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虹色仮面 通信

神出鬼没なオッサンが毎日感じたことを取り留めなく書き連ねます

出家騒動より考えてみた

2017-02-14 09:25:54 | 社会

ある若い女優が芸能界を引退して、新興宗教に出家するニュースが世間を騒がしている。
騒いでいるのは、芸能マスコミとゴシップ好きの人たちだけか?

以前、新興宗教の教祖は本物か否かは別にして、多くの人たちを救い、敬われる存在であることを単純に凄いと思っていた。
「思っていた」というより、今もなお「思っている」に近い感情がある。

残念ながら、私にはそのような無形の力や(人格を含めた)才覚がないため、単純な無い物ねだりになってしまっているのだが…。

何が違うのだろうか?
ただ単純に教祖になりたいからって、その雰囲気を纏う(なりきる)だけでは、多くの人たちに崇められ、敬われないだろう。

人間の弱い部分に着目し、それを共有したり、宗教の信じる力で救われると唱えられたら、フラフラっと流れてしまう人間のサガに着目したのは素晴らしいし、その方々を救済した(とされる)のであれば、傍の人間が文句をつける権利はない。

世間一般で、新興宗教はインチキだとか詭弁だとか言われる。
確かに、宗教にはそういうキナ臭い部分はある。
第三者的に傍観していると馬鹿馬鹿しいことも多々あるものだ。

しかし、宗教をビジネスとして捉えた場合、こういう方法は否定できないし、極めてグレーな部分で存在し、現在に至っている。
今更、新興宗教を立ち上げる気はないが、彼らのやっていることから何か得るものがないか?
今回のニュースを通じて、改めて考えているのであった。