奈良の旅、最終回です。
「大和郡山」駅のすぐ近くに、郡山城跡
があります。
1580年(天正8年)、筒井順慶が入
城、築城を開始。
1585年には豊臣秀長が入城。大和・
紀伊・和泉100万石の中心となります。
関ケ原の戦い後には、大坂・京都に近い
要衝として幕府に重要視され、水野・松
平・本多といった譜代大名が城主を務め
ました。
1724年(享保9年)には、甲斐国甲
府より柳沢吉里が入部します。
(柳沢神社)
本丸跡には柳沢神社が建っています。
柳沢吉里の父である、柳沢吉保(徳川
綱吉の側用人)を祀る神社で、1880
年に創建されました。
(昭和天皇歌碑)
天守台は本丸の北端部に位置し、東方へ
の眺望が開けています。
(天守台)
石垣は野面積みで、自然石の他に石仏や
礎石などの転用材が多く用いられていま
す。
伝承では豊臣秀長時代に5層の天守閣が
建っていたとありますが、史料はほとん
どなく<幻の天守>といわれてきました。
近年発掘調査により、天守の存在が裏づ
けられつつあるようです。
(法印曲輪跡)
一庵法印良慶の屋敷があったことから、
こう呼ばれています。
2017年、「続日本100名城」に
選定されました。
推薦が最も多かった城だそうです。
「日本さくら名所100選」にも選ばれ
ています。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます