阿武山(あぶさん)と栗本軒貞国の狂歌とサンフレ昔話

コロナ禍は去りぬいやまだ言ひ合ふを
ホッホッ笑ふアオバズクかも

by小林じゃ

不動院前から

2021-04-05 20:48:20 | 寺社参拝
お彼岸の3月22日に不動院をお参りした時のことを書いてみたい。しかし、この日の本来の目的は墓参りであり、途中バスの乗り換えのついでにお参りしたもので、短い時間で写真もあまり撮っていない。そのためタイトルは不動院前からとしたが、今調べたら不動院前はアストラムラインの駅でバス停は不動院だった。ややこしいことだ。



(広島地区の交通系カードPASPYの履歴)


高齢の両親のことを考えると、墓参りは春秋のお彼岸に一緒にお参りして、猛暑が予想されるお盆は私一人という予定でいた。しかし近頃の朝晩の気温差で両親とも体調が悪く、特に父は食欲もなくて墓参りは難しそうだ。そこで私だけということになったのだが、金曜ぐらいからアレルギー性喘息のような症状が出て、彼岸の中日を過ぎた月曜日にやっと落ち着いて午後から出かけることにした。このあたりのお年寄りは皆、墓参りは午前中に済ませるものだと言われる。いや、スーパーも町医者も午前中が混んでいるから御用はすべて午前中というのが当地の高齢者の常識なのかもしれない。数年前、中国山地の小さな町にある親戚のお墓の場所がわからず道行く爺さんに尋ねたら昼過ぎて墓参りとは何事かと笑われたことがある。しかし、平日の午前中に済ませるとなると行きが通勤ラッシュと重なってバスが混んでいるだろう。今は密を避けるという大義名分があるのだから、堂々と昼から出かけることにした。

お参りするのは、東白島町にある父方の墓と二葉の里にある母方の墓の二か所で、あとは母のリクエスト、むさしの俵むすびを買って帰ることになっている。まずは、バスを不動院で乗り継いで東白島町を目指すことにした。一昨年、父が宇品の県病院に入院していた半年間は何度か不動院で乗り替えた。私が一人で行くときは芸備線からバスに乗り継いだ方が断然早く、手術や説明会など母と一緒に行くときは徒歩が少ない不動院乗り換えを選択した。バス停に着く手前で家の間からちらりと不動院のお寺が見えて、いつもバスの中から父の病気平癒をお薬師様にお願いしていたのだけれど、お参りはできなかった。母があまり歩けないから、というよりは心の余裕が無かったと思う。今日は一人でもあり、二か所分のお花を抱えて甚だ不格好ではあるけれども寄ってみることにした。

バス停裏の階段を下りて左を見るとすぐに参道の入り口が見えて、山門までは徒歩1分だろうか、五十年近く前、小学生の時に遠足か何かでお参りして以来ということになる。




山門の手前には境内の案内図があった。




今日は墓参りもあって時間はかけられない。とりあえず金堂の前で父が無事に過ごせていることのお礼を申し上げた。しかし、広島市唯一の国宝である金堂全景を撮らなかったのは相変わらず間抜けなことであった。いずれ薬師様開帳の折にゆっくりお参りしたいものだ。





金堂の裏に回ると、「牛の守護佛 法起菩薩」という立札があって、そこにいらっしゃったのはあまり見かけない菩薩様、





ネットで検索すると農耕の守護神と出てくるのだけど、有名寺院の御姿とは随分違っていて、これは何をモデルに作られたのか私の知識ではさっぱりわからない。持っていらっしゃるのは農具だろうか?

不動院は被爆建物ということでも知られていて、それを記した説明板もあった。




父の一家は原爆の爆風で西白島町の家が倒壊し戸坂の知り合いの家まで逃げる途中この不動院の傍らを徒歩で行き過ぎたはずだ。その時のことは法事のたびに叔母から聞かされてきたのだけれど、白島から牛田へ工兵橋を渡るところが眼目なので工兵橋の写真を撮ってから書いてみたいと思っている。

安国寺恵瓊のお墓は次回という事にしてバス停にもどった。ここからは仁保沖町行きのバス、その前の深川線に比べると本数が多い。すぐに降りるから前の方に座ろうとしたら、前の広島交通のバスで座った運転手の真後ろの席は、こちらの広島電鉄のバスでは使用禁止になっている。郊外線と市街地を走るバスとでは温度差があるのだろう。座れてもそこは避けた方がいいのかな。バスは神田橋を渡り子供の頃よくお参りした碇神社の前を過ぎてほどなく白島町のバス停に着いた。ここから父方の墓までは徒歩1分、中日を過ぎた平日ということもあって他にお参りする人もいない。ゆっくりお参りする間に、北側を走っている山陽本線の電車をバックに写真を撮ってみようと思い立った。しかし、通り過ぎたのは貨物列車で、しかも防音壁に隠れてほとんど写っていない。これは失敗であった。うちの墓の前ではなく、もっと離れたところからカラフルな電車が来たタイミングで撮るべきだった。




しかしながら怪我の功名、いや恥の上塗りかもしれないが、この失敗写真はエイプリルフールの記事のモチーフとなった(記事の順序が逆になって彼岸の事を今頃書いていること、おわび申し上げます)。私は、ほら吹き爺さんになりたいと常々考えていて、このイベントにはできれば参加したいと思っている。読んでいただいた皆様には迷惑に違いないのだけれど何卒ご容赦願いたい。そしてもうひとつ、やはり外に出て歩き回らなければアイデアは出てこないという教訓をもらったような気がする。うちは両親が高リスクと考えられるので、両親のワクチン接種まではあれこれ我慢しようと思っている。しかしずっと引きこもっていたのでは視野も狭くなってしまう。散歩の回数だけでも増やしたいけれど、最近は自身の疲労感もあって難しい。

父方の墓から母方の墓までは徒歩10分ぐらい。途中常葉橋の桜は白島側はほとんど咲いてなくて、橋を渡り終えた二葉の里側は結構咲いていた。白島と二葉の里は同じ学区で、白島に住んでいた小学生時代はこの橋を渡って二葉の里の友達の家に遊びに行ったものだ。









道中では、鶴羽根神社前の桜が一番よく咲いていた。彼岸の墓参りに桜を眺めながら歩くというのは過去に記憶がないことだ。




母方の墓は誰かがお参りした形跡はなく、タンポポがぎっしり生えていて抜くのに苦労した。あとから考えると、中日を過ぎても誰もお参りしていないのだから、体裁を気にしてタンポポ抜かなくても良かっただろうか。とにかく草抜きでくたびれた。

帰りは広島駅まで歩いて買い物をしてから芸備線で帰った。考えてみると芸備線も5か月ぶりぐらい、我ながらよく引きこもったものだ。久しぶりに芸備線から阿武山を一枚、と思ったけれど、ねらい目の安芸矢口駅では日よけが下ろされていて撮れなかった。ボックスに私だけになったのはラストのひと区間だけ、やっと一枚カメラにおさめて、今日のお墓参りを締めくくることにした。





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2 コメント

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Unknown (kaminaribiko2)
2021-04-06 13:34:40
こんにちは

バスの運転士さんの後ろの席が座れないようになっているのは運転士さんへの感染を防ぐためらしいです。
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Unknown (cachillat)
2021-04-06 13:59:48
@kaminaribiko2 kaminaribiko2さま、コメントありがとうございます。
そうなんですね。バス会社で違っていたのでびっくりしました。
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