もう黙ってられない! 原発なくせ! ちばアクション

原発再稼働阻止!原発輸出絶対反対!福島の子ども達を守ろう! chiba20110507@mail.goo.ne.jp

避難・保養・医療の3つの運動の柱に ふくしま共同診療所とともに!

2014-04-30 12:31:29 | ちばアクションの活動

「3・11」福島第一原発の事故から3年。

 ちばアクションは、4月26 日にティーチインをおこない、今後の脱原発運動のこと、福島・千葉の将来のことについて話し合いました。


 まずはじめに3月11 日に全国報道された「報道ステーション」を上映しました。(裏面詳細)


この報道に、県立医大からクレームが来たこと、東京の被曝の実態などがカットされたことなどが参加者から報告されました。
福島の地で生きる子どもたち、仮設住宅で苦しむ人々の様子も報告されました。

この内容は福島の3割が視聴し、今も反響は続いていると言われています。

国による被曝の隠蔽に風穴を開けました。

 この中で、「避難・保養・医療」の3つを方針にしようという意見が出されました。

これから、4、5年にわたって私たちは、「あきらめずに」継続して続けるために、命を守りかつ社会の変革をめざす福島と方々とつながっていきましょう。

刻々と変わる福島の現状に対して、定期的にふれることができる企画・機会をつくりたいと思っています。

これからもご意見をよろしくお願いします。(事務局) 

 


報道ステーション書き起こし

古舘:33人。これまでおよそ27万人の子どもが受けた福島県での甲状腺検査で癌と確定した人数だ。
すでに摘出手術を終えている。子どもの甲状腺癌は年間100万人に1人から2人とされてきたが、今その数字は大きく覆されている。
そういう中で、番組ではお一人のあるお母さん。やはりお子さんが甲状腺がんだったんですが、その方は迷いながらも、音声を変えて、そして顔を映さないなど、様々な条件がクリアされれば「この胸の内を語ってもいい」といって下さいました。
その方にお話を伺います。

10代の子どもを持つ田中佳子さん(仮名):

県の検査で子どもの甲状腺に5mmを超えるしこりが見つかった。甲状腺がんだった。周辺のリンパ節の一部の切除した。小さい10代の子どもでも「がん」と聞けば、「なぜだ」って、「なぜだ、自分だけがなぜなんだ」「どうせがんなんだから死んでしまう」そこまで言われました。親として励ます言葉をどうやってかけていいか分かりませんでした。だから一緒に、「死ぬときは一緒だからな」って、言いました。夫と子どもは私に「放射能の話はするな」「お母さん放射能は調べないでくれ」泣いて訴えているんです。だからうちではもう、放射能の話はタブーなんです。
毎日が喧嘩になります。夫は「知らないのが一番幸せなんだ」って、「知らないで生活するのが一番いいんだ」

 

古舘:「つきつめていけばいくほど辛いじゃないか」っていう
考えなんでしょうかね…。

田中そうです。だって、なってしまったんです。取ってしまっ
たんです。戻ってこないんです。


――田中さんは日々の様子を詳細にノートに記している。事故当時家の近くは年間の線量でおよそ40ミリシーベルト。家の雨どい付近では85ミリシーベルトという高い値だった。子どもは部活に熱心で、原発事故で学校が休みになっている間もひとり雪の中練習していた。

古舘:11年3月15日。大変な量の放射線が降り注いだという時も、全く普通と、今お話し下さったような日常だった。

田中そうです。あの、その日は雪が降ったんです。で、その日は近所の奥さんが「うちの井戸水を使っていいよ」っていうことで、みんなして(水を)汲みに行きましたから。そして「ああ、雪が降ってきたね」っていうかたちで、とにかく水はあらゆるところを探して歩きました。

――その震災から7カ月後、県の甲状腺検査が始まった。1次検査で異常がないとされるとA1判定。5mm以下のしこりや甲状腺に水分が溜まってできるのう胞が20mm以下の小さいものがあるとA2判定になる。田中さんの子どもは1次検査でB判定。つまり、5mmを超えるしこりが見つかった。しかし、手元に届いた通知はこのわずか1枚。何の説明もなかった。2次検査まで半年以上待たされた。田中さんは半年も待てず他の病院を探したが、そこで思いもよらない事を言われたという。


田中いざそこに行きましたら、「(病院の)事務所の手違いです、ここでは検査する事はできません」「(県が)決めている事なので、個人の病院では検査することはできません」と言われました。(病院の)事務所では、「どうぞ検査に来られてください」と予約までとりましたので、いざ先生とお会いしたら、先生は「うちは出来ません。ここでは出来ません。(県が)決めている事なので」

――県内で甲状腺の一時検査を行えるのは県立医大のみ。来年度から増やす予定があるが、それに選ばれるためには条件がある。エコー検査をするだけで診断はせず、検査データはすべて医大に送らなければならない。甲状腺に問題があるかどうかの診断は、医大が一括して判定する仕組みだ。なぜ県立医大だけに診断の権限が集中しているのか?甲状腺の第一人者で検査の責任者でもある、県立医大の鈴木教授に話を聞いた。


福島県立医科大学 鈴木眞一教授:

 お母さん方が心配でどこかで調べる。するとそこの先生が今度は、「のう胞じゃなくて結節だ、しこりだ」と言ってもう一回(県立医大に)まわる。で、そうするとそれは全然違う、あの、おー、小さいお子さんに特徴的な甲状腺の中に認められる胸腺であったり、あの、血管であったり。血管をのう胞と言っている。「私どものところでやった検査と同じレベルの事をやって下さいね」ということも理解してもらわなければいけない。

――20mm以下ののう胞は県の基準ではA2判定で二次検査の必要はない。しかし、不安を抱いた母親は県立医大とは距離を置き、県の検査には批判的な診療所を訪ねた。

のう胞が見つかった中学生:

 検査の時間が倍以上かかったので、流れ作業っていう訳ではなくて、時間をかけてじっくり診てくれるっていうのが安心しました。

――親子が再検査を受けた診療所。松江院長は排他的な県立医大の診療方法を強く批判している。


松江寛人院長
 検査を受けたけれども「不安だ」っていうのは当然なんですよ。(県立医大は)「患者に直接説明するな」って言っているんですよ。それ(患者への説明)も我々がやりますと。それもね、検査の結果を文章で我々が渡しますと。なので「(受診者に)直接説明をするな」っていうんですよ。こんなことありえないですよ。
--


福島のお母さんの「今の福島は・・」 除染、甲状腺癌、オリンピック、沈黙、・・・・ 

2014-04-28 12:52:19 | 動画

2014 4.27 東京で開催された集団自衛権反対集会で、福島のお母さんから、福島の今の状況が報告されました。

このおそるべき福島の現実を、1人でも多くの人が知って、何をしたら、何ができるのか、今一度考えて欲しい。

 福島市 3月15日(爆発から三日後)ヨウ素だけで1㎏あたり119万ベクレルが検出
 
当時の放射性ヨウ素の貴重なデータ(経済産業省のHP)。
福島市の南東に位置する県立医大近辺で3月15日(爆発から三日後)に採取された葉菜の検査記録です。
 
県が測定し手書きで残したその資料には、ヨウ素だけで1㎏あたり119万ベクレルが検出されたことが示されています。

当時医大で医師・看護士などに「安定ヨウ素剤」を配ったのも頷けるデータです。
しかし、当時私たちにはそうしたデータが公表されることはありませんでした。
 
 

「原発事故の影響は一生、容赦なくついて回ります」―チェルノブイリ事故28年 元の生活 戻らない

2014-04-27 10:57:04 | 東京新聞

チェルノブイリ事故28年 元の生活 戻らない 
東京新聞4/27

1986年のチェルノブイリ原発事故から26日で丸28年。少女のころに被ばくし、甲状腺がんになったウクライナ人女性のシネオカヤ・インナさん(32)=写真=が来日し、東京都内で講演した。一人娘を心の支えに、がん再発の恐怖と闘い続ける。福島の子どもたちのため、今できる全てを尽くしてと訴えた。(榊原崇仁) 



13歳で甲状腺がん インナさん 「福島の子のため 今できる全てを」
 

「原発事故の影響は一生、容赦なくついて回ります」。24日に講演したインナさんはこう聴衆に語りかけた。
 

事故は4歳の時。自宅のあったウクライナの首都キエフは、チェルノブイリ原発から南に約100キロ離れていたが、放射能の影響を免れなかった。
 

当初、政府が情報を隠したため、避難は事故から約1カ月後と遅れた。キエフから南西に200キロ離れたビンニツァに逃れたものの、親の仕事の都合もあり、その約1カ月後には、自宅に戻らざるを得なかった。
 

9年後、13歳の時だった。のどに鶏の卵ほどのふくらみができた。検査を受けると、甲状腺がんと診断された。 

「母親が壁に手をつき、激しく泣いたのを覚えています。私自身、体にメスを入れることにおびえました」
 

事故で飛散した放射性ヨウ素が原因とみられ、事故による障害と認められた。甲状腺がんで治療のかいなく亡くなった友人もいる。幸い、インナさんは甲状腺と副甲状腺を摘出して事なきを得たが、首回りに残った手術痕が心を重くした。
 

「障害者になったという事実が何よりつらい。再発の不安がついて回り、元の生活は永久に戻りません」
 

手術後、体調が優れず、入退院を繰り返した。大学卒業後は教育関連の仕事に就き、今では母親となったが、新陳代謝をつかさどる甲状腺を摘出したせいか疲れやすい。代謝を促す薬を飲み続けるが、心臓が痛いと感じたり、頭痛がよく起きる。
 

不安は、インナさんだけでなく、一人娘にも付きまとう。6年前、身ごもった際に受けた血液検査で、がんの存在を疑わせる異常な数値が出た。精密検査で深刻な状況ではないと判明したが、その後は検査を避けている。もう心配したくないからだ。
 

「生きる支え」の娘は元気に育っている。「今、何よりも健康を気遣っている。自分のためではありません。私に何かあれば娘は母親なしで生きていかなければならなくなるから」
 

被ばくの苦しさを身をもって知るだけに、インナさんは福島第一原発事故は人ごとと思えないという。甲状腺がん手術後の療養生活で、日本の「チェルノブイリ子ども基金」による支援を受けており、「はるか遠くから手をさしのべてくれた人々」という思いもある。
 

「日本の悲劇に深い悲しみを抱いています」。そのうえで、こう訴えかけた。
 

「将来、子どもたちが病気にかかる可能性を少しでも減らすように努力してほしい。『あの時、あれをしておけばこうならなかった』と後悔しないでください。今できることを全力でやってほしい。甲状腺がんが見つかったとしても、子どもたちは絶望してはいけません。夢や目標、強い信念を持てば、病気に負けない人生を送ることができます」
 

参考に

汚染地帯で何が起きているか チェルノブイリ事故から4年(1990年NHK放送)動画

3.11報道ステーション特集「甲状腺がん33人」動画


チェルノブイリの母親、100人以上から聞きました!

2014-04-23 09:22:38 | 放射能汚染

「病気の花束」を抱えていると言われた子どもたち

 

資料作成:NPO法人チェルノブイリへのかけはし 2014年4月17日

 

汚染地で暮らす子供たちに何が起こっているの? ―「チェルノブイリ・エイズ」

放射能(外部・内部被ばく)による、抵抗力の低下

・子供たちは顔色が悪くなり体力が落ちて、走り回れなくなります。

・さらに、集中力がなくなって、授業は25分単位で行われています。

・汚染食品がもたらす胃腸障害で少量しか食べられなくなります。

・子供たちが集団で、具合が悪くなってたくさんの村が閉鎖されました。(子供が放射能カウンターがわり)

・目の下に大きなクマが入るようになります。(甲状腺の機能低下)→すぐ疲れる。

・急激な視力低下が起こり、黒板の字が見えなくなる→初期:移住の対象→後に救済放棄

・一見、風邪のような症状がずっと直らない。風邪を引いてもすぐに肺炎など重症化する。

・精神的な落ちこみがあると、重大な病気へ一気に傾く可能性があります。

白血病、小児癌などは、氷山の一角。そこに至る前に無数の「病気の花束」を抱えた子供たちがいます。

・放射能に慣れる感じがする。そして、忘れた頃に一気に、症状が噴出する。

・大人と同じように心筋梗塞(セシウム汚染)や脳梗塞、骨粗鬆症(ストロンチウム)になる子もいます。

・放射能は母親から子供へ移動する。二世、三世は生まれながらに病気を抱えている。

放射能による抵抗力の低下は、避難と食物の改善で抵抗力をあげる。

頭痛薬・腹痛薬・風邪薬ではなおらない。

 

大人でもこのような症状はありませんか?

次第に慢性化していきます。―なかなか抜けない症状―

 

・めまい

・吐き気、嘔吐

・腹痛(胃のいたみをはじめとして)、食欲不振

・頭痛

・だるい

・下肢のむくみ

・唾液の分異常(口のかわき、にがみ、鉄や金属の味)

・急な衰弱(体力低下、疲れやすい、眠気など)

・皮膚のトラブル(傷が治らない、グズグズする、かゆみ)

・睡眠障害

・自律神経失調症

・心臓のいたみ

・高血圧

・関節の痛み

・集中力の低下により、考えがまとまらない、計算がしにくい、脱力感

・鼻血

・耳鳴り

・風邪がなおらない

・皮膚のちりちり感

・高熱

・のどのいがら、甲状腺の腫れ

・消えない口内炎

 

医師は、こうした被ばく症状を体験していないので、たいてい「風邪」「疲労」として、薬を出されて終わりです。あるいは、事故の精神的ショックと診断されるかもしれません。

それらも含めた上で、総合的に事態が進行していきます。

 慢性的に放射能が含まれたものを吸入したり食べたり(内部被ばく)、土壌汚染のある地域に居住したり、放射能に触れたりする(外部被ばく)と、知らず知らずのうちに抵抗力が落ちていきます。
 体調が戻りにくく、回復が遅いなと感じていませんか?

