ひよりみ日記

セルロイド人形ミーコと
ネコのおまけとヨモコと
飼い主セルやの日常

セルロイド・ドリーム(HP)

蓮乗寺さん本堂落慶法要

2012-11-30 18:53:14 | Weblog

仏種山・蓮乗寺さんの本堂が落慶したお祝いの式があったので、吉祥寺へ行って来ました。
昭和2年に建立された本堂は足かけ3年に及ぶ大改修が行われて、
柱や天井、壁や戸、それに本堂内の装飾などもすべてピカピカになって、
改修というよりも新築といった方が適切な、どこもかしこも綺麗に仕上がっていました。


午前11時から、開山350年改修記念の本堂落慶法要が御住職と僧侶で営まれ、
改修にたずさわった寺院設計事務所や改修工事をした工務店の方、
それに蓮乗寺さんの檀家一同が列席しました。
ご本尊





吉田教理御住職



本堂祭壇裏の位牌を祀る場所に置かれた仏様


平井家の位牌が新調されていました。


落慶法要のあとは、寺の庭に設えられたテントの中で立食パーティがありました。
鏡開きをして祝宴が始まりました。
天ぷら、寿司、ローストビーフ、蕎麦、ビーフカレーなど三越のケータリング屋台が並び、
工事関係者や檀家一同が食事をしながら懇親を深めました。


吉田教理御住職


お寺の落慶法要などは滅多にある行事ではないので、
とても素晴らしい祝宴に列席できて良かったです。

私が食べたメニュー。
天ぷらとビーフカレー丼。ローストビーフ、寿司。それに蕎麦も食べました。
何度もお替わりしたので満腹してお腹が苦しいです。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

今月の家弁

2012-11-29 20:09:18 | Weblog

弁当作りは、朝の楽しみになっているので飽きることなく続いています。
たいていは夕飯の残りを詰めていますが、弁当のおかずを考えるのもまた楽しいです。
家に帰ってから弁当箱のフタを開けるときはもっと楽しいです。
いつも必ず入れていた佃煮が入っていないのは食べ飽きたからで、
暮れになったら浅草へ買い出しに行こうと思っています。

助六寿司と筑前煮弁当

酢豚弁当

鮭と焼売と生揚げの煮付け弁当

マグロのあらの竜田揚げ弁当

鯖とおかかの弁当

すき焼き弁当

コメント (3)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

暖かい

2012-11-28 19:38:33 | Weblog

私が留守の間、おまけは外を飛び回っていて、ミルコは二階のねぐらで休んでいますが、
私が帰ってきてストーブを点けると、急いで出てきてストーブの前に陣取ります。
就寝するためにストーブを消すまで、丸くなったままそこを動こうとはしません。




コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アイドールとトヨタ博物館

2012-11-27 18:13:50 | Weblog

12月2日(日)にアイドールvol.36が開催されます。
http://www.idollweb.net/tokyo/36.php
今回は「ひみつの花園」の出店で、ベッツィとプチブライスの着物を出品します。
ブースナンバーは4階 J-5、6です。
入場証が2枚あるのでご希望の方に差し上げます。メールをください。

トヨタ自動車から配当金が来たので、
これを使ってトヨタ博物館へ行って来ようと思っています。
配当金は愛知県までの交通費程度ですが、
以前から博物館を見学したいと思っていたので、
アイドールが終わったら、これを機会に出かけてみます。
特別企画展「トヨタの75周年」を見るのを楽しみにしています。
http://www.toyota.co.jp/Museum/exhibitions/data/toyota75/

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ミルコの独白「ネコに歴史あり・エピローグ」

2012-11-26 19:55:39 | Weblog

2007年の初めにクニちゃんの姿が見えなくなりました。
お母さん似の可愛いネコでしたが、ネコが6匹もいたので、
1匹いなくなってもセルやパパはそれほど気にはしなかったようです。


4月にライオンみたいな房を持ったクロがいなくなりました。
あの日、セルやパパは夕方からオフ会に参加するために、
クロが外から帰ってこないまま、家の鍵を閉めて出かけてしまいました。
オフ会から帰って来ると夜遅くまでクロが戻ってくるのを待ちましたが、
とうとう現れずにその後、行方不明になりました。
いつもは5匹のネコが家の中に入ってから鍵を閉めていたので、
クロがいなくなった日にオフ会に行ったことを今でも悔やんでいるそうです。
おまけとミルコとクロ
 
