「水底のホットスポット」汚染の行方は 東京湾・三番瀬「ピーク2~3年後」
千葉・手賀沼周辺 陸も高線量「不安通りに」
福島第一原発事故で降り注いだ放射性物質は雨水で流され、関東地方の河川や湖沼にもたまり続けている。「水底のホットスポット」の汚染の行方が心配される。かつての汚濁ワーストを返上した千葉県・手賀沼とワカサギ釣りが中止された群馬県・榛名湖などの例から考えた。(小倉貞俊、出田阿生)
千葉県北西部に位置し、柏、我孫子など4市にまたがる手賀沼。冬の昼下がり、湖畔の遊歩道や公園には、散歩のお年寄りや幼子を連れた母親たちが憩う。住宅地と水田に囲まれて静かに水をたたえる沼底に今、異変が起きつつある。
環境省が昨年12月下旬に公表した県内の主な公共用水域での放射性物質調査で、手賀沼に注ぐ川底の砂から高濃度の放射性セシウムが検出されたのだ。最大値は大堀川に架かる北柏橋(柏市)付近で、1キログラムあたり9700ベクレル。通常の埋め立て処理ができる8000ベクレルを超えていた。
水質には異常はなかったが、北柏橋付近でタナゴをつっていた長妻勇三さん(68)は「ひどい話だ。昔に比べ、随分と水がきれいになってきたというのに・・・」と絶句する。
手賀沼は高度成長期、急激に増えた生活・産業排水が流れ込み、水質が悪化した。1974年度からの27年間、水質汚濁の指標値が全国に湖沼でワーストを記録。水質対策で2001年度からやや改善し、10年度はワースト5位。長妻さんは「原発事故以降、みんな川魚は食べない。当分、汚染されたままなのか」と言葉少なだ。
手賀沼の底泥のセシウムは3300ベクレル。大堀川より低かったが、「予断は許さない」と話すのは手賀沼漁業協同組合の八田和文さん(60)だ。
「この周辺はホットスポットが多く、『もしかしたら』との不安が当たってしまった」。漁協は約220人の組合員が所属し、つくだ煮用のモツゴや釣り堀用のコイ、フナを採取。ウナギやエビも加えた年間の漁獲量は100トン弱という。
県は昨年11月と今月1日にモツゴを調べ、それぞれ1キログラムあたり115.3ベクレル、138.2ベクレルを検出した。半減期が30年のセシウムは消えることがなく、閉鎖した水域では生態系の中で循環する。食品の規制値が4月以降は100ベクレルとなり、「このままでは出荷停止は必至。地下水を使って池で養殖しているニジマスやイワナの風評被害も怖い」と八田さん。
県水質保全課の担当者は「水中でのセシウムの動きが分からない。とどまって濃縮されるのか、流されていくのか、観測を続けながら対策を考えたい」。沼の水は農業用水にも使われるが、影響はなさそうだという。
手賀沼の浄化を目指し回収した廃食油をせっけんに再利用する活動を続けるNPO法人「せっけんの街」の須田恭子理事長(51)は「取り組みが無駄になってしまったような気持ちもあるが、一人一人が水の大切さを再認識するきっかけになると願いたい」と訴える。
東京湾・三番瀬「ピーク2~3年後」
一方、水底のセシウム濃度で6400ベクレルと2番目に高かったのが、東京湾奥の3番瀬に注ぐ海老川下流の八千代橋付近(船橋市)だった。東京湾といえば、首都圏を通過する河川の水が最後にたどり着く場所だ。
貴重な浅瀬・三番瀬の保全に取り組む市民団体「利根川・江戸川流域ネットワーク」の佐野郷美代表は「海底の泥のセシウム濃度が高くなってきていると聞いて、やっぱりと思った」と話す。
潮干狩りで有名だが、アサリなどの貝類が生物濃縮で汚染される影響や検査なしで市場に出回ってしまう危険性、しゅんせつで泥に付着したセシウムが海水に拡散しないか-などを懸念する。
首都圏の土壌や、川と海の底泥の放射能汚染を調べている山崎秀夫近畿大教授(環境解析学)は「放射性物質は一気に川から海へは流れない。現在は、関東平野から流れ込んだセシウムが河川の泥に付着し、東京湾へと向かっている途中の段階だろう」と分析する。
過去に手がけた琵琶湖の調査では、滋賀県内での米ソ大気圏核実験による放射性物質の降下量が最大だったのは1963年。一方、琵琶湖の堆積物のピークは65~66年と時差があったという。「同様に考えれば、東京湾の汚染ピークも2~3年後ではないか」
今回、環境省の調査で北関東3県と千葉県の湖沼や河川の底泥から数百~数千ベクレルのセシウムが検出された。山崎氏は「驚くべき数字ではない」と解説する。琵琶湖でも湖底を数十センチ掘り、核実験が盛んだった60年代の堆積物を測ると、セシウムの値は1キログラムあたり約400ベクレル示すからだ。
首都圏水源地の利根川上流ダムの奥利根湖や藤原湖の泥からもセシウムが検出されたが「浄水場の段階でも水質浄化に使う年度にセシウムが吸着するため、水道水は心配なく飲めるレベル」。
群馬各地・ワカサギ解禁されず
東京湾で取れる魚介類についても「福島原発付近の魚は高濃度汚染水の放出の影響で高いセシウムが検出されるが、東京湾では当面は安心できる」。ただ、今後汚染がピークを迎えるにあたり「調査は続けなければならない」と警告する。
群馬県の湖沼では既に被害が出ている。先月10日、赤城山にある赤城大沼(前橋市)のワカサギから、暫定規制値を超える591ベクレルのセシウムが検出され、ワカサギ漁が自粛された。同県高崎市の榛名湖でも、今シーズンの解禁を見送った。
環境省の調査では、赤城大沼の底泥から検出されたセシウムは1キログラムあたり1260ベクレル。「事故後に降った放射性物質の量を考えれば妥当な値で、赤城大沼が周辺と比べて特別高いわけではない」(水環境課)とする。
ワカサギの汚染経路はよく分かっていない。群馬県水産試験場が、赤城大沼のプランクトンを検査すると、1キログラムあたり約300ベクレルのセシウムを確認した。鈴木究真研究員は「食物連鎖でプランクトンからワカサギにセシウムが移ったと推測できるが、ワカサギが直接泥や水から摂取した可能性もある」と指摘する。
セシウムは泥に吸着しやすいが水にも溶ける。水質検査でセシウムは「不検出」。だが水からの生物濃縮は高いことが分かっており、より高感度の水質検査の必要性を指摘する専門家もいる。
セシウムは今後も湖沼に流れ込む。ワカサギ漁はいつ解禁されるのか。
前出の山崎氏は「5~10年後にはセシウムの上に新たな堆積物が積もり、かなり安定するのでは」。ただ、チェルノブイリ事故後の調査では、湖底のセシウムが一定量まで減った後、なかなか減らなくなるケースも報告されており「個別の対応が必要」としている。
(c)東京新聞 平成24年2月1日