 あるいは、今までかかったことがないような病気や症状が出てきたな、と思いませんか?

 このような症状は、抵抗力をあげないと治りません。

―放射能が原因の頭痛は、頭痛薬を飲んでも治りません。

 

汚染地帯での生活から逃れて保養に行くことは効果があります。

 

 

 


「がん発症 関連なし」に異論 福島県健康調査内部から  東京新聞 特報

2014-04-20 15:53:43 | 東京新聞

福島原発事故の県民健康調査が八方ふさがり 

俺的メモあれこれ




福 島原発事故の健康影響を調べる福島県の県民健康調査に、内部から「NO」の声が出始めた。焦点の事故と小児甲状腺がんの関連について、県は一貫して「関連 は考えにくい」と否定してきたが、専門評価部会メンバーである東京大医学部の渋谷健司教授が先月の部会で「いまの検査の仕方では評価できない」と県の姿勢 に異議をとなえた。県は無視を決め込むものの、結論ありきの調査はもはや崩壊寸前だ。(榊原崇仁) 



◆「がん発症 関連なし」に異論 内部から「評価できぬ」 

「検査の全面的な見直しは避けられない」
 

世界保健機関(WHO)の元職員で、病気の原因の統計分析が専門の渋谷教授は取材にそう語った。
 

渋谷教授が委員の甲状腺検査評価部会は「県民健康調査検討委員会」の専門部会。昨年11月以降、甲状腺検査の結果などについて議論している。3月に2回目の会合があり、渋谷教授は席上「放射線の影響は現状のまま検査を続けても評価できない」と話した。
 

事故当時18歳以下の全県民を対象にする福島県の甲状腺検査では、昨年末現在で27万人が受診し、33人に小児甲状腺がんが見つかった。
 

ところが、この調査は「チェルノブイリ事故で放射線の影響が出たのは4年後」という話を前提にしている。このため、事故から3年間の目的は事故前からある甲状腺がんを洗い出すというもの。ようやく今月の検査から、がんが事故後に増えたか否かを調べる。
 

渋谷教授は「『発症は4年後』が必ず正しいと限らないし、放射線以外の要因で増えることもある。いずれにせよ、この調査では事故との関連が分からない。放射線の影響がある地域とそうでない地域を比べなくてはならない」と訴える。
 

環境省は比較のため、青森、山梨、長崎の3県で子どもの甲状腺検査を実施した。約4500人のサンプル検査で、1人にがんが見つかった。しかし、渋谷教授は「どの頻度で見つかるかは一例では分からない。たまたま少数のサンプルで見つかったかもしれない」とこの比較を批判する。 

単純に検査数を増やせばいというものでもないという。「進行が遅い甲状腺がんは、寿命まで悪さしない例も少なくない。見つけなくてもいい病気まで見つける『過剰診断』は余計な不安も与える。患者の利益を慎重に考えるべきだ」
 

不安解消という点では、福島県の取り組みには欠陥があるという。「県側がやるのは検査まで。がんが見つかった後の対応は、費用を含めて患者任せだ。健康不安の解消を目的にしながら、なぜこうなるのか」
 

県側は3月の部会で渋谷教授から批判を受けた際、原発から遠い会津地域と、それ以外の県内比較で評価すると反論した。 

渋谷教授は「会津が事故の影響を受けていないと言い切れず、低線量被ばくも考慮しなければならない」と指摘。「会津は極めて線量が低い」と県が強調することには「会津の住民は『自分は大丈夫』と思い、検査を受けなくならないか。比較どころでなくなる」。
 

渋谷教授はそもそも県が調査の主体であることを疑問視する。「深刻な原発事故は先例がごくわずか。世界の知見を結集するには国がやるべきだった」 


◆追及隠し? 会見記録作成 取りやめ
 

渋谷教授のこうした指摘以外にも、福島県による健康調査についてはいまも疑問の声が絶えない。
 

チェルノブイリの例を前面に押し出し、事故後3年は事故由来の甲状腺がんが見つからないという「結論ありき」の姿勢がまず問題視されている。
 

甲状腺がんを引き起こす放射性ヨウ素の被ばく線量の実測データがごくわずかしかないのに、これらに基づく試算から「被ばく線量は低い」と結論づけて「いま見つかるがんは福島原発事故によるものと考えにくい」と強調している。
 

こんなエピソードもある。テレビ朝日の報道ステーションが311日の放送で福島県の健康調査を取り上げ、「がんと事故の関連は『考えにくい』というより『分からない』ではないか」と疑問を呈した。
 

調査の委託を受けた福島県立医科大は翌12日、「『考えにくい』との見解は県民健康調査検討委員会でも検討され、一致した見解となっている」とホームページ上で反論した。
 

しかし、渋谷教授はこの10日前の32日にあった検討委の評価部会で「放射線の影響は評価できない」と述べ、「関連は考えにくい」に異を唱えている。
 

つまり県立医科大はこの指摘を無視し、意に反する報道内容を打ち消すために「検討委の一致した見解」とアピールしていた。
 

渋谷教授は「『一致した見解』はウソ。全く失礼な話だ。安心を前提にしたリスクコミュニケーションの悪例だ」と憤る。
 


情報操作まがいの手法は枚挙にいとまがない。
 

201210月の毎日新聞の報道で、県が検討委の会議前に委員を集めて「秘密会」を開き、非公開の場であらかじめ議論の方向性を話し合っていたことが暴露された。 

それに加えて、「こちら特報部」が情報公開請求して得た資料によると、この秘密会が報じられた翌月の検討委を最後に、県は健康調査関連の記者会見のやりとりを記録する文書の作成をやめていた。
 

県の担当者は「会見は公開でやっているので、作成の必要がないと判断した」と語る。だが、会見では秘密会発覚以降、幾度となく県の隠蔽(いんぺい)体質やご都合主義が追及されているため、「都合の悪い情報は公文書として残さない」という意図が働いたようにも見える。
 