クロとヨモ


キミちゃんは体調が悪くて1週間ほど飲まず食わずの状態が続いて、
二階に隠れたままだったので病院へ連れて行こうと思っていた矢先、
久しぶりに階下に降りて来ると哀しそうな目でセルやパパを見て、
そのまま家を出て行くと何処かへ姿を消してしまいました。
あの寂しそうな顔は未だに忘れられないとセルやパパは言っています。
 

消えたネコの中ではヨモがいちばん可愛そうでした。
ヨモはおとなしいネコで、おまけに睨まれると机の下に隠れることがしばしばでした。
おまけはどういうわけかヨモと相性が悪くて、よくいじめていました。
ある日、ヨモはおまけに追いかけられて、外へ逃げて行きました。
それからは家の中に入ってくることはなく、ときどき外に置いた餌を食べに来ていましたが、
その度におまけに見つけられると追いかけられるので、いつの間にか姿が見えなくなりました。
アタシとよく遊んでくれた仲良しのヨモのことを思うと今も涙が出ます。






 

こうして4匹の兄弟はセルやパパの家から姿を消して、アタシとおまけの2匹のネコが残りました。
おまけは小さい頃からの習慣で、今もセルやパパと一緒に寝ていますが、
昼間はかまわれるのが嫌いになって、抱いたり触ったりすると怒って噛みつきます。
アタシ・ミルコは長い間、セルやパパに触ったり抱いたりさせなかったのですが、
最近はパパに抱かれて膝の上で身体をなでさすられるのが好きになりました。
セルやパパは昼間はアタシと遊び、夜はおまけと抱き寝して毎日、幸せだと言っているニャン。
(おしまい)

コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ミルコの独白「ネコに歴史あり・パート6」

2012-11-25 17:57:16 | Weblog

2007年が明けると黒猫のチビが毎日のように顔を見せ、図々しくも家の中にまで入ってきました。
目障りなのでアタシがにらみつけると、部屋の隅に固まって小さくなって震えています。
それを見たセルやパパがチビネコを助けて、抱き上げるとうれしそうにニャ~ニャ~と甘えます。
アタシたち5匹の兄弟はお母さんのしつけを守り、飼い主に抱かれることはおろか、指一本触れさせません。
それに引き換えチビネコの人馴れした甘えっぷりに、セルやパパは彼が可愛くて仕方がありません。

「5匹飼うのも、6匹飼うのも面倒は同じだ。オマエもうちの子になるかい」と、訊ねます。
「ニャン、ニャン、ボクはアナタの子供になります」と、チビクロはうなずきました。
「そうかい、じゃあ、名前を付けて上げよう。・・・・う~~~ん。
そうだ、おまけで飼って上げるネコだから、「おまけ」という名前にしよう」
と、安直な理由で名前が決まったこいつはセルやパパにべったりで、
夜はパパの布団に潜り込んで寝る始末です。
アタシたち5匹の兄弟はセルやパパに触られるのが嫌で、天井裏に隠れて寝ていました。

セルや家へ顔を出すようになった頃のおまけ

小憎らしいのでおまけをにらみつけるアタシ


まとめて6匹のネコを飼うことになったので、
避妊手術をしなければと考えていたセルやパパに、
猫のボランティアをしている猪やっこさんが、
安い費用で手術をしてくれる病院を紹介してくれました。
絶対に触らせないアタシたちネコを捕まえるために、
ボランティアの人が捕獲器を持って、遠く日野市からやって来ました。


この時、捕獲器から出されたクロが、病院へ連れて行く自動車の中から逃げ出しました。
いくら探しても見つからないのでボランティアの人はあきらめて、
来週、残りのネコを連れに来るときにクロを捕まえると帰って行きました。

ところがそのあとボランティアの人から連絡があって、
逃げたと思っていたクロは車のダッシュボードの裏に、
1週間隠れていたと報告がありました。
まあまあ、クロは辛抱強いネコです。
(つづく・・・)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ミルコの独白「ネコに歴史あり・パート5」

2012-11-24 16:45:16 | Weblog

アタシたち5匹の兄弟ネコを飼うことに決めたセルやパパは名前をつけてくれました。
左から、キミちゃん、ヨモ、クロ、横を向いているのがアタシ・ミルコ、右がクニちゃんです。
アタシ以外はみんな男の子です。


セルやパパが入院で1ヶ月間、家を留守にしていたときに、
アタシたち5匹の仔猫の面倒を見てくれたお母さんは実に偉いネコです。
餌をくれる人がいなくなり、空腹の子どもたちを抱えてたいへんだったろうと思いますが、
ともかくアタシたち5匹が飢えないように世話をしてくれました。

車の下でアタシたちを見守っているお母さん

庭先で遊ぶアタシたちを見つめるお母さん


アタシのお母さんは美猫だったので、男性にたいへんにモテたようで、
アタシたち兄弟はお父さんがそれぞれ違っています。
お母さんはそんな父親違いの子どもたちをそれからしばらく見守っていましたが、
2007年の春先にはセルや家から姿を消しました。
子どもたちがセルやパパの子になったことを見届けて、安心して出て行ったのでしょう。

ある日、アタシのお父さんではないかと思うネコが訪ねて来ましたが、
2、3度姿を現しただけで、その後は見かけなくなりました。
(つづく・・・)

コメント (3)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ミルコの独白「ネコに歴史あり・パート4」

2012-11-23 20:11:55 | Weblog

10月23日、浦安のギャラリーから帰ったその夜に花薗さんと電話で話をしているときに、
急に発作が起こって、激しく咳き込み呼吸するのが苦しくなると同時に、
手足が攣(つ)ってその痛さに床の上を七転八倒してのたうち回りました。
その死ぬほどの苦しさに冷や汗が出て、起き上がることも出来なかったそうです。

1時間ほどして激しい発作が治まったので、「もう大丈夫」と花薗さんに伝えたところ、
「病院へ行って診察を受けたほうがいいですよ」と、言われました。
「病院には行きません。明日になれば元気になるから大丈夫です」
と、セルやパパは脳天気なことを言います。
さっきまで死にそうなうめき声を上げていたくせに、
その応えの馬鹿加減に花薗さんはあきれ果てたそうです。
「その様子はただ事ではありませんよ。病院に行きなさい!」
「いやいや、この発作はいつものことだから大丈夫、病院には行きません」
夏頃から体調はよくなかったのですが、
セルやパパの辞書には病院という言葉がないかのように、
身体の具合が悪くなっても病院へ行くということは
まったく思い浮かばなかったようです。(アホだニャ~)
「どうしても病院へ行かないなら絶交します。ミーコの洋服屋さんも止めます」
と、花薗さんは脅かすようにして、馬鹿を諭します。
絶交されて、洋服を作ってもらえなくなれば大いに困るので、
セルやパパはしぶしぶ病院へ行くことを承知しました。(まったくもって大馬鹿だニャン)

翌日、近所の診療所で診察してもらいました。
胸に水が溜まっているから尿を出すのが一番と利尿剤の点滴を受けました。
それからは毎日、点滴に通いました。
点滴中に意識を失ったことがあって、その時は綺麗な花園を浮遊している夢を見ました。
あの世へさ迷いそうになったのかも知れません。
危ないところで看護婦さんに呼びかけられて意識が戻りました。
1週間通院したけれど一向に良くならないので、紹介状を持って近くの病院へ行きました。

病院で診察してもらったら末期の腎不全で、すぐに入院して治療する必要があるという診断でした。
今、通院している東和病院に11月1日に入院して、人口透析の治療を受けました。
もし、あの時に病院へ行かなければ、胸に溜まった水のために心筋梗塞で死ぬか、
体中に回っていた毒素のために死んでいたことでしょう。
1ヶ月の入院で発作や手足の痙攣は治まりました。
花薗さんに尻を蹴飛ばされるようにして、病院へ行ったおかげで命拾いをしました。
もし、あのまま馬鹿を続けていたら、この世には居なかったでしょう。
花薗さんを命の恩人だとたいへんに感謝しているようです。

入院中は多少、ネコのことは気に掛かりましたが飼い猫ではないので、
1ヶ月間、留守にしていた間によそへ行ってしまっただろうと思っていました。
ところが退院して家へ帰ってきたらビックリです。
5匹のネコが揃って出迎えてくれました。
セルやパパはうれしくて、うれしくて、大感激したそうです。
そして、5匹のネコを全部まとめて飼うことに決めました。
(つづく・・・)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ミルコの独白「ネコに歴史あり・パート3」

2012-11-22 16:33:09 | Weblog

2006年11月に急に姿が見えなくなったセルやパパの消息は、
その後、聞いたところに寄れば1ヶ月ほど病院に入院していたとのことでした。
入院の顛末がアホらしくて、この人は馬鹿かと思うほどお粗末なきわまりないモノです。

セルやパパは夏頃から疲労感が強くなって、ときどき手足が攣(つ)るようになっていて、
駅の階段を上がるときは途中で息切れがして、足が重く感じて動かなくなり、
やっとの思いをして階段を上ったそうですが、これは年を取ったせいだなと脳天気に考えていました。

この年の10月はイベントが続いて、たいそう忙しかったようです。
10月7、8日は千葉県幕張のホテルで開催されたバービーのイベント「ドーリイ・スタイル・コンベンション」に参加しました。
この時も身体がだるくて、イベントをあまり楽しめなかったそうです。

10月13日は横浜人形の家のギャラリーに展示していたミーコの撤収と再展示に行きました。


10月16日から18日までは第1回「日本橋人形町の人形市」に出店しました。
初めてのイベントでしたが、この時はたいへんよく売れて、
用意していたミーコが足りなくなって、あわてました。
最終日は身体がだるくて、気分がうっとうしかったと言っています。


10月21日は三軒茶屋の三茶で大道芸「アート楽市」に王様と出店しました。


10月23日は吉祥寺の蓮乗寺さんのお会式に参列したあと、
千葉県浦安のギャラリー「どんぐりころころ」に、てんてんぐーす展を見に行きました。
浦安からの帰りは足が重くて動かすのがやっとで、おまけに息切れがして、
一緒に行ったブルさんについて歩くのがとても辛かったそうです。
そして、家に帰ったその夜にセルやパパは死にそうな思いをしました。
(つづく・・・)

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ミルコの独白「ネコに歴史あり・パート2」

2012-11-21 19:11:44 | Weblog

アタシの姓は夢尾、名前はミルコ。
2006年春の生まれだから、当年とって6才と6ヶ月になります。
アタシには4匹の兄弟がいましたが、今日はそのことをお話しします。

「ボクの姓は夢尾、名前はおまけ。
2006年のいつ生まれたかわかりませんが、当年とって6才と数ヶ月です。
ボクの兄弟はどうだったかな?」

「これはアタシのひとりがたりよ。
キミは黙って聞いていてちょうだい。
それにキミには姓はないの。ただのおまけよ。
そのわけも話して上げるから、おとなしく聞いていてね。」

2006年の春4月に生まれた(推定)アタシたち5匹の兄弟は、
5月になるとお母さんに連れられて、セルやパパの庭先に遊びに来るようになりました。
最初は興味なさそうに見ていたセルやパパは毎日、遊びに来る仔猫の可愛さに惹(ひ)かれて、
先代ミルコのために用意していた餌を与えるようになりました。
湯飲み茶碗にほんの少し餌をくれるだけなので、5匹で食べるとお腹はいっぱいになりません。
ちょうどこの頃にセルや家を訪問していた花薗さんに、「セルやさんはケチね」と、笑われていました。
セルやパパを弁護すれば、ケチというよりは餌の与え方を知らなかったために分量がわからなかったようです。
6月、7月、8月と私たち5匹の仔猫はお母さんに伴われて、たびたびセルや家の庭先に現れていました。
セルやパパは餌やりをするけれど、ネコを飼うつもりはなかったので家へ招き入れることはありませんでした。
アタシたちもお母さんから、「人間には心を許してはダメよ」という言いつけを守って、
セルやパパがそばに近寄って来ると逃げ回っていました。
そんな状態が9月、10月と続いていて、アタシたちとセルやパパの距離は縮まることはありませんでした。
11月に入ると、どうしたことかセルやパパの姿が見えなくなりました。
毎日、みんなで顔を出すのですが、セルやパパは家にいる様子はまったくありません。不思議です・・・・。
(つづく)

アタシたちを飼うつもりはなかったけれど、段ボールハウスに住むことは認めていました。


花薗さんの人形と写真を撮って無邪気に喜んでいたセルやパパは、
仔猫が5匹もいるのに餌はこれだけしか与えてくれませんでした。
花薗さんに笑われるわけです。


昼間、こんな可愛いお客さんが仕事場を覗きに来ました。(2006年8月28日のブログから)


アタシの兄弟たち

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする