日記

Hajime

おはなし

2008年05月02日 | Weblog

山の奥、静まりかえった夜でした。
メンヒとアイガーは眠れず、二人の部屋の東向きにあるぎしぎしと音を立てる木製の窓からくらあい夜の明るい星を眺めていました。
星はあちらからこちらへ、ひとつふたつと流れます。
メンヒもアイガーも何も言わず白い月の明かりに照らされる向こうの山裾を眺めておりました。
するとふたつの星がそろいそろってこちらへむかってやってきました。
どうやら機関車のライトのようでした。
機関車は二人の部屋の窓へがっしゃりがっしゃり車輪をまわしやってくるのです。
メンヒとアイガーは驚きましたが、回りを見渡しますとそこは見渡す限り続く石のプラットホームになっているのです。
二人ともぎしぎしと窓を開け、もっくもっくと煙をはいて近づいてくる黒い機関車を喜んで待ちました。
高い音と低い音の混じった、ぎぃぃという音が鳴り、黒い機関車はゆっくりとちょうど窓へと止まります。

窓から見える機関車の中は明るく、それはちょうど山のふもとのお祭りの夜の灯りに見えたので、迷わず乗ることにしたのです。
メンヒとアイガーは入り口のすぐ隣の座席に座り、窓から家がゆっくりと遠ざかるのを二人して眺めました。
「ほうら、もうあんなにおうちが小さい。」
メンヒがいいました。

しばらく窓の外を見ていた二人は今度はきちんと席に座りました。
向かいあった席の方には、桃色のシャツをきた猫が何やら目をつむり、ヒゲをさわってにやりにやりと笑っています。
その横には毛に油をとぷりとつけた大きなヒグマが黒い革の鞄を膝にのせ、くしゃくしゃの新聞をまぢまぢと見ていました。
そしてその横には両足を前へ投げ出し上を向いて腕を組み、何やらうなづいている猿がおります。
彼は時々に、ひらひらと揺れるつり革の広告の「週刊山の事情」の見出しを読んではうなづき、また目を閉じてはうんうんと感慨ぶかく何やらにひたっておる様子でした。
猿の横には真っ黒なマントを着て黄色い目をしたからすがおり、その横にはスカートをはいた毛の長いうさぎが何やら本を片手に目を赤くはらしておりました。
メンヒとアイガーはじっとそれらを眺めておりました。
最初の駅に着くころ慌ただしく猫が爪を立て、座席の上の鞄をひっかけると中から切符をしっ、と出し、ふかぶかと帽子をかぶった車掌に、深々と頭を下げて切符を渡したかと思うと足早に機関車から降りてゆきました。