欠格事項ばかりが目立つ県なのに、なぜ健康調査を担うことになったのか。
 

環境省は「県の申し出があったから」、県は「東電と国は原発事故の加害者。事故影響に関する調査を加害者側にやらせるわけにいかなかった」と説明する。
 

ただ、県は放射性物質の拡散状況を予測する「SPEEDI」のデータを事故直後から電子メールで受け取りながら「受信容量の確保」を理由に消去し、住民避難に役立てられないという大失態を犯している。
 

さらに避難者には被ばくを防ぐ安定ヨウ素剤を配る必要があったが、これもしなかった。国会事故調査委員会は「県知事は決定権限がありながら、指示を出さなかった」と指弾した。
 


事故当時に双葉町長だった井戸川克隆氏は「県も加害者。自らの過失から目を背けさせるため、原発事故の健康影響を過小評価している」と批判する。
 

妻と小学生の子ども2人が新潟市に避難する福島大の荒木田岳准教授(地方行政)はこう語る。「調査を切り盛りする事務局の人手や財源、がんと事故の関連が分かった際の補償などを考えると、調査は国がやるしかないと思う。ただ、国も全く信用ならないという点がジレンマだ」
 


[デスクメモ] 
1000人 以上の人びとが関連死しても、国や電力会社の誰ひとり罰せられないという異常がこの国の現在形である。長いものに巻かれ、個人を捨てるのは戦前から変わら ぬこの社会の悪弊だ。それだけに渋谷さんの筋の通し方には光を感じる。そもそも異論を力やカネで封じ込めたことが事故の悪夢を招いたのだ。(牧)




4.26ティーチ・イン ちばーーー 「被ばくから子どもの健康を守り、医療をつくるために」

2014-04-15 10:07:37 | ちばアクションの活動

 「3・11」から3年。ちばアクションは、3・11反原発福島行動14(郡山市)に参加しました。

福島の切り捨て、原発再稼働、オリンピックの開催…、脱原発運動はこれから、本当に長い長い闘いになります。

 今回、3月11日に放送された報道ステーション(42分)の映像を上映します。この報道は甲状腺がんの問題を真正面から報道し、福島医大をはじめ全国に衝撃を走らせています。

 3・11反原発福島行動14の感想などをまじえ、被ばくから子どもの健康を守り、医療をつくるために何が必要か、話したいと思います。

ぜひお集まりください。

 


 

3・11反原発福島行動14の発言から

ふくしま共同診療所医師 布施幸彦さん

 多大な募金をありがとうございます。そのおかげで一昨年12月に開院してもう1年たちます。僕ら診療所の医師は、全国に福島の現状の話をしに行きますので、ぜひ講演を設定してほしい。

 今福島では33人が小児甲状腺がん、疑いも含めれば74人です。一般的に小児甲状腺がんは100万人から10万人に1人と言われますが、福島では約7千人に1人、異常に多い。しかし県も国も「放射能の影響はない」と明言しています。

 甲状腺エコー検査で5・2㍉ののう胞があった子どもから甲状腺がんが出ている。しかし超音波の計測器とは、ある時は5・5、ある時は4・8というようなものです。そんなことで5・0㍉だった子どもは見捨てられて「次の検査は2年後」とされます。僕らの診療所では、ちょっとでも疑わしければ3カ月後や半年後に検査してフォローしようとしています。そうすれば確実に早期甲状腺がんを見つけることは可能です。

 福島の子どもだけの問題ではありません。
東日本を始め多くの地域で起こっていることです。
東日本にいた子どもたちにも小児甲状腺がんは出る可能性があります。だから子どもだけでなく大人も定期検診をちゃんと受けてください。
うちの診療所に来てください。よろしくお願いします。


福島診療所建設委員会 佐藤幸子さん

 みなさんの温かい募金で「希望の診療所」が開院して1年以上たちました。お母さんたちがどれほど救われたかわかりません。

A2判定のお母さんの友達がいます。「2年待つことはできない」と診療所で診ていただいたら、すでにB判定になっていた。
そういうことを認めてくれる診療所があるからようやく生きていけるという現実です。

 甲状腺がんが疑いも含めて74人。このことをマスコミが報道しない。県外で講演するたびに毎回「福島の子どもの甲状腺がんが何人か知っている方は手を挙げてください」と聞きます。
原発や放射能にかなり危機感を持ってらっしゃる方でも、マスコミから情報を得たという人は一人もいません。
友達から聞いた、ネットで見たという人が2〜3人。こんなことは許されません。

 その声を上げるため、福島の現地にいるお母さんたちも、顔を出して名前も出して取材を受けるという覚悟を決めました。
これからこの現実を日本に世界に発信していかなければいけないと覚悟しています。


 私たちは「子どもを守りたい」という一心でふくしま共同診療所を立ち上げました。
誹謗(ひぼう)中傷もたくさんありました。
東電、国に逆らう診療所だからつぶしたい。
そんな力に負けることはできません。

みなさんのお力が必要です。どうぞお願いします。


福島出身の高校生

 私は名前も知らない人に泣きながら謝られました。「私たちのせいで関係のないあなたたち福島の子どもが苦しむことになってごめんなさい」。
私は何も声をかけることができませんでした。

 つらくなかったと言えばうそになります。福島に残るということは、将来、病気になる確率が高くなり、結婚して子どもを産むことに抵抗を覚え、子どもを産めば、その子どもが苦しむかもしれない。子どもに対して罪悪感と後悔にさいなまれるかもしれません。

 私は原発が爆発した次の日には山形にいました。原発が爆発したとニュースを聞いた後、外に出た時、寒気がし、鳥肌が立ちました。その時からうすうす気がついていたのかもしれません。もう元の福島はないと。

 原発の危険性がわかっていながら知らんぷりをする罪は、直接かかわっている人と同じくらい、もしくはそれ以上の重い罪だと思います。
今が楽しければ未来が真っ暗でもいい、そんな逃げるような考えをしていた私を私は絶対に許しません。

私は自分の健康を守ります。そして次の命も産まれ健康であるために、今の私が健康でなければなりません。
私の罪は2世、3世を守ることによって償います。

福島を支えて闘ってくれている方たち、本当にありがとうございます。


小出助教「政府は『放射線は危ない』という意識を変えようとしている」 東京新聞 4/8特報

2014-04-09 11:06:33 | 東京新聞


安心神話に惑わされない低線量被ばくの基礎知識
 


「ただちに健康に影響はない」。福島原発事故の直後、政府が繰り返した言葉だ。事故から3年が過ぎ、それは「安心していい」に変わってきた。環境省は先月下旬、福島での小児甲状腺がんの発生が他県との比較で多発とは言い難いとした。国連科学委員会もがんの増加は確認できないとしている。これらをうのみにしてよいのか。「安心」をめぐるいくつかの問題点を専門家に聞いた。(荒井六貴、榊原崇仁) 


【青森、山梨、長崎各県での小児甲状腺がんの発生を調べていた環境省は先月28日、「福島県と発生頻度は同じ」と発表した。国連科学委も今月2日、福島事故によるがんの増加は予想しないと報告した。】 

京都大原子炉実験所の小出裕章助教は、環境省の発表内容について「疫学的に比較するなら、同一条件で検査しなければ意味がない」と話す。 

福島県は事故当時18歳以下の全員が対象で、これまで27万人を調べたが、3県の調査は各県1500人程度。さらに福島の調査はゼロ歳からだが、3県は3歳以上18歳以下だ。 

元国会事故調査委員会メンバーで、独立行政法人・放射線医学総合研究所の元主任研究官の崎山比早子氏は「甲状腺がんは8歳ぐらいから発症するケースが多いとされる。3歳以下を調査対象に含めていない3県の割合は高めの数字が出てしまう」と解説する。 

さらに3県調査で見つかったがんは1例しかない。 

小出助教は「何かの傾向を統計的に調べるには一定の数が必要だ。これでは検証できない」と指摘する。 

国連科学委の報告書については、崎山氏は「事故から3年では、まだ影響がはっきりしない。それにもかかわらず、放射線のリスクよりも、不安が健康に与える影響の方が大きいと書いてある。こうした部分に原発事故を過小評価する意図を感じる」と話した。 


【チェルノブイリ事故で小児甲状腺がんが増えたのは45年後。それゆえ、福島で現在見つかるがんと事故の因果関係はないという根強い主張がある。】 

小出助教は「チェルノブイリでは、事故直後から現地の医師らが『甲状腺がんが増えている』と警告していた。だが、国連などは放射線影響研究所による広島・長崎原爆での調査を持ち出し、『がんが増えるのは10年後』と無視した。ところが、45年後から患者数が激増したため、事故との関係を認めざるを得なくなった」と説明する。 

「実は放影研の調査は現場投下から5年だった。こうした例からも、過去の知見が必ずしも正しいとは限らない。大切なことは過去例を基にした推論ではなく、現在の事実だ」 

崎山氏は「がんの発生と原発事故の因果関係を否定する一部の学者らは、検査機器の性能が向上したから多く見つかったという。そうならば、数年後の検査では新たながんの発生が見つからないはずだ」と話す。 

さらにがんのみに注目すべきでないという。「チェルノブイリでは心臓の異常など他の症状も出た。福島でも甲状腺以外も調べる必要がある。セシウム137の半減期は30年。住民を被ばくから守る努力がもっと必要だ」と強調する。 


【「100ミリシーベルト以下の被ばく量では、発がんリスクが増えるという明確な証拠はない」という論理が繰り返されている。】 

小出助教は「放影研の1950年からの被爆者の追跡調査のほか、原子力施設の労働者や医療被ばくに関する調査でも、低線量被ばくで発がんリスクがあるという歴然としたデータが出ている」と反論する。 

放影研が2012年に発表した追跡調査の報告書では、発がんさせる放射線量について「(これまでの調査からは)しきい値は示されず」とある。「国際放射線防護委員会(ICRP)ですら、低線量でも発がんの可能性があるという立場を取っている」 

崎山氏はドイツの放射線専門家マルクス・レイブリッヒ氏らが03年に発表した低線量被ばくの影響についての論文に触れた。論文は、放射線がDNAに複雑な傷を付け、その傷は1.3ミリシーベルトでも付き、放射線量によって増えることを示している。 

「放射線は低線量でもエネルギーが大きく、結合を壊してしまう。DNAが損傷すれば、修復ミスが発生し、細胞の突然変異が起きる可能性が出てくる。それががんに結び付く」 


【低線量被ばくによるがんは発生割合が低く、たばこや生活習慣などの原因に隠れてしまうという意見も依然として強い。】 

崎山氏は「それで放射線が無害ということにはならない。たばこは個人の好みの問題で選択権がある。そうしたことと原発事故で無理やり被ばくさせられることは同様には扱えない。被ばくを受忍しろというのはおかしい」と訴える。 

前述の放影研の報告書でも「リスクがゼロは線量がゼロの時以外にない」と結論づけている。「英国やオーストラリアでは10ミリシーベルト以下でも、白血病や脳腫瘍が増えるというデータが発表されている」(崎山氏) 

小出助教も「低線量被ばくによる発がんの数は少なく、検知すること自体、難しいかもしれない」と語りながら、「原発事故由来の放射線は本来、受けなくてもいいものだし、発がんリスクもゼロではない。『他のリスクに紛れてしまう』という言葉で済ませてよいわけがない」と説いた。 


【それでも政府は「リスクコミュニケーション」で福島の被災民に「安心」を流布している。ただ、事故直後の被ばく量は現在も分かっていない。】 

崎山氏は「科学的観点だけから見れば、20ミリシーベルト以下の低線量でも健康への影響を否定することはできない。除染しても線量が下がらない現実があり、経済的な観点も健康影響の判断材料に入れてしまうから、低線量被ばくを軽視することになる」と解説する。 

「チェルノブイリは福島より線量が高かったから、がんが発症したという学者もいるが、国や福島県は住民の初期被ばくについては十分に調べなかった。健康に影響がないとすることで、国や県はそのミスを隠したいのではないか」 

放射性ヨウ素は半減期が8日間と短く、迅速に調べる必要があった。これについては、政府が実施した1080人分の検査など、ごく限られたデータしかないとされている。 

小出助教は「現段階ではどれだけの健康影響があったのかは分からない」と前置きし、こう訴えた。 

「(年換算で5.2ミリシーベルト以上になる)放射線管理区域並みの線量の地域で生活するわけにはいかない。しかし、現実には多くの人がこうした環境で生活を強いられている。予防原則を踏まえれば、国家財政が破綻してでも政府が責任を持って避難させるべきだ」 


[デスクメモ] 
放射線量の基準には一定の数値未満なら安全というしきい値がない。利益と比べ、この程度なら受忍できるという水準しかない。つまり利益がなければ、基準はゼロになる。代替エネルギーや節電を急ぐ理由でもある。しかし、原発をカネもうけや野望に使いたい者はだだをこねる。このたぐいは論外である。

 


「被ばく住民 訴える権利ない」 「除染は不可能」 東電の主張 4/7東京新聞特報

2014-04-07 15:40:56 | 東京新聞

「被ばく住民 訴える権利ない」「除染は不可能」原発訴訟 東電の主張 コスト安自ら否定 


「除染は費用がかかりすぎ、一企業での実現は不可能」。福島第一原発の爆発でまき散らされた放射性物質の除染を地元住民が求めた訴訟で、東京電力はこう主張し、「できない」と開き直った。原発事故の後始末に背を向け、再稼働に腐心する。東電のあまりの無責任な態度に、被害者からは反発が相次いでいる。(白名正和) 


◆「被ばく住民 訴える権利ない」 

「生業を返せ、地域を返せ!福島原発訴訟」の原告団長中島孝さん(58)=福島県相馬市、スーパー経営=は怒りをあらわにした。 

「原発を爆発させて放射性物質をまき散らしたくせに。東電の主張は何なんだ。加害者なのに、反省もなければ、事故収束や救済に対する責任感もない。被災者を侮辱している」 

中島さんら800人は昨年3月、国と東電を相手取り、福島地裁に提訴した。求めるのは、廃炉と除染だ。空間放射線量を原発事故以前の状態に戻すまでの「原状回復」を求める。賛同者は増え、原告は約2600人に膨らんでいる。 

問題の主張を東電がしたのは、先月の第5回口頭弁論でのことだ。まず、汚染地域の被ばく線量を年間1ミリシーベルト未満に除染するには5兆円以上が必要という独立行政法人・産業技術総合研究所の試算を挙げた。その上で、原告は年間1ミリシーベルトを大きく下回る水準までの除染を求めて

いるとし、「莫大(ばくだい)な費用がかかるため、一企業において実現することは不可能だ」と主張した。 

5兆円」の試算は目安でしかなく、何だかごまかしのようだが、「技術的には可能だとしても費用がかかりすぎるため、できない、というのが東電の理屈です」と原告側の青龍美和子弁護士が説明する。 

国と東電はこれまでも「法的責任はない」と訴えを退けるように裁判所に求めてきたが、今回の主張に対し、青龍弁護士は「驚くべき開き直りだ。道義的な責任はどこへ行ったのか。原状回復をできないのなら破産するべきだ。破産して他に任せないと、後始末が妨げられる」。 

先月の口頭弁論では、東電はもう一つ耳を疑う主張をしている

 

事故による福島県民の被ばく線量は多くが年間20ミリシーベルト以下であり、喫煙や肥満、野菜不足より発がんリスクは低いとし、「住民の法的権利が侵害されたと評価することは困難」だというのだ。 


同じく原告側の深谷拓弁護士が解説する。

「原発事故で放射性物質は飛び散ったけど、この程度の量なら大丈夫、住民に訴える権利はありませんよ、という主旨だ。事故を起こした企業の言うことではない。個人的な喫煙や肥満と、被ばくという人災を比べること自体おかしい 

原告団は直ちに、この二つの主張の撤回を求めたが、東電は拒否した。「こちら特報部」は詳しい理由の説明を求めたが、東電広報部は「係争中の案件なのでコメントできない」とだけ回答した。 

中島さんの怒りは収まらない。 

「原状回復が難しいことは分かっている。でも、東電がやらなければいけないことだろうが」 
「多くの人を不幸にして許される対応ではない」 
「故郷をぶっ壊しておいて、何を言うのか」 

国や東電を相手取り、各地で訴訟を起こしている原告たち約150人が福島市内に集まった6日の集会でも東電に対する批判は絶えなかった。 

福島の原発事故絡みの集団訴訟は現在、17の地裁・地裁支部で提訴されている。原告は計約6800人。提訴の動きは他にもあり、東電の責任を追及する動きは広がっている。 

東電が再稼働を目指す新潟県の柏崎刈羽原発の運転差し止めを求める訴訟の原告の一人、矢部忠夫・同県柏崎市議も「除染は不可能」という主張に、「人命より経営を優先するという東電の本音が出た。新潟県民に対して宣言したのも同じ。東電に原発を動かす資格はない」と憤った。 

福島第一原発事故から3年がたったが、この間、東電の不誠実、無責任な体質は何度も表面化した。 

放射能汚染で休業に追い込まれた福島県二本松市のゴルフ場が2011年、東京地裁に除染の仮処分を求めた際、東電は「飛散した放射性物質はもはや東電の物ではない。誰の物でもない、所有者のいない『無主物』に当たり責任を持てない」と主張した。 

結局、この時点で国の除染に対する政策が定まっていないとして、東京地裁はゴルフ場の訴えを退けた。「無主物」に対する司法の判断はなく、その後、東電が主張した話は聞かない。 

太平洋に汚染水が漏れ出した問題では、事実関係を明らかにしたのは、東電が状況を把握した数週間後の昨年7月だった。東電は理由を説明していないが、発表した日は、参院選の投開票日の翌日だった。 

訴訟にならずに済むよう被害者と東電の交渉を仲介する原子力損害賠償紛争解決センター(原発ADR)の和解案を、東電がほごにするケースもみられる。公的資金注入の際、東電は「和解仲介案の尊重」を約束したにもかかわらずだ。 

飯舘村長泥地区の住民が求めた被ばく不安への慰謝料では、センターが示した和解案を一時拒否した。東電社員に対する賠償の和解案でも、拒否するケースが出ている。 


◆安全性の資料 開示拒否 

情報開示も不十分だ。119月、事故対応を検証する衆院特別委員会から、過酷事故(シビアアクシデント)時の対策手順書の提出を求められたが、「知的財産に当たる」などと拒否した。批判が高まり提出したものの、表紙や目次以外はほとんど黒塗りというあきれた対応ぶりだった。 

中島さんらの福島の訴訟でも、情報開示は十分ではない。昨年11月、潮見直之裁判長が原発の安全性に関する資料の開示を要求したが、東電は「必要性がない」と拒否した。「『自分たちは過失を争点にしないよう求めている。争点でないから出す必要がない』という勝手な論理」と深谷弁護士は説明する。要求に強制力はなく法的な責任はないが、提出してしかるべきではないのか。 

「拒否もそうだが、裁判の打ち合わせで、裁判長が東電の主張を明確にするように求めても、『間に合わない』と繰り返す。原発の再稼働前に不都合な事故のデータや批判を招きそうな主張を控えたいという思惑があるのではないか」と原告側の馬奈木巌太郎(いずたろう)弁護士はいぶかる。 

「『除染は不可能』という主張は、原発事故が起きると手が付けられない、と東電が認めたようなものだ。『原発はコストが安い』という神話の否定で、他の訴訟や原発の再稼働反対にも大きく影響するはずだ」 


[デスクメモ] 
メルトダウンになったら誰の手にも負えないという点では、東電の主張は正しい。だから、原発の再稼働を許してはいけない。もしかして、「除染は実現不可能」というのは開き直りではなく、再稼働を避けたいと思っているからなのか。安倍政権は、東電の人たちの「本音」によく耳を傾けた方がよい。(文


《見えない恐怖への二つの対応 安心一色の「リスコミ」と避難の子「県外留学」》東京新聞4/7 こちら特報部

2014-04-03 12:28:57 | 東京新聞

*見えない恐怖への二つの対応 「まつもと子ども留学」と飯舘村のリスコミ


福島の子どもたちが、長野県松本市にあるNPO法人運営の寮に入り、地元の学校に通う「まつもと子ども留学」が始まった。初年度の今年は中学生を中心に8人が入寮する。原発事故による被ばくを避ける試みのひとつだが、被災地では政府が後押しする放射線「リスクコミュニケーション」が加速している。子ども留学とリスコミ。どちらに理があるのだろうか。(上田千秋、榊原崇仁)


◆避難の子 「県外留学」

「事故から3年以上。福島にはまだ、子どもを避難させたくてもできない人たちがいる。国が何もしないのなら、私たちが動かないといけないと思った」

松本市の四賀(しが)地区にある「松本子ども寮」で、NPO法人「まつもと子ども留学基金」理事長の植木宏さん(43)は力を込めた。

事故当時、福島県須賀川市に住んでいた植木さんは妻と幼い息子2人とともに2012年7月に松本市に自主避難。松本で他の子どもらを受け入れられないかと考えるようになった。

そこで、医師出身でチェルノブイリ事故後に現地で住民の治療に当たった同市の菅谷(すげのや)昭市長に相談。財政支援こそなかったが、寮として使える格安な物件の紹介などに協力してくれた。

福島では事故後、低線量被ばくの危険性が指摘されているが、国は原発周辺の一部地域を除いて、住民を早期に帰還させる姿勢を崩していない。避難の権利も認めず、郡山市の子どもが市に「集団疎開」を求めた仮処分の申請も、一審福島地裁郡山支部、二審仙台高裁とも却下されている。

ただ、不安を抱えている住民は少なくない。今回、長女を入寮させた40代の女性は「国がいくら安心だといっても信用できない。かといって、高齢の親や夫の仕事を考えると、福島を離れられない。娘と別れて暮らすのは寂しいし、家族が離れ離れになるのはよくないけれど、それよりも被ばくのリスクの方が怖かった」と打ち明ける。

松本子ども寮では、福島市や郡山市などに住んでいた中学2年4人、同1年3人、小学6年1人の計8人の女子生徒・児童が築約30年の2階建て家屋で共同生活を送り、新年度から地元の小中学校に通う。寮費は1人月3万円で、高校卒業まで暮らす予定だ。

寮には元教諭の同法人のスタッフ2人が住み込み、食事や身の回りの世話などをする。「子どもたちが将来『ここで暮らせてよかった』と思えるような場所にしていきたい」と根岸主門(しゅもん)さん(29)は意気込む。

中学2年の女子生徒(13)は「福島にいるときは親からあれこれ口うるさく言われたり、食べる物にも気を使わないといけなかった。こっちに来ていろんなストレスから解放され、ほっとしている」と話す。

同法人には留学したいという問い合わせが他にも数件来ているというが、課題は少なくない。寄付で賄う年間運営費1000万円余のうち、今のところめどがついているのは約500万円。

植木さんは「楽な事業ではないが、安全だ、危険だと議論しているうちに、どんどん被ばくが進んでしまう。少しでもリスクを減らすために、国は今からでも住民に避難する権利を認めてほしい」と訴えた。


◆安心一色の「リスコミ」

福島原発事故の収束にめどが立たない。除染も難航し、住民らは放射線の影響を懸念している。そこで行政が熱を注ぐのが「リスクコミュニケーション(リスコミ)」という強引な「安心神話」の押しつけだ。

福島第一原発から30キロ近く離れながら、事故直後に大量の放射性物質が降り注ぎ、全村避難している飯舘村も例外ではない。

村は12年6月に「健康リスクコミュニケーション推進委員会」を設けた。

委員は17人。住民代表や学校関係者たちのほか、東京大附属病院の中川恵一准教授、国際放射線防護委員会(ICRP)委員を務める東京医療保険大の伴信彦教授、県民健康調査を請け負う県立医科大の宮崎真氏らも加わる。

リスコミ推進委は少人数の車座集会や講演会を繰り返し開くほか、一時帰宅や除染、健康調査等の話題を扱う広報誌「かわら版道しるべ」を3200ある全世帯に配っている。

「かわら版」は既に11回発行されているが、内容は「安心神話」一色だ。

12年12月発行の第3号では中川氏の講演内容を取り上げ、「原発事故前から放射線は宇宙から降り注いでおり、大地にも大気中にも食物にも放射性物質は含まれている」 「100ミリシーベルトの被ばくは野菜不足と同程度の影響」と紹介。昨年2月の第4号では村民向け放射線勉強会で「被ばくで子どもの甲状腺がんが増えることがあっても少なくとも4、5年かかる」と述べた伴氏の言葉を扱った。

昨年9月の第8号では、甲状腺検査の説明会で宮崎氏が「がんの原因は放射線だけではない。たばこや肥満、職場環境やストレスも関係がある」と述べた様子を扱い、今年1月の第10号では「100ミリシーベルト以下の被ばくによって、がんなどの影響が引き起こされるという明白な証拠はない」と強調する記事を載せている。

こうした飯舘村でのリスコミには国が深く関わっている。そもそも推進委の取り組みは復興庁の委託事業「福島原子力災害避難区域等帰還・再生加速事業」の一環で、同庁が2月に示したリスコミ施策集でも飯舘村の実践が先進例として紹介されている。

リスコミに躍起になる国の真意はどこにあるのか。国学院大の菅井益郎教授(日本公害史)は「事故が収束せず、除染も遅れている現在、危険な状態があるのなら、住民にその現状を伝えないといけない。しかし、国は早期帰還を実現させて避難者の生活支援の費用や賠償を抑えたい。安全を装い、帰還を促そうというのがリスコミに込められた思惑だ」と指摘する。

ただ、避難生活を送る飯舘村住民はそうした国の姿勢に冷ややかだ。伊達市の仮設住宅で暮らす60代の女性は「国の言うことを真に受ける人なんているか。いままでさんざんだまされてきた」と憤慨した。


◆「避難への支援 自治体整備を」

松本市の菅谷市長は「国がいくら安心だと主張しても、不安に思う福島の親たちは子どもを外出させようとは考えない。子どもは運動不足で転びやすくなったり、肥満になったりする。世の中への関心が薄れて無感動、無気力になる危険性すらある」と心配する。

「原発は国策なのだから本来は国がやらなければいけないことだが、低線量被ばくのリスクが高い子どもは一定期間避難させて、のびのびと過ごさせるべきだろう。松本の留学制度をモデルケースとして、全国の自治体が支援する体制を整えていく必要がある」


[デスクメモ]
誇りある日本人を取り戻そうと、アジア侵略の歴史を「自虐」と決めつけて消そうとする。住民の懸念をぬぐおうと、原発事故による放射能汚染の影響を「リスコミ」で軽く見せかける。ともに事実を直視する勇気に欠ける。そして責任を雲散させる。だから誤りを克服できない。世界からは笑いものになる。(牧)

 


核戦争防止国際医師会議の医学者 「日本政府の被曝対策は受け入れがたいほどひどい」

2014-04-02 13:27:41 | 放射能汚染

IPPNWドイツ女医ドルテ・ズィーデントプフさんが「日本政府の被曝対策は受け入れがたいほどひどい」と指摘(大貫 康雄)

2014年04月02日

DAILY NOBORDER

http://no-border.asia/archives/20064

より

今年3月、被災地を訪れ、原発事故被害者と会い、実情を調べてきた「IPPNW(International Physicians for Prevention of Nuclear War)ドイツ委員会」の医学者・デルテ・ズィーデントプフ(Doerte Siedentopf)博士の自由報道協会での記者会見について、今も問い合わせが続いている。

そこで、あらためてこの欄で要点をお伝えする。博士は「日本の放射能被害者対策は受け入れがたいほど酷い。チェルノブイリ事故後の教訓を生かそうとしない」と厳しく指摘した。

この会見は、仙台でのシンポジウムに出席するなど日本に1週間滞在し、原発事故被害者の置かれた現状について調べてきた後、日本のジャーナリストと会いたいとのズィーデントプフ博士たち自身の要望を受けて、3月15日に急きょ開いたもので、多くのジャーナリストに連絡できないままの開催だった。

博士の指摘は以下の通り。

●(まず人間の居住条件として)狭い仮設住宅に3年間も押し込められているのは酷い(精神面での負担も大きい)。

●(チェルノブイリ事故後の避難地域設定に比べても)福島第一原発事故後に日本政府が定めた避難地域は狭すぎる。もっと広い地域がひどい汚染状態にある。

●年間被曝量が1m/Sv以下であるべきなのに、年間20m/Svにしているのは医学者として受け入れがたい。放射線量の計測も第3者が行うのでなく、業者任せというのは無責任。

●福島では、すでに子どもたちの喉に悪性腫瘍が見つかり、手術をした子が何人もいる、というが(20年以上も前で)技術水準も低かった当時(チェルノブイリ事故後)のウクライナで起きたことを見ても、問題はこんなものではすまない。子どもの悪性腫瘍の事例は、今後時間の経過とともにさらに増えるだろう。

●チェルノブイリ事故後、ベラルーシなどでは夏休みの時期、幼児から少年少女までを母親とともに安全な(放射線量の低い)地域に連れて行き、一定期間過ごすようにするとかなりの程度健康を回復することがわかっている。こうした転地療法はやった方が良い。

●日本政府はセシウム137を計測しているが、一層危険なのはストロンチウム90だ。セシウムはある程度体外に排出されるが、ストロンチウム90は、いったん体内に入ったら骨や歯の中にこびりつき排出されず、放射線を出して骨細部御などを傷つけ続けていく。

チェルノブイリ事故後10年の経緯を見ると、とりわけ食物や飲料水を通した内部被曝は一層深刻な問題だ。

ジャガイモや米・穀類など、地中から直接養分を蓄える食物などから体内に入る、ストロンチウム90の影響は絶対に軽視してはならない。リンゴなどは葉と茎に放射能が蓄積する。人々が毎日簡単に食物の安全性、放射能汚染の程度を計測できるように計測機を各地に配備するべきだ。

●現在の避難地域より広範な範囲で、内部被曝の程度を最低でも半年に一度は計測し、人々の内部被曝の状況を監視するべきだ(1年ごとでは不十分)。

●チェルノブイリ事故後、ウクライナやベラルーシで、赤ちゃんが子どもに、青年に、そして成人になって、様々な障害が出てきているのと同じようなことが福島でも今後考えられる。

●原子力規制委員会は、再び原発稼働の許可を与える方針のようだが、(事故の原因究明も収束も何も進まない状況下で再稼働を認めるなど)個人的には理解できない。

●東北電力の女川原発は、大震災でも(奇跡的に)持ちこたえたが、日本は地震国、事故が起きた時の対価を考えると原発再稼働は何としても避けるべきだろう。

記者会見は、途中から幼児から18歳までの福島県内に居住する被爆者の子どもたちとお母さんたちが駆けつけ、ズィーデントプフ博士たちとの話し合いになった。

記者会見後、博士は「子どもたちの無邪気な表情とお母さんたちの不安な顔を目の前にしたら、チェルノブイリ事故後の経緯と同じく、これから起きるであろうことについて、とても本当のことは言えなかった」と顔を曇らせて語ったのが忘れられない。

記者会見後、博士から“日本の人に伝えてくれ”とIPPNWドイツの医学者たちが継続調査を元に2011年4月に発表した健康被害報告「チェルノブイリ事故20年後の健康への影響」の要約版を手渡された。

この報告の要約は、日本でも「チェルノブイリ原発事故がもたらしたこれだけの人体被害」(合同出版)として翻訳出版されている。

詳しくは日本語版を読んで頂ければわかるが、博士からの伝言でもあり、今後、機会を見てこの欄でも紹介する。


Das leise Sterben 静かな死  vendredi 21 octobre 2011
http://vogelgarten.blogspot.com/2011/10/das-leise-sterben.html

これは3月(2011年)、福島原発が爆発した直後にドイツのニュース専門チャンネルn-tv オンライン版に掲載された記事です。タイトルからしてあまりに衝撃的で、当時とても和訳する気にならなかったのですが、福島から遠く離れた横浜でもストロンチウムの検出された今、翻訳してみることにしました。ここでインタビューに答えているドイツの女医ドルテ・ズィーデントプフさんは同じ時期、ドイツ第一テレビARD局の『遺伝子の中で荒れ狂うチェルノブイリ』 にも登場されていました。

ソース:Das leise Sterben

↓一部紹介

つまりチェルノブイリ事故から25年を経た今、当時いわゆる低線量被曝を受けた人間が発病しているということなのですか?

その通りです。当時の大人は25年間生き延び、今病気になっています。私達はそれを”静かな死”と呼んでいます。当時の子供達はもうとっくに発病しています。そして多くが死んでしまいました。

 

汚染地域で生きること言うことを、どのように想像したらいいのでしょうか?


生きるですって? 

何よりも人々は死んで行くのです。静かに死んでいきます。主に癌が原因ですが、あらゆる病気で人々は死んでいきます。

ストロンチウムも大きく起因しています。例えばエネルギー交換が不可能となって心筋がやられます。

ベラルーシーで行った診察は、子供達が2歳、3歳、4歳にして急性心不全で死んで行くことを証明しています。

癌だけではないのです。腎臓不全、肝不全や多くは血液製造障害が原因で人々は死んでいきます。

これらは「チェルノブイリ・エイズ」という名称で知られ、生き延びられるチャンスはほとんどありません。

ドルテ・ズィーデントプフさん

 

リンク

小出裕章 (京大) 非公式まとめ