港に記念艦として保管されている『戦艦〈三笠〉』


東郷連合艦隊司令長官の銅像と戦艦〈三笠〉


戦艦〈三笠〉艦首


甲板


甲板


戦艦〈三笠〉艦橋の図


戦艦〈三笠〉艦橋の図に描かれた立ち位置のプレート
東郷連合艦隊司令長官(上)、加藤参謀長(右から2番目)、伊地知艦長(右)、秋山参謀(左)


戦艦〈三笠〉の大砲


艦内


艦内


東郷連合艦隊司令長官専用の階段


戦艦〈三笠〉

追記:明治の大きな海戦を今に伝える戦艦〈三笠〉
   歴史の舞台に踏み込んでみますと遠い昔の出来事も一本の糸で繋がっているという事を実感しました。

鎌倉史蹟巡り

2010-04-09 | Photo: Historic Spot
武家の古都『鎌倉』の史蹟、主に「元弘の乱」の時代頃を巡ってきました~


法華堂跡(かつて源 頼朝の持仏堂があった場所。1247年の宝治合戦において三浦一族滅亡の舞台となる。明治維新後「白旗神社」が創建される)

 
旧法華堂の『源 頼朝』公 墓所


永福寺跡(源 頼朝が1185年の奥州合戦の際に討った源義経・藤原泰衡らの冥福を祈るため1192年に建立した寺)


鎌倉の道


紅葉山やぐら(北条執権邸旧蹟)


宝戒寺(北条義時以来の歴代鎌倉幕府執権の屋敷地跡)


東勝寺跡(1333年5月 新田義貞の鎌倉攻めに遭い、北条高時ら北条氏一門 (総勢870名とされる) が自刃した寺。これにより148年間続いた鎌倉幕府が滅亡)


旧東勝寺域の『北条高時』公 腹切りやぐら(鎌倉幕府第14代執権:北条高時が自刃 (切腹) した場所。享年31)


鎌倉宮(『護良親王』を祭神とする神社。明治天皇の勅命により1869年創建)*護良親王(大塔宮)(1308年~1335年)は後醍醐天皇の皇子


鎌倉宮 本殿


鎌倉宮 宝物殿


鎌倉宮(旧東光寺)『護良親王』の土牢(足利尊氏に捕らえられ1334年10月この土牢へ。9ヵ月幽閉された後、御最期を遂げられた場所)


鎌倉宮(旧東光寺)『護良親王』の首塚(1335年7月 足利直義の家臣:淵辺義博が護良親王を暗殺するも死に顔の凄さに怖れ、首をこの藪中に捨てたとされる場所)


鎌倉宮 拝殿


理智光寺跡 (当時の僧侶が護良親王の首を拾い、山の上に埋葬、その後その場所に建てられたのが理智光寺)


『護良親王』御陵(理智光寺跡に明治天皇の勅命により1869年創建)


滑川


滑川に架かる橋


追記:鎌倉の歴史の中でも最も血なまぐさい戦いが行われた場所を中心に巡りました。
   現在の世ではあの時代に生きた人たちの死生観を想像するのは容易ではありませんが、こうして史蹟を巡ることによって
   ほんのすこしでも心で感じ取れるのではないかと思いました。
   史蹟を巡る度に思うことは人が生きる一生とは一体なんなのかということです...
   この問いに対する答えは決して出ることはないでしょうが、だからこそこうして史蹟を巡る意義も深まるのではないでしょうか...