美しい夕焼け

美しい晩年を目指して

耳(寄り)のお話し

2020-06-28 15:20:00 | 私の病気
私は耳があまりよくありません。

40代で、家族に耳が聞こえにくいのではないかと言われ、自分でも、電話の時左耳が聞こえにくいと思っていたので、近所の耳鼻科に行きました。

診断は、「老化です。神経を刺激するビタミン剤を飲みましょう」。

何か月かその病院へ行きましたが、治る気配もないので通院はやめ、そのままにしていました。

50代になって、ぜんそくと言われ、そのころからだんだん聞こえが悪くなり、右耳も聞こえにくくなりました。

自分では、老化だと思っているので、あまりにも聞き取りにくくなった60代で、総合病院の耳鼻科へ補聴器の診断をしてもらおうと行きました。

そこで、言われたのは、「中耳炎です。長くほったらかしていたので、耳の中の液体が全部抜けるかどうかわからないが、やってみましょう」。

えっ、老化じゃなかったの、とびっくり。中耳内の水を抜いてもらうと、信じられないくらい、聞こえるようになりました。

何度かその病院で中耳炎の手術をしてもらいました。時々水を抜かないと、聞こえが悪くなるのです。

左の耳は、あまりにも長く放置していたので、もう仕方がないといわれました。

そのうち、夫が倒れ、私も好酸球性多発血管炎性肉芽腫症という難病になりました。

そして、時々、右の耳が異常に痛むようになりました。我慢できないような激痛が襲います。

それで、通っている耳鼻科に行って、激痛がありますと伝えました。医者は、ほとんど何も検査もせず、そんなことはないはずだ、と言われました。(後で思えば、悪いところがなかったことを知っていらっしゃったから、そう言われたのでしょう)

治療してもらえないので、私の住んでいる地域の市立の総合病院へ電話しました。「朝の8時に来てもらって、診察は午後3時か4時ころになりますが、それでもいいなら来てください」と言われ、すぐ予約しました。

その病院の耳鼻科の先生は、いろいろと私の話を聞いてくださって、できるだけの検査をしてくださり、こうおっしゃいました。

「何も悪いところはありませんでした。それで、気持ちの問題から起こる肩こりからの耳の痛みだろうと思います。」

肩こりから耳が痛いといわれたのにも驚きましたが、気持ちの問題からの肩こりだといわれたのに、もっとびっくりしました。

それで、耳が痛くなりそうな気がすると、肩に湿布を張って、気持ちの問題から起こるのだから、体は悪くないのだから、大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせます。

痛くてたまらなかった耳も、それからは一度も痛くなりません。

自分が病気をして以来、お医者様にも、よく言われます。気持ちの明るさが病気を重くしないのですと。

それは、どんな病気にも通じることなのですね。病気に押しつぶされないように、できるだけ明るく、病気だって治療すれば治るのだから、と思いましょう。


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いつかだれかが

2020-06-26 15:01:34 | 薔薇と庭

1999年に薔薇の庭を作り始めました。それから、夫が倒れるまでの15年ほど、毎年薔薇の庭を作り続けていました。

最初の頃は、どんなふうに薔薇を増やしていこうかと、作る楽しみを満喫していたと思います。

そのうち、薔薇を育てることより、庭を作ることに興味を持ち始め、薔薇の数は減らして、風景としての庭を作りたいと思い始めました。

乳がんにかかって体力を失い、そのせいで、薔薇を減らしたいと思ったということもあります。



そして、やっと思い通りの庭に近づいたと思った頃に夫が倒れ、自分も病気になってしまいました。

それからは、本当に薔薇のことなど、考えられない日々を送りました。今は、寂しげな薔薇のちょっとある庭になりました。


薔薇の庭を作っているころは、いろいろな人に見たいといわれ、お友達や、知り合いの人たち、見ず知らずの人たちや、知人からの聞き伝えで来られた人など、どんな人にも見ていただきたいと招待しました。

一番多く人が来られた年は、20日くらいの見ごろの間に20組以上の方がいらっしゃいました。そんな年が7・8年続いたと思います。

コーヒーとケーキでもてなし、おしゃべりに花が咲いた、とても楽しく忙しい年月でした。


今は、どなたにも見ていただけるような庭ではないのですが、私には、ちょっとした夢があります。

昔、薔薇を見に来ていただいた人たちのどなたかが、いつか、薔薇はどうですか?と訪ねてくださらないかなーと思っているのです。

そんな夢がかなうと、ちょっと幸せを感じられるかもと思っています。



薔薇の写真は、2003年の写真です。ベンチ、アーチ、テラス、庭の塀のところ、そして、アンジェラです。まだ薔薇が若いなと思う写真を見ながら、懐かしい気持ちでいっぱいになりました。


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年を取るって

2020-06-22 13:41:35 | チャーリー

チャーリーは、わが家の10才になるヨークシャーテリアです。

2・3か月前に、目の下の毛が白髪になったことに気が付きました。よく見れば、ほかの場所も白髪になっているようです。

犬は、目があまりよく見えないそうです。色もあまりよくわからないようですし、静止したものは見えにくく、動くもののほうが見えるそうです。

その代わり、聞くことと、嗅ぐことには、とても敏感だということです。

チャーリーも、雷や花火やバイクの音にとても敏感で、怖がったり吠えたりして反応していました。

ところが、この頃、雷が鳴っても、お昼寝から目覚めないことがあります。

先日、私が出かけて帰ったときに、車の音が少し聞こえたのか、窓からのぞいていました。玄関に迎えに来るかと思ってドアを開けると、いませんでした。

居間に入ると、お昼寝していたので、びっくりです。その時、ああ、チャーくんは年をとって耳があまり聞こえなくなっているのだと、実感しました。かわいそうにと、私の心は打ちのめされてしまいました。

でも、この頃は、頭を布団から出して、私のベッドで一緒に寝ています。子犬のころから誰にでもなつく愛らしい犬でしたが、一緒にベッドで頭を並べて寝るなんて、そこまで親しみのあることはしませんでした


今は、家族や家に来る人に、若いころより親しみをこめて接します。それも年を取ったからなのだろうと思います。いろいろなことを理解して、愛らしさは子供のころより増えたように思います。

でも、年を取るのは、やはり悲しいことですね。いろいろ不自由なことが増えてきますから。愛らしさがおおきくなるから余計に寂しい気持ちになってしまいます。

私も、この頃は、こんな洋服を着ると、顔と不釣り合いなのではないかと、よく悩みます。華やかな洋服が好きな私が、ちょっと地味目になっていくのも、年のせいなのでしょうね。

年を取ることは、よいこともありますが、やはりちょっと悲しいことですね。


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「ジュニア・ブラウンの惑星」

2020-06-17 19:35:07 | 本・映画
ヴァージニア・ハミルトンの「ジュニア・ブラウンの惑星」を読みました。

世の中の仕組みの中で、生きていきにくい人たちの物語です。児童文学ですが、とても力強いメッセージがあります。

バディー・クラークは、ニューヨークの大都会の中で、一人で生きている黒人の少年です。一人ぼっちの子供たちの面倒を見ながら、友人ジュニア・ブラウンの病んだ心や体をいたわり、彼の居場所を作ろうとしています。

ジュニア・ブラウンの母親もピアノ教師もみな心を病んでいて、ジュニア・ブラウンはそのせいで過食して、異常に太った少年です。

見捨てられた子供たち、そして、社会を見捨てようとするジュニア・ブラウン、それを助けようとするバディー・クラークと、それを見守るプールさんたちが、無人ビルの中に作った小さな空間が「ジュニア・ブラウンの惑星」です。

ひとりぼっちで生きてきたバディー・クラークは、そこで、「たがいのために生きることを学ばなくてはならない。だからいっしょにいるんだ。」とみんなに言います。

社会の中で生きにくい人たちが、それでも人とつながれれば、生きていけるのだと力強く伝えています。

私は、生きるのが難しくて、そのうえ、人ともつながりにくいということを考えると、なかなか生きていくのは大変だと思いますが。

でも、バディー・クラークの孤独のわくから顔を出した力強いこころいきに感動します。そして、大男のバディーと巨漢のジュニア・ブラウンの姿を想像し、行き場のない子供たちの姿も思い、プールさんのような大人がいることにも、心が動かされました。

バディーは、黒人であることをいつも意識して、差別に対して憤りを持っています。

黒人が差別されていることは今も変わらず、アメリカの警官の黒人差別に対する憤りがアメリカ全土だけでなく、世界に広がっています。

日本でも、デモがあったとニュースで言っていました。黒人と日本人のハーフの女性が、通りすがりに「なぜ黒人がいるのか」というようなことを言われたと、言っていました。

黒人差別ばかりではなく、人種差別はずっと続いていると思います。そればかりではなく、障碍者や高齢者への差別もあります。

人は、生まれた時から命が終わるまで、その存在を尊重されなければならないと痛切に思います。

「ジュニア・ブラウンの惑星」を読んで、とても面白かったので、またヴァージニア・ハミルトンの作品を読みたいと思っています。


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ちょっと先のこと

2020-06-15 02:57:36 | 私の日々
6月10日から12日まで、夫がショートステイから1か月ぶりに帰宅しました。

いつもなら「おかえり」というと、「ただいま」と返事をするのに、今回は「はい」と言ったきり、何も言いません。10日は、うなづくか首をふるしか反応をしませんでした。

何か怒っているのかなと思いながら、話しかけ続けました。そのうち、長く帰宅できなかったことを不満に思っているように感じました。

それで、コロナの感染のせいでたびたびは帰れないこと、そのうち、特別養護老人ホームに入所すれば、私が週3回くらい面会に行けるようになるだろうと、これからのことを話しました。

夫は、家族と一緒にいることを望んでいます。それで少しは納得したのか、大きな声で返事をするようになりました。

自分の状態が、どんなにひどくても(食事は胃瘻で液体のものを取ること、体は寝返りもできず、おむつを人に替えてもらう等)、夫は生きていてよかったと言ってくれます。家族とほんのちょっとしたことを喜んだり悲しんだりしたいのだと思います。

私は、夫が帰宅すると、本当に疲れます。普段は、何か仕事をすると、少し横になって休みます。夫が帰宅すると、なかなか休むことができません。

夫がショートステイに行ったあとは、必要最小限のことをして、それ以外はずっと寝ています。2日くらいゴロゴロして、ちょっと元気になります。そして、今ちょっと元気になったところです。

ごろごろしている間に、夫が帰宅した時のことを考えていました。夫が生きている間は、私も生きていたいと思います。

母も高齢なので、母は私より先に逝きたいといいます。私も母を残して死ぬことは考えられません。そして、チャーリーも10歳になり、この頃目の下の毛の色が白く見えるようになりました。チャーリーも最後まで私が面倒を見てやりたいと思います。

以前なら、体調が悪いともうあまり長く生きられないのだから、と思っていました。困ったことが起こると、あまり長く生きられないのだから、どうでもいいかと思っていました。

ところが、この頃、ちょっと先のことを考えるようになりました。自分がすぐには死なないかなと思うようになりました。体調も悪く、先に良いことなどないと思っているのに不思議なことです。

もしかすると、以前より、体調がよくなっているのかなーと思ったりもします。ひどい状態のころから考えれば、そうかもしれません。そのころからもう4年も生きているのですから、もっと生きられるかもしれないと思います。

夫、母、チャーリーは、みんな人の手が必要です。夫はすべてを思い出してはいませんし、体は寝たきりです。世話を必要としています。母は95才で、毎日の生活は自分の手でできますが、いろいろな手続等は私がしています。チャーリーは、これから老後を迎えます。

そんな家族を、私は自分で世話できることを願っています。みんなが生きているうちは、私も生きていたいと思います。妹をはじめ、たくさんの助けは必要ですが。

この頃ちょっと先のことを考えるようになり、将来のことにもこだわっている自分に気が付きました。家族みんなと、できるだけ長く生きていきたいと願っています。


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