matasaburo3の散歩日記

日本各地を旅しながら、日本の四季を撮ります。
又、世界各地の街を巡りながらの印象記やあれこれ。

プラドの至宝ラス・メニーナス、マドリッド

2015-09-22 10:15:42 | 世界の都市


 世界の都市シリーズ、スペイン編は
グラナダ、セビリア、ロンダ、ラ・マ
ンチャ、バルセロナと巡ってきました
が、いよいよ最終回マドリッドです。


 マドリッド

 プラド美術館は、王室のコレクション
を中心に1819年開館しました。

現在では3万点以上の絵画・彫刻を所蔵
する、ヨーロッパ屈指の美術館です。

中でも「ラス・メニーナス」(1656
年)は、ベラスケス(1599-166
0年)の技法が凝縮された傑作といわれ
、プラドで最も著名な作品です。



「スペインへ行き、一つしか見られない
のなら、ラス・メニーナスを見るがよい。
一か所しか行かれないのなら、トレドへ
行くがよい。」という言い伝えがあるそ
うです。

絵の正面に立ち、近ずくのではなく、絵
の対角線の距離だけ離れて、鑑賞すると
、遠近法を駆使し、光を巧みに操って、
作品の向こう側にも続く、奥深い空間が
出現してきます。

写真ではわからない、超絶技法に感嘆し
てしまいました。


 夕方、闘牛場で闘牛観戦をしました。
毎週日曜に開催されます。
日本ならプロ野球観戦のような雰囲気
です。

ハプニングがありました。開始早々、
一人の闘牛士が牛に倒されて、担架で
運ばれました。それからやや経った頃、
同じツアーの50代位の男性が突然、
気を失い、あたりは騒然となりました。

幸い、休憩室で安静にしている間に、
意識を回復しました。

闘牛の感想は一言でいうと、「とても
残酷なショーだな」というものです。

最後まで見届けるのは、つらいもので
す。

文化の違いといわれても、ぴんとこな
いのです。
スペイン内でも、バルセロナあたりで
は実施されていないそうです。

 次は食事です。







最初の3枚はホテル内のレストランで
の夕食。

前菜、メイン、デザートの3皿で、飲
み物とパンが付きます。

次の写真は市内のレストランでの夕食。









闘牛観戦の後だったので、さすがに赤ワ
インはやめて白ワインにしました。
2番目の皿がイベリコ豚です。

夜、バルにも行きました。とても楽し
かったのですが、カメラは忘れました。


最後は、スペインの哲学者オルテガ・
イ・ガセットの言葉です。

「人は家の中にいるために家をつくる。
そして、人は家から出るために、同じ
ように家から出てきた人たちと会うた
めに都市をつくる。」

世界の都市シリーズは今後も続きます。










カタルーニャ・ルネサンスの都、バルセロナその2

2015-09-16 10:08:36 | 世界の都市


 バルセロナ

 ガウディ設計のグエル公園です。



実業家グエルはバルセロナ市街を見下ろす
山の手に、住宅地を造成し、イギリス風の
田園都市を構想しました。しかし資金面な
どで工事は中断し、その後公園となりまし
た。






1918年パトロンのグエルが死去しまし
た。晩年のガウディはサグラダ・ファミリ
アの作業に没頭します。

1926年6月7日、ミサに向かう途中、
路面電車にひかれます。
浮浪者と間違われた為、手当てが遅れ3日
後に息をひきとりました。



 モデルニスモ芸術運動の中心人物で、ガ
ウディより遥かに著名な建築家だったのは
、ドメネク・イ・モンタネール(1850
ー1923年)です。

上流階級出身のドメネクは、マドリード建
築学校で学び、世界中を旅行してさまざま
な建築物と触れ、バルセロナという都市全
体を発展させようと考えました。

政治家にもなり、バルセロナに全てを捧げ
た人生でした。



ドメネクのカタルーニャに対する思いが頂
点に達した作品が「カタルーニャ音楽堂」
です。

多くのバルセロナの芸術家たちが総動員さ
れたモデルニスモ図鑑のような建築物です。



ガウディとドメネク、対照的な二人の建築
家ですが、今ドメネクを知る人は多くはい
ないでしょう。

未完成の建築といわれたサグラダ・ファミ
リアは、2026年(ガウディ没後100
年)完成予定だそうです。



でも、永遠に未完成のままでもいいじゃない
のという気持ちもどこかにあります。

(参考文献:坂口恭平「BAUをめぐる冒険
」 翼の王国2014年11月号)

 

カタルーニャ・ルネサンスの都、バルセロナその1

2015-09-09 11:26:43 | 世界の都市



 バルセロナ

 バルセロナを都とするカタルーニャ地方
は、スペインのなかでも独自の歴史と文化
を育んできた地域です。

19世紀半ば、モデルニスモという芸術運
動が起こり、ガウディをはじめとする建築
家たちの作品が町並みに彩りを添えました。



 アントニ・ガウディ(1852-1926年)
は、カタルーニャ出身の建築家。サグラダ・
ファミリアをはじめとする作品群は世界遺産
に登録されています。



ガウディは銅細工職人の貧しい家系に生まれ
ます。

バルセロナで建築を学びました。
バルセロナ建築学校長は「彼が狂人なのか、
天才なのかはわからない。時が明らかにする
だろう。」と言ったと伝えられています。

富豪エウセビオ・グエルがガウディの才能を
見い出し、40年あまりの間パトロンとして
支援しました。



1883年にサグラダ・ファミリアの専任建
築家に推薦されます。

ガウディは設計段階で模型を重要視し、設計
図はあまり描かなかったそうです。

設計図はスペイン内戦で消失しますが、残っ
た数少ない資料を手がかりに、現在のサグラ
ダ・ファミリアの工事は進められています。



サグラダ・ファミリア初の日本人彫刻家、外
尾悦郎氏は「建築や彫刻などの造形だけでな
く、光や音も組み合わせた総合芸術、それが
ガウディの構想していたサグラダ・ファミリ
アです。」と述べています。



教会内部で見上げると、さんさんと光が降り
注ぎ、外界にそのまま開かれている感じがし
てきます。

建築物というよりは生命体のようです。



見学を終えて外へ出ると、現地ガイドが「ほ
ら、外尾さんが歩いている」と教えてくれま
した。出勤途中だったのでしょう。

(続く)



 

初秋の美瑛ー青い池など

2015-09-03 10:00:25 | 旅行



 美瑛

 北の国から秋が始まっています。
1年前の9月、美瑛を初めて訪ねた時
の記録です。


①白金 青い池

 火山砂防工事用の堰堤に川の水が溜
まり、青い池が出来ました。




美瑛川に地下水が湧出する「白ひげの
滝」などから、アルミニウムを含んだ
水が流れコロイドを生成、太陽光が散
乱し、神秘的な青の世界が広がりまし
た。





②「星が丘」

 ペンション「星が丘」は三愛の丘展
望公園のやや近く、見晴しのよい高台
にあります。



晴れた日には、天体望遠鏡で満天の星
を観察することが出来ます。当日は残
念ながら曇り空で星は見えませんでし
たが、ご主人の天体談義を聞くことが
出来ました。





食事は抜群においしかったです。
写真は夕食の模様です。
肉も美味ですが、野菜のおいしさ・うま
みが印象的で感動しました。





とてもアットホームな雰囲気で、また泊
まりに行きたくなるペンションです。