脳のミステリー

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06.27.オーラって?

2006-03-06 17:02:58 | Weblog
 草木がますます生い茂ってくる3月は別名、弥生という。3月1週目の週末は気圧の変化が激しいのか私の右半身の麻痺は異常である。東京湾の海岸ではイルカの大群が浜辺に打ち上げられて話題になっている。地球を取り巻く自然が色々氾濫を起こしているらしいが、昨年より11日遅いと言うものの東京近辺では今日3月6日月曜日、今年初めての強い南風、所謂、春一番が吹いた。なるほど、春一番は発達した低気圧が日本海を通る時に吹いて気温が急に上がるんだ、と小学生の頃に習った覚えがある。それにしても私の右半身は実に正直である。発達した低気圧は早々と私の右半身にチョッカイをかけていたのか。
 自然という事では、まず人に嫌われる事がない花を取り上げてみよう。
 生花ほど値段に忠実なものはないと思っている。果物も同じ事がいえる。病人へのお見舞いの品に選ばれたり、献花とか献果とかいって仏前に置かれたりする。だがこれ程、正直なものはなくて値段によって持ちが違う。殊に、暖房の効いた部屋に置かれると忽ち弱ってくるのが生花と果物で、見るも無残な姿になってしまうのである。
 だが、私はここ数ヶ月の間に素敵な経験をしたのである。昨年のクリスマスイブに泣く泣くお別れをしたゴールデンレトリバーの写真の前には華やかな花が始終、彼女を取り巻いているのである。当初、一番長持ちした花は何とタクシーの運転手さんが届けてくれた花束だった。彼は最後の最後まで大きな愛犬を病院まで搬送してくれたのである。そして1月も終わる頃まで最後まで凛として残っていたのは百合の花だった。
 元来、中国や日本は百合の宝庫と言われるが、欧米では格別に好まれてフランスの国花にもなっている。細い茎に大きな花がつくので風に揺れる事から「揺る」が葉や鱗茎が多数重なり合う「百合」に変化した漢名に頷く一方、「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」と謳われるように美人の姿を形容する花である。切花で1ケ月以上も華やかに他界した愛犬を飾ってくれるとは思ってもみなかった。
 その後、夕方遅くに閉店間際の花屋で買い求めた花束も驚くほど長持ちしたのである。私は所謂、オーラを信じた。オーラとは人体から発散される霊的なエネルギーを意味するのだが、私には昇天した愛犬が発する一種独特な霊的雰囲気を考えずにはいられないのである。彼女は確かに私達にエターナル・ラブを残して逝った。だが、私は3月3日のひな祭りの日に、敢えて生花を供えるのを止める事にした。これからは命日以外は私手製の愛犬のイヤープレートを飾り、素敵でキュートな造花を置く事にした。万が一、愛犬のオーラが遠い天国から届かなくなったら、どんなにがっかりするだろうと先手を打ったのである。生と死の違いを考えずにはいられない私らしい判断だ、と自ら思って苦笑いした。

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