ケパとドルカス

『肝心なことは目では見えない』これは星の王子さまの友達になったきつねの言葉。

あなたの将来は、それで大丈夫?

2017年02月04日 | 
今日はドルカスの親族と船橋アンデルセン公園に行った。ここは日本最大規模の公営アミューズメントパークで、すでに200万人以上の来園者があるように人気が高い。そして素晴らしいことに、高齢者の入場料は無料だった。ということは、私はただだったのである。(写真は公園の中にある、アンデルセンの生家近く、デンマークのフュン島の農家を前にして)
高齢者になってから、電車のシルバーシートに座っても、以前の居心地の悪さが減った。年金も満額出るし、以前入っていたJRの大人の休日クラブも三割引の正会員だ。(後ろは本物の風車)

しかしそんなことで喜んではいられない。私とドルカスのそれぞれの親は、かつての義理と実の親、併せて計八人ともすべて他界している。気がつけば私たちはすでに幼稚園か小学生ぐらいの孫がいるはずの年代である。そう、人生も折り返し点をとうに過ぎ、体も相当がたが来ているのを、嫌でも気づかさせられている。何が言いたいか?
「次は私たちが行く番である」ことだ。

二十歳前、学生運動をしていた時、「死後」のことなど考えもしなかった。共産系だったので、当然唯物論で、「死んだらおわり」と、ちょっと引っかかるが、そう思うことにしていた。そう見れば、葬式や法事、墓参りや神社仏閣にいくことなど、なんて大人は無意味な愚行を、あんなにせっせとやってるんだろうと思えた。

見えることしか信じな人々には、霊、魂は見えず、そのため存在することすらわからないようだ。しかし見えるものは必ず朽ち、滅びる。私たちのこの血肉の体は、必ず数年か数十年後には必ず土に還るのだ。逆に見えないものこそ、滅ばず、永遠に生きるものだ。
電気や電波は通常は見えないが、その働きで確かに存在することがわかる。しかし昔は存在すらわからなかった。霊、魂の世界は、電波などよりずっと昔から、人間はその存在を知っていた。

問題は生きている間に、死後のどの世界を選ぶか、である。つまり仏教を信じて死ねば「極楽」とか「浄土」に行けるらしい。しかしてそこはキリスト教のいう「天国(正しくは神の国)」ではない。いったいどっちが正しいのだろうか? なにしろ生きている間の選択なので、ワン・チャンス、つまり一回こっきりで自分の永遠の世界への行き先が決まってしまうことである。
極楽に行けると思ってハッと気がついて辺りを見回してみると、ものすごい人の焼ける臭い匂いと、薄暗く、燃える火が迫っていて・・・「ああ、しまった!」なんてことは冗談では済まない。

さて例えば、身近で死んだ人間が生き返ったして、自分の行ってきて、見てきたことを証言してくれたとすれば、それは信じがたいことだが、かなり心動かされることだろう。不思議なことに、キリスト教ではそれが臨死体験的に起こり、 実証されている。それも怪しげな国でなく、最近のアメリカで映画になっている「天国からの奇跡」や「天国はほんとうにある」などである。それらによると、死後の世界はクリスチャンにとっては、確かにあって、神が光となって中心におられ、花と喜びに溢れている神の国である。

このような死後の実体験の話は、キリスト教以外の他宗教からは、私は聞いたことがない。また非常に重要なことに、クリスチャンは神の国への証印として、聖霊の満たしを受ける。つまり生きながらにして、天国行きの確証を神から得るということがある。神の霊が己の内に住まうからである。彼らはこの世に生きてはいるが、もはやキリストのものであり、自分の欲や考えで生きているのではなく、神の御心を行うことが1番だと思っている。クリスチャンでなかったら狂信的に見えるだろうが、もともとクリスチャンとは、キリスト狂いという揶揄した意味だったし、まさに2000年たってもまったく変わらないのだ。

私は牧師だからして、キリスト教をお勧めするのは当然だとしても、その確かな理由がある。先ほどの①証人のこと。②世界最大の宗教ーキリスト教徒は全世界に22億人以上いる。つまり全人類の三人に一人はクリスチャンばである。日本だけが異様に少ないのだ。③世界最古の宗教ーキリスト教はユダヤ教をも母体としており、四千年の歴史がある世界最古の宗教である。④グローバルな地球人の宗教ーインドではヒンズー教、中国では道教や儒教など特定の民族や地方色があるが、キリスト教は地球を一周している、全人類のための宗教である。とりわけ英米、仏独伊など日本以外の先進国が軒並みそうである。アジアでもフィリピンや韓国などもキリスト教だと言える。⑤唯一の絶対規範を所有ー世界最古にして、神の言葉である聖書がキリスト教の唯一の土台である。明確でぶれない教え、そこに時代を超えた真理がある。

<あなたへ>
クリスチャンは死を恐れません。なぜなら天国(神の国)こそ故郷であり、この世はその永遠に比べれば、ホンの一瞬でしかないからです。多くの日本人はこの必ず来る死から逃げています。縁起が悪いとか言って、行き先が怖い所であることを予期して、話題を避けます。イエス・キリストを信じなかったら、罪が消えず、考えたくもない怖い所へ行かざるを得ません。
ところがクリスチャンはみんな笑顔で死んでいます。喜びの天国へ向けて、この世から凱旋して帰って生きます。しかも天国では新しい御霊の体を着ます。十字架と復活。あなたもこの福音信じて、天国で再会しませんか。どうか今の、血肉の命ある間に、ご自分の永遠の命をお救いください。


ケパ




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