Bar Scotch Cat ~女性バーテンダー日記~

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女性バーテンダーScotch Catの独り言&与太話です。

口説き文句

2009-01-09 09:50:51 | short story


クリスマスも過ぎた頃。街の中は年末の慌しさを漂わせている。
レストランを出た二人は、男の行きつけのバーへ向かっていた。
バーの扉を開け、男は馴染みのバーテンダーに小さく目配せした。

カウンターの端に、二人並んで腰掛ける。彼女は、他のバーで知り合った飲み友達だ。
会えばいつも酒を呑みながらバカ話で盛り上がるのだが、密かに想いを寄せている男の気持ちを彼女は知っているのかいないのか。うまくはぐらかされている。
もう一年半もこうした関係が続いているのだ。

そんな彼を見かねたバーテンダーが、昨夜そっと教えてくれたのだ。
シェリーとポートワインの酒言葉を・・・

ポートワインを男性が女性に勧めるのは、男性の愛の告白。
女性がそれを飲んでくれたら、「今夜をあなたにお任せします」ということ。

そしてシェリーを女性が自らオーダーするのは、「今夜あなたと寝てもいいわ」、の意味。
つまり、シェリーを男性が女性に勧めるのは、「今夜君と寝たい」、という誘い。
女性がそれを飲んでくれたらOKというわけだ。

「今まで散々ふざけ合ってた呑み仲間だぜ!急にそんなキザなことできないよ!
それに、彼女がシェリーとポートワインの酒言葉知らなかったら、何の意味もないじゃないか」
バーテンダーに笑いながらそう言った彼は、彼女が昔、数ヶ月だがスペインに留学していたことを思い出した。
シェリーはスペインのワインの一種。もしかしたら、彼女ならこの酒言葉も知っているのではないか・・・

そして今夜。楽しそうに笑いながらカクテルを飲む彼女の横で、男はいつになく落ち着きが無かった。
昔、何かで読んだ。バーに誘うのは、最高の前戯かもしれない、と。
バーでいつも二人で飲みふざけあう「飲み友達」から、今夜抜け出せるのだろうか。

「次の一杯はさ・・・俺に選ばせてよ。」やっとの思いで口にした。
キョトンとする彼女の前に、二つのグラスが運ばれてきた。
一つは深紅のポートワイン。もう一つは淡い麦藁色のシェリー酒だった。
「このどっちかさ、飲んでよ。どっちか好きな方でいいから。」
僅かな沈黙の後、彼女が呟いた。「・・・どっちか、って。この二つ、どっちを選んでも・・・」
彼女は頬を染めて、ふふ、と思わず小さく吹き出した。
それまで緊張した面持ちだった男も、彼女が笑うのを見て、いつものいたずらな笑顔を浮かべた。
彼なりの精一杯の口説き文句だったのだ。

果たして彼女がそのどちらかのグラスに口を付けたのかどうか。
二人が席を立った後、グラスを片付けていたあのバーテンダーが知っているはずだ。
そのグラスに彼女の口紅の痕があったかどうか・・・今夜訊きに行ってみてはいかがだろう。