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美しい夕焼け

美しい晩年を目指して

蚕のような、、、

2025-04-04 15:17:51 | 私の日々
ずいぶんご無沙汰して、もうブログやめたのかなと思われたかしらと思います。いつやめてもいいのだけれど、時々何か人に聞いてもらいたいことがあったりするのです。

体調のせいで、人に伝えることができなくなっていたのだと思います。ずっと元気がなくて、ベッドから起き上がるのがむずかしかったこの1か月余り。どうしてだろうと考えていました。

4月1日に定期診察があり、そこで「体調はどうですか? ステロイドが1mg減ったから」と主治医に言われ、ああそれで元気がなかったのかと気が付きました。

ステロイド剤が2月20日から毎日4mg になりました。それまでは、1日おきに5mg4mgを飲んでいました。たった1日おきに1mg減っただけなのに、随分調子が狂ったのにびっくりです。

ステロイド剤はとても健康に関係のある薬で、こんなに少しでも体が反応するのだと驚いています。今もまだ元気はないのですが、原因が分かって、ちょっと落ち着いたようです。

そんな中で、チャーリーも調子が悪く、なかなか食事ができなかったりして、弱ってしまいました。今は少し持ち直しています。食事ができるときと、できないときではずいぶん元気度が違います。15才7か月のチャーリーですから、弱るのもしかたないのでしょうが。

他にも母の行っている病院が閉鎖されることになり、次の病院を決めなくてはならないとか、田舎なので、町内会の集まりに出ないと批判されたりして、気持ち的にも嫌なことが多かった時期でした。

でも、3月いっぱい、ずっと本を読んでいました。「十二国記」(小野不由美著) 0巻から9巻まで文庫本で15冊全部読みました、とても面白く、また感想を書こうと思っています。

小学生のころから、本を読む時が一番楽しい時間です。蚕のように外の世界を忘れて、じっとしているのが性に合っているのだろうと、心が弱っているときには思います。

これからも元気のある時に、時々ブログを書こうと思います。よろしかったら、お訪ねくださいね。

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ちょっといいこと

2025-02-21 03:17:46 | 私の日々
薔薇を育てていた頃は、つる薔薇の誘引に追われていました。でも、それは楽しみでもありました。どんなふうに誘引して、どんなふうに見せようか、それは薔薇を育てる大きな楽しみでした。

ところが今は、つる薔薇が枝を伸ばしているのを眺めて、ああどうしよう、という焦りばかりが沸き起こります。

体力のない私は、もうつる薔薇の世話ができないのです。つる薔薇は、放っておくことができない薔薇です。どんどん枝が伸びて、無秩序に膨らんでいきます。邪魔になることもあり、危ないこともあります。



そんなとき、妹が声をかけてくれます。つる薔薇の誘引を手伝うよ、と。薔薇の枝のいらないものは根元から切り、新しい枝を誘引していきます。なるべく少なく誘引して、背丈も低く整えます。

妹が手伝ってくれなければ、薔薇はもう抜かなくてはならないでしょう。私の体力では庭仕事はとても無理なので、妹のおかげで庭が体裁を整えられています。

誘引したつる薔薇は、形も整い、美しい姿に変わります。それを見ていると、ああ今年も5月には花が見られるなあと心が弾みます。



誘引したつる薔薇の写真を載せました。上から、スパニッシュ・ビューティー、春霞です。

そんなちょっと嬉しいことがあったとき、もう一つ発見があったのです。妹が買い物に連れて行ってくれる時、お化粧した後に、香水の瓶を見つけました。

ああそうだ、病気になる前は、いつも香水をつけていたなあと思い出しました。今は病院がほとんどの外出先なので、香水はつけません。

今日は買い物なのだから、ちょっと付けていこうかと胸元に吹きつけました。その香りがずっと私を追いかけて、少しだけ幸せを感じたのでした。

こんな小さな喜びが今の私の心を動かします。本当に小さなことですが。
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物語の世界

2025-02-02 15:27:18 | 私の日々
最近、ファンタジーを読んでいます。児童書からの続きという感じで読み始めましたが、それは心躍らせる物語で、私は今、夢中になっています。

「グイン・サーガ」「図書館の魔女」「八咫烏シリーズ」今はまた「十二国記」を読んでいます。

多くの主人公は、国を作ることに心を向かわせ、自分の個性を発揮して、夢のような国を作り上げていきます。そこまでには、心躍らせる物語や心震わせる人とのつながりなどが描かれていきます。

そんなの夢物語だといえば言えるでしょう。でも、私はそれに心を奪われています。現実には起こりえない事件や人とのつながりなどに、こんな風だったらどんなに心が満たされるだろうと思うのです。

自分の現実を見渡せば、薬を飲んでごまかしながら、日々の生活をぎりぎりやっています。100才になる母と15才のチャーリーの老いへの手助けをするだけで、もう毎日がいっぱいなのです。

何を望んでいるかと問われれば、映画館でいっぱいに広がった画面を、ああーと感嘆の気持ちで眺めること、お芝居やオペラに行って、俳優や歌手の表情やを見たり聴いたりすること、飛行機の上から雲を眺めること、列車に乗って知らない街を探検すること、そんなことなのです。

ただ、自分の現実の時間からぴょんと飛び出して、私自身がそれを経験したいのです。

体の具合だけでも、それは難しいことです。長い時間、歩けないし、横になることもできないのですから。

ファンタジーに心を躍らせることしかできない今の状況を、自分でもよくわかっているし、人は自分の人生を自分のようにしか生きられないということもよくわかっているのです。

今の私の有様を受け入れて、物語の時間を楽しむことができるだけでも、よいとしなくてはなりませんね。

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もう少し一緒に、チャーリー

2025-01-25 16:01:54 | チャーリー


15才(9月5日)のお誕生日を過ぎたころから、チャーリーは、弱り始めました。暑い夏の日々をやっとの思いですごしたころには、食事もできなくなり、やせてしまいました。

その後、涼しくなってきてからは、食事もできるようになり、あまり好きでなかったエサも食べるようになって、ちょっと安心したのでした。



でも、12月に動物病院へ行き、測った体重は4キロしかありません。ヨークシャーテリアは、2キロから4キロという体重でショーに出られるそうですが、チャーリーは体が大きく、いつも4,5キロくらいはありました。

やっぱり夏の暑さがチャーリーの体を痛め付けたのだと思いました。でも、元気に歩けるし、食事も好き嫌いはありますが、食べていましたから、あまり心配はしていませんでした。



ところが、12月の終わりころの寒波で、チャーリーはまた体が痛められてしまいました。食事をしなくなりました。足もよろよろとちゃんと歩けません。

私は、チャーリーの好きなものを思いつくだけ買って、あげましたが、今もあまり食べないままです。美味しいバターのクッキーなど好きなものだけ少しだけ食べて、エサなどは全然食べなくなりました。おやつにあげていたジャーキーも好きだったのに、もう食べません。

お腹はべったんこ、いつも寝ています。「チャーリー、生きてるー?」は私の口癖になりました。



チャーリーを抱いて、いろいろ話しかけています。チャーリーの体は、暖かく、ふんわりとしています。抱いていると私とチャーリーがつながっていると思います。

チャーリーの力がもう少しなくなったら、もう生きているのが辛いと見えるようになったら、チャーリーの命は終わるのでしょう。

今はまだ、もう少し一緒に生きていようねと、チャーリーを抱いて話しています。

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新しい年に

2025-01-04 00:42:29 | 私の日々

あけましておめでとうございます。2025年、新しい年を迎えて、少し明るい方向へ目を向けたいと思っています。

去年の終わりころ、あまり元気がなくて、何も手につかない状態でした。ちょっとしたストレスに悩まされていたのです。それも、あまり大したことではなく、自分の心の状態でストレスにはならないという程度のことでした。

気持ちの在り方を変えれば、大丈夫、今年は、もうストレスなんか何のそのという気持ちでいます。

あとどれだけ命があるのかわからないのに、ストレスなんかに悩まされていては、時間がもったいないと思うようになりました。

新しい年に、新しい気持ちで、できるだけ自分らしく生きていきたいと思っています。

今年はお正月から楽しいことがありました。母が1月3日に100才のお誕生日を迎えました。それで、妹の子供たちが、わが家を訪ねてくれました。

私が病気のため、あまりおもてなしができないということもあり、最近はあまり顔を見ていなかったのです。一人は福岡、一人は岡山と、少し遠くにいるものですから。

でも、今年はおばあちゃんの100才のお誕生日ですから、二人とも家族そろって1月2日に来てくれました。8人と1匹のお客様と、とても楽しい時間を過ごしました。



姪のところには、サンくんという1才のチワワがいます。若いせいで、庭を駆けまわり、その活発な姿に圧倒されるようでした。チャーリーも若いころには庭を走りまわり、夫と遊んでいたことを思い出しました。

サンくんは、チャーリーが気になるのか、ずっと後を付けて構います。チャーリーは逃げてばかりで、嫌がっています。年を取ったチャーリーが少し可哀想になりました。

チャーリーは大晦日から、何も食べていないような状態で、調子が悪かったのだろうと思います。仲良くできたらよかったけれど、サンくんに会えたことは、私には楽しい時間になりました。



母は、3日で100才になりました。ああ、100才!と感嘆しますが、母は、大したことはないように言います。でも、100年生きたことは、いろいろな時間の積み重ねなのだろうと思います。

今は、まだ歩くこともできるし、食事やトイレも自分でできます。物忘れはひどいですし腹の立つことも多いですが、100才だもの、と思います。

私は薬がなくては普通の生活ができませんが、母は、薬も高血圧の薬くらいです。私ができないことを母が変わりにやってくれるというようなこともあり、何とかハラスメントのような生活をしています。

これから、いったいどんな風になるのか、母のこと、チャーリーのこと、私のこと、なにもかも五里霧中です。

でも、人は生きている間は生きていかなくてはならず、自分たちの心の在り方を見つめながら、自分らしく生きていきましょうと、思っているところです。


妹が、母の誕生日にこられなかったからと、心のこもったバースデイカードを送ってくれました。

上の絵は、私が年賀状のために描いたものです。

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