華氏451度

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政治と政治家に望むこと

2007-07-23 23:01:06 | 雑感(貧しけれども思索の道程)

  戸倉多香子さん、頑張れ。

  Under the Sun に参加して、コラムなども書いている。コラムは「定期的に更新している方が多くの人に覗いてもらいやすいから」という趣旨で始まったもので、複数のメンバーが交替で書いている。なかなかおもしろいですから、ときどき覗いてください(おまえのはおもしろくないって? いいじゃん、ほかにおもしろいのがあるんだからさ……いかん、だんだんムルに似てきた)。毎回テーマが決められ、今月は「政治・政治家objection」。こんな人に政治家になって欲しい、こんな政治をして欲しい、という思いを書き連ねようというわけだ。

 ついさっきアップした私のコラムのタイトルは「リーダーシップもカリスマ性もいらない。私が政治家に望むことは……」。え? タイトル見ただけで内容はだいたいわかるから、わざわざ読まんでもいいって? 喜んでいいのか、ガックリした方がいいのか。ま、冒頭の部分だけコピーしておきまする。

◇◇◇◇

『広辞苑』を見ると、政治とは「人間集団における秩序の形成と解体をめぐって、人が他者に対して、また他者と共におこなう営み」で、「主として国家の統治作用をさす」らしい。ついでに統治というのは、「主権者が国土および人民を支配すること」であるそうな。私は国家嫌いで、統治とか統制という概念も大の苦手だから、こんな定義を読むといっぺんに「政治」アレルギーになりそうだ。

 もっとも、この広辞苑の定義はどちらも少々変ではある。政治というのは人間が集団で生活するときに必要なものだということは確かだが、秩序がどうこうという問題とは(問題によってそういう面は出てくるにしても)直接関係ないし、ましてや国家の統治作用なんぞであるはずはない。統治の方も――生きた概念としては消滅して、歴史用語の中で使われるようになればいい、と思っているからとやかく言う気はないが、日本をはじめとする民主主義国家の場合、主権者は国民ですよねぇ? 国民が人民を支配するって、どうやるのサ。

 まあ、広辞苑にイチャモン付けていても仕方ない。本題に入ろう。

◇◇◇◇◇

 続きを読んでやろうという奇特な方かもしおられたら(いるんか、そんな人)、こちらへどうぞ。

◇◇◇◇◇

 私が戸倉多香子さんを応援しているのは、彼女が私が「政治家というのはこういうものだろ」と思っている像に近く、私の「政治に対する願い」を理解してくれる人ではないか、と思うからだ。「官」はいらない、「吏」が欲しい。誠実で、国民に恥をかかせない有能な「吏」が。(この辺の話はUTSコラムをどうぞ←さりげなく?宣伝)

 

 